第6話 3日目の昼3


「安心しろ。

 1度魂を抜いたあと、聖剣タップファーカイトだけ引き抜くから転生はできよう。問題はない」

「だから、ちょっと待った。『転生はできよう』って、どういうこと?

 もちろん、『転生』と『よう』の両方よ。今の、この、私は、死ぬって、こと? そして、転生は、不確か、ってこと?」

 念入りに聞いた私に、再び元魔王は笑顔になった。

「大丈夫だ。怖くも痛くも、そう、痒くもないぞ」

「問題、大ありよっ!」

 私……。

 ホント、私、そういう人間じゃないんだけれど……。


 私、怒りのあまり机の上に放り出されていた自分のポーチを鷲掴みに握って、元魔王の頭を思い切り張り飛ばしていた。だって、直接殴ったら、私の手が痛いじゃん。


 でも、こいつ、少し鈍いのかもしれない。

 背伸びしてだから、力が入らなかったのかもしれないけど、私なりには思い切り張り倒したのに、全然痛そうではない。


 思わず私、第2撃を試みようとして、それでもなんとか思いとどまった。

 ぱあんって音に、クラス中の注目を集めちゃっているのに気がついたから。

 どうしよう?

 どうしたらいい?

 暴力女なんて思われたら、私、深く深く傷つく。ましてや、凶器攻撃したなんて言われたら、次は涙という凶器で戦っちゃうぞ。

 そう思っていたら……、っていっても、ものの数秒ぐらいなんだけど。


 いつの間にか戻ってきた橙香が、ひと目で状況を察したらしい。元魔王の口になにかを突っ込んだ。ご丁寧に、「くらえっ!」って叫びながら。

 元魔王、なんか辺見くんに戻って、鳩が豆鉄砲くらったみたいって顔になって、反射的って感じで口の中のものを2回噛んで教室から駆け出していった。

 それを見ていたクラスのみんなも、頭の上に「?」が飛び交っていたけど、触らぬ神に祟りなしってのがわかっているんだろうね。みんな、なかったことにしちまいやがった。

 さっきからここの一画で揉め続けているから、ね。「相手変われど主変わらず」で諍いが起きているなんて思われたら、素が温厚で常識人な私としては実に不本意だ。


 で、とりあえずその不本意は脇に置いておいて、私は橙香に聞いた。

「……橙香、アイツになにしたの?」

「学食に『激辛でっすカレーパン』が売っていると言うから、買いに行ってたのよ。チャレンジしようと思って、ね。思ったよりマジで、生徒の誰かの提供の『でっすソース』の追加もできるようになっていたんで、たっぷり足してきたんだ。

 で、あの元魔王は中から攻撃しないと駄目なタイプよ。だから、口の中に突っ込んだけど、もったいないことしたー。あとから、カレーパン代だけはきっちり徴収しよう」

 橙香ってば、なんで平然とそんなこと言えるんだ?


 そもそもさ、「……中から攻撃しないと駄目なタイプ」って、なに?

 まさか、防御力がどうのうとか、属性がとか、そっち側へ行っちゃったわけ?

 私、嫌な予感に苛まされながら橙香に確認した。

 橙香がとんでもなく遠い世界の人みたいな気がしたし、まあ、私の元魔王退治をうやむやにしてもらったのはありがたいけど、次の厄介ごとが来襲って気もしたからね。


 で……。橙香の答え。

「だって、辺見くん、顔はいいけどそのつらの皮、厚そうじゃん」

 そう返ってきたときの安堵感、わかってくれるよね?

 橙香はこっち側にいてくれているって思って、それはもうとってもとっても安心したんだ。


 でもって、もう一つ。

「橙香って、そんなに辛いもん大丈夫なヒトなの?

 でっすソースって……」

「食べたことないからわからない。だから、チャレンジって言ったじゃん。食べてみればわかるかと思って」

 なんて無謀さ……。これはさ、絶対橙香の方が私より勇者だよね。

 私にはそんな冒険できないよ。

 でもって、元魔王の辺見くんとでっすソースなら、どっちが強いんだろ?

 今のところどう考えても、でっすソースの勝ちだよね。



あとがき

装備、つらの皮……、なのですw

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る