3章 ~ 水無月潤編 ~
部活動に勧誘されそうな僕が勃起(♂)したらお嬢様が死ぬ
「……何ですかアレ。茉奈お嬢様、アレは何ですか……?」
「女子生徒の群れだな」
身体測定の全ての科目を3日かけて終わらせ、健康診断がある週の月曜日を迎え、その日の授業を全て終わらせた僕は茉奈お嬢様に連れられて、逃げるように屋上に避難しつつ理事長代理権限をフル活用して、屋上に誰も入ってこないをように鍵を掛けて封鎖し、立ち入り禁止だなんていう看板まで設置するだなんていう過剰なまで対応をとっていた。
逃げた理由は言わずもがな、屋上から見下ろした先にある桜並木の周辺にあった。
「……うわぁ……」
学校の入り口から校門までかけてある長い長い桜並木には黒髪の少女たちがまるで砂糖にたかる虫のようにうじゃうじゃと蠢き回り、そそくさと帰ろうとしている女子生徒を囲んでは部活動に入らないかと勧誘してくる魑魅魍魎たちで溢れかえっていたのだ。
遠く離れた屋上であるというのに、地上からでも部活動勧誘の声が聞こえてくるほどの盛況ぶりであり遠目から見ているだけなら、まるでどこかのお祭りのような雰囲気さえ感じられる。
「いくら部活動の勧誘だからってコレは流石に多すぎじゃありませんかね⁉ なんですかアレ⁉」
「百合園女学園は中等部と高等部が一緒くたになっているからな。人数だけは多いし、大人数を賄えるだけの財力もあるから部費も潤沢で、部活動も盛んで数多くの実績を残すお嬢様学校でもある」
「なんでお嬢様学校なのに部活動が盛んなんですかぁ……⁉」
「お嬢様だぞ? 気の強い人間はとことん強いし、自分はエリートであるというプライドがそこらの学校の生徒よりも人一倍はある。更には常日頃からお姉様だとか妹だとかそういう独特な上下関係もあるものだから、部活動での上下関係もしっかりとしていて統制も取れているし、トレーニング機材や遠征費用は金の暴力で解決する。これで部活動が盛んでないなんて嘘だろう」
僕の銀髪とは真反対の綺麗な金髪を風でたなびかせながら、僕の雇用主にして共犯者にして友人である茉奈お嬢様はまるで台本でも読んでいるかのようにすらりすらりと事実を並べているが、今は状況が状況なだけに僕は素直に賞賛するような気持ちにはなれなかった。
「おかげ様で我が百合園女学園はスポーツに滅法強く、別名【メスゴリラの園】とも言われるほどのスポーツ強豪校だ」
「それ絶対に悪口ですよね?」
「そんなことはないぞ」だなんて口端を緩めながら、いつもの男言葉口調で言ってのける彼女ではあるが、思えば先週行われた身体測定を思い返してみても、中々に身体能力の高い同級生たちが数多くいたなとふと思いつく。
「先週の身体測定でやったシャトルランは覚えているか?」
「えぇ、覚えてますよ」
「すっごく楽しかった……もとい、すっごい悔しい結果に終わったがな」
もっとも、僕は実は男であるだなんていう反則技があったから、身体測定にはさほど本気に取り込みやしなかったものの……20mシャトルランだけは中々に白熱してしまったのだ。
というのも、僕は何をとち狂ったのか『男らしい僕を見せてやろう』と馬鹿げた思いを胸に抱えながら、茉奈お嬢様と共にシャトルランに臨んでしまったのである。
最初は高校2年生の女子の平均とされる70回程度走ったら脱落しようと考えていたのだが、周囲の熱と茉奈お嬢様の本気に当てられてしまった僕は最後の最後まで茉奈お嬢様と意地と意地のぶつかり合いをしていて、思考すらままならない状態のまま、お嬢様に負けたくないという思いだけで足と肺を動かしていた。
「後1回だけ体力があれば君と相打ちになれたというのに……この百合園茉奈、一生の不覚だ」
結果として僕の残した記録は124回。
茉奈お嬢様の123回という記録を僅かに1上回る記録ではあるものの、女性の身でありながら男である僕を追い詰めてみせた体力を誇る茉奈お嬢様の方が凄いのは誰の目から見ても歴然である。
何ならそんな僕たちと張り合えるだけの女子生徒が3人もいたぐらいだ。
その3人たちは110回を上回ったぐらいで脱落してみせたけれど……もしもそんな彼女たちが男であったのなら、間違いなく僕よりかは体力があると思うのだ。
「そういう茉奈お嬢様はとんでもないほどに運動神経いいのに帰宅部ですよね? どうして茉奈お嬢様は帰宅部を?」
「私は理事長代理の仕事があるから部活動に回す時間がないからな。私が理事長代理だという事を知らない生徒はこの学園にはいない」
「なるほど、なら僕は女子寮の寮母だという事であの勧誘地獄から逃げれますかね?」
「理由としては通じるだろうが、理屈が通じないのが我が百合園女学園の生徒たちだとも」
まるで苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる彼女ではあるけれども、今の僕の表情はそんな彼女を余裕で上回れるほどの苦悶に満ちた表情であるに違いない。
それは鏡を見なくても、こちらの表情を覗き込む茉奈お嬢様の何とも言えなさそうな表情で見て取れた。
「見ての通り、小等部から上がってきた中学1年生や編入生は獰猛な野獣と化した部活動生らに襲われる。どこの部活動にも所属していない編入生はまさしく格好の餌食となり、逃げきれなかった元帰宅部の生徒たちは死んだ目を浮かべながら部活動に励み、その恨みつらみを来年やってくる新入生にぶつけるという食物連鎖が成り立っている」
おかしいな。
ここって女子学園だよね、お嬢様学校だよね?
どうして、まるでサバンナだとかジャングルだとか、そういう過酷な土地を思わせるような説明を聞いているんだ僕は。
「それに加え、君は大変に美人で人気がある。いるだけで新入生たちは君が在籍する部活に興味を持つだろうから集客効果も申し分ない。それどころかシャトルランで私と一騎打ちをして、百合園女学園の歴史に残るであろう名勝負をしてしまったという噂がすでに学園内に流れている。その所為か運動部の皆々様は唯に随分とご執心であらせられるようだがな」
「……何で本気を出してしまったんだ、僕の馬鹿ぁ……!」
「まぁ、私としてはようやく好敵手が出来て大変に嬉しいのだが」
「僕はそれの所為で大変に困っているところなんですよぅ……⁉」
くそぅ、くそぅ、くそぅ……!
少しは茉奈お嬢様に僕の男らしいところ見せてやろうかなって、高をくくった結果がコレだよ……!
まさかまさかの茉奈お嬢様は人並み以上の体力の持ち主であり、男である僕をギリギリまで追い詰める事が出来るほどの運動神経の持ち主だなんて予想できる訳ないだろう⁉
自分の計画性の無さと、馬鹿さ加減に思わず自身を殴りたくなる衝動に駆られてしまうけれど、過ぎたことはどうしようもない。
その事は隣にいる茉奈お嬢様も口にせずとも分かってくれているようであった。
「それで唯はこれから先どうするつもりだ? この部活動勧誘期間は1週間は続く。それまであの女子生徒たちの群れから逃げ通す為に屋上で引きこもるのも手と言えば手ではあるが……」
「あくまで部活動勧誘期間は、ですもんね。その期間を無視して僕を部活動に勧誘するという熱心な女子生徒はいるでしょう」
「理事長代理としてすぐさま否定したいところだが、出来なくて非常に申し訳ない。あくまで今やっている方法は問題の先延ばしであって、問題を解決させる方法ではない」
「それは確かにそうですけど、だからと言って下手に運動の部活動なんてやれる訳がないじゃないですか」
一応、念のために言っておくけれど。
僕は男だ。
男子校に通っていた時から同級生から何回もラブレターを貰い続けていたり、電車に乗り込めば痴漢のおっさんに襲われたりもしたけれど、僕は男だ。
何だかんだで女学園に女装をして忍び込んでいるっていうのに、どうした訳が全く気づかれないどころか周囲の女子生徒は僕の事をお姉様だなんていう敬称で接してきたり、ついには色々と危ない視線で僕を見てくる女子生徒が大半になりつつある状況にあるけれど、僕は男だ。
そんな僕が男性だからと言って体力があるとはいえ、体育関係の部活動……それもただでさえ着替えるという僕の女装がバレてしまうリスクが増えるかもしれない部活動にどうして所属しなければならないというのか。
「弓道部や剣道部なら恰好が恰好だからバレにくいとは思うが……それでも、人前で着替える回数は体育の授業の比ではないだろう。着替えという試行回数が増えれば増えるほど、唯の秘密がバレる可能性も段々と上がっていくだろうな」
「となれば、僕の唯一の逃げ場は運動関係ではなく文化部関係の方が望ましいのでしょうか」
「まぁ、それはそうだが……まさか本当に部活動に所属するのか?」
「それこそまさかです。出来ることならすぐさま女子寮に逃げ帰りたいのが本音に決まっています」
「……やはり、我が兄が言っていた事を実行に移すのか?」
茉奈お嬢様の実に不安そうな表情を前に、僕は渋々と言わんばかりにゆっくりと首を縦に振った。
というのも、先週の放課後に茉奈お嬢様の実兄にして、この百合園女学園の理事長を務めている百合園千風から僕はとあるアドバイスを受けていた。
その内容は期間中にどこか適当な部に入部し、名ばかりの幽霊部員になるなり、ほとぼりを冷めるのを待った後に退部するなりすればいいという提案であった。
「確かにそれならば既に他の部活に入っているからという決まり文句で強引な勧誘も躱せるだろうが……どの部活であれ、いるだけで凄まじいほどの集客効果をもたらすであろう唯を手放す筈がない。だからこそ、それは机上の空論でしかあり得ない……筈だったが」
「えぇ。そんな机上の空論に協力してやってもいいという部活動が1つだけあります」
「……演劇部。下冷泉霧香が部長を務めているあの演劇部」
余り僕は演劇をやっている下冷泉霧香には詳しくはないけれど。
聞いた話によると、下冷泉霧香が部長として率いる演劇部は全国大会の本選に出場できる程の実績を持ち、幼稚園やらで見世物の劇を披露をしたりする地域密着型の演劇部であるらしい。
「結果は出していると言えば出しているが……どちらかと言うと、部活動での立ち位置はエンジョイ勢だな。大会で結果を残すことよりも地域に貢献したり、学内の文化祭で劇をしたり、そういった方面に力を入れている。大学で言うところのサークル活動に近いと言うべきか」
それは何ともまぁ、下冷泉霧香らしいというか……実力はあるくせにその実力を誇示しないどころか娯楽の為に使おうと思っているのは中々に捻くれていないと出来ない所業だと思う。
「有名な話だと演劇は体力勝負だと聞きますけれど、体操服姿に着替えたりだとかはするのでしょうか?」
「その部に所属している訳でもないし、演劇の経験者でもないから何とも言えないが……理事長代理としての職務で演劇部の活動を見ている限りでは体操服姿になっている瞬間だなんて見たことがないな。どちらかと言うと、制服の上から学校指定のジャージを1枚羽織っている事が多い」
なるほど、話を聞く限りでは着替えという僕にとっては一番リスキーな事を極力しないというのは非常に魅力的であった。
もちろん、舞台の上だとかに立てば衣装だとかに身を包む必要性が生じるのだろうけれど……今のところは部活動勧誘の避難先、あるいは疎開先としては有力候補と言っても差し支えがないかもしれない。
「とはいえ、唯が演劇部をその目で見ないと何とも言えない。幸い、演劇部の場所は校門とは真逆の場所にあるから行ってみたらどうだ? 場所は私が案内する」
そういう訳で僕は茉奈お嬢様に案内されて、女子寮で共に生活する下冷泉霧香が部長として活動している演劇部に赴く事になった――。
◇
――のだが。
「ナイス貧乳」
「……はい?」
「銀髪の貧乳美少女に悪人はいません。同じ貧乳美少女として私は貴女にシンパシーを感じます。それに菊宮先輩は第一に顔が良い。続いて顔も良い。最後に顔が良い。とにもかくにも顔が良い。後、胸が無いのもグッドです。世間は胸を持て囃しますが貧乳に勝るものはなし、です」
「そ、そうですか。お褒めの言葉を頂き感謝いたします」
「どうぞどうぞ感謝してください。さて、こうして菊宮先輩と顔を合わせるのは初めまして、ですかね。私の名前は
「そ、そうですね」
「すっごく警戒されていますね私。まぁ、悪徳セールスマンみたいに一方的に話しかけている訳だから仕方ないと言えば仕方ないかもですが……じゃ、そんな先輩の緊張をほぐしてあげるとしましょうか。私の得意ジャンルです、えっへん」
「べ、別に警戒も緊張もしてませんよ?」
「いやそれめちゃくちゃしている人間のセリフ。という訳でそんな先輩の状態を解除するであろう面白い
「ジョーク、ですか?」
「――実は男の子でしょ、菊宮くん?」
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