茹でた雌鶏や雌豚の胸肉とお風呂に入っている女の子の胸肉も全然違う(1/3)

 夕食を作り終え、洗い物を終えた僕は女子寮にある自分の部屋のベッドの上に倒れるように身体を預けると、弾力のあるベッドが僕の疲れた身体を軽く何度も弾き返してくれた。

 

 まるでトランポリンの上で気持ち良く跳ねているような気分になるが、それでも僕の心は弾むような気分にはなれなかった。


「……はぁ……」


 僕の雇い主である茉奈お嬢様の言葉を借りる訳ではないのだけど、本当に胃がキリキリと痛みだす。

 もぞもぞと羽毛布団の中で蠢いて見るけれど、全く眠気という眠気がやってくる訳もなく、代わりにやってくるのは明後日にある身体測定に対する不安ぐらい。


 そう、不安。


 明後日に行われる身体測定は言ってしまえば僕が男であるかもしれないと周囲の女子生徒にバレてしまうのではないかと思うだけでも、気が気でない。


 もし仮に僕と同じ状況――男子でありながら、女子しかいない女学園にいるという珍妙極まりない状況ではあるのだけど――に立たされていて、同級生の着替えが見放題でラッキーだなんて思えるヤツの方が少ないぐらいだろう。


 何せこちとら、自分の性別や下半身についているアレなどが判明されただけでも女学園生活どころか社会生活を真面には歩めなくなる犯罪者の仲間入りなのである。


「……明日の学校、休みたいなぁ……」


 いくら見た目が女子だからって、僕の身体に堂々と備わっているアレが付いている以上、僕は男だ。


 であるのなら、性転換手術か何かで切り落としてしまえばいいではないかと指摘されるだろうけれど、それは正論なのかもしれないけれど余りにも極論過ぎるし、何よりも流石にそれはちょっと怖い。


「……うぅ、想像しただけでも鳥肌立った……」


 我ながら随分と恐ろしい考えをしたものだと後悔しつつも、せめて僕の女装が明日バレませんようにと祈りつつ、やっぱり学校に行きたくないなというネガティブな気持ちに襲われ続ける事、数十分。


 こんこん、と僕の部屋の扉からノックの音が響いた。


「唯。開けてくれ。私だ、百合園茉奈だ」


 部屋の外から茉奈お嬢様その人の声が響いてきたが、以前に彼女の声真似をしやがった下冷泉霧香とかいう変態がいたものなので、僕は念のために外にいるのが本当にお嬢様なのかどうかをドアスコープで確かめる。


「……茉奈お嬢様ですね、今、扉を開けます」


 外にいたのは金髪の美少女である茉奈お嬢様本人であると確認してから、僕は鍵を掛けていた自室の扉を開いた。


「随分と慎重じゃないか、唯。いくら寮内と言えどもそこまで気を張っていたら疲れるんじゃないのか」


「何事も過剰すぎるぐらいが丁度いいと思うんですよ、お互いの為にも」


「違いない。とはいえ、私が近くにいる女子寮の中なら少しぐらいは油断してもいいよ」


 僕が扉を開けるのと同時にお嬢様はいつものような男言葉で素っ気なく話し掛けてくれるけれども、彼女は僕が男性であるという事を知っている協力者であり、言ってしまえば共犯者であり、僕をこの百合園女学園に編入した張本人である。


 とはいえ、この人は唯一の和奏姉さんが死んでしまって身寄りがない僕を拾ってくれた大が付くほどの恩人であるし、尊大な男口調を多用する癖に油断すれば随分とかわいらしい女の子口調が飛び出てくるし、めちゃくちゃ僕が作るご飯を気に入って何度もお代わりをしてくるし、最近では食後のデザートをパクパクと摂取した所為で体重が増えたと嘆いていた。


 共犯者と言ってしまうとどうしても悪人としてのイメージがついて回ってくるものだけど、何だかんだ言って彼女は悪人ではないのだ。


「そう言えばお嬢様はまだお風呂に入られてはいないのですか? てっきりお風呂が終わったから僕を呼んだものとばかり」


「一番風呂は下冷泉霧香に譲ってやった。だから私はまだ風呂には入っていないよ」


「なるほど、道理でお嬢様の髪が濡れていない訳ですね」


 それにしても茉奈お嬢様がお風呂にまだ入っていないだなんて珍しい事もあるものだ……そんな事を思いながら僕は時間を確認すべく部屋の壁に掛けている時計を見てみると、時刻は夜の9時ほどを指していた。


 というのも、女性のお風呂は須らく長時間である事が多い。

 もちろん、からすの行水とも言うべき速度でお風呂を済ませる女性もいる事は知識では知っているけれども、少なくともこの寮にいるお嬢様2人は30分から40分程度と結構長めな入浴時間である。


 基本的にこの寮では食後の後に入浴というのが暗黙の了解になっていたので、食事を終えた7時半頃には誰かが入り、8時ぐらいにまた入り、そして8時半ぐらいに誰かが入るという順番になっている訳なのだが……どうして、茉奈お嬢様はまだお風呂に入っていないのだろうか。


「えぇと……風邪でも引きました?」


「いや、私は至って健康だ」


「ならどうして……あ。もしかして、次、僕が入る流れでしたっけ?」


「それも違う。本来なら私が入っている筈だったんだが、諸事情があって入れなかっただけの話だ。……諸事情と言っても私の覚悟を決める時間がちょっと必要だっただけだが」


「……?」

 

 さぁ、いよいよもって全く訳が分からなくなってきたぞ。

 

 基本的に僕は風呂を入る時は男性としてのアレを解放してしまうという事情もあるし、自分の女装を一時的に解除してしまう訳でもあるので、女装をし直す為の時間で後続の人たちを待たせないように一番最後に入浴するように心掛けている。


 それは僕の秘密を知っている茉奈お嬢様も重々承知だし、逆に僕の秘密を知らない下冷泉霧香もこの寮生活1週間の間で理解をしてくれている筈なのだ。


 だというのに、どうして茉奈お嬢様は風呂に入らないのか。


 色々と考えられる事は姉と一緒に暮らしていた事からとしてはあるけれど……当の本人を前にして流石にそんな事を口にするなんて、当然ながら出来る筈もなく、僕は困ったように苦笑をこぼす事しか出来なかった。


「……君。まさかとは思うが、忘れたのか?」


「え。何をでしょう?」


 反射的にそんな言葉を口にした僕に対し、信じられないと言わんばかりにもの言いたげな目を向けてくるお嬢様であるが、僕には彼女が不機嫌である原因がついぞ分からなかったので、お嬢様の反感を買ってしまう事を承知の上で彼女に問いただしてみると、彼女は「胃が痛い」と言わんばかりに嘆息を吐いて見せた。


「……今日の夕ご飯、私の食べる量はどうだった?」


「食べる量、ですか?」


「その、なんだ……いつもより量が少なかったとは思わなかったか?」


「えっと、確か……白飯5杯に、豚汁4杯に、ビーフシチュー煮込みハンバーグを2つに、キャベツの千切りを半玉に、トマトを2玉、更にはカツオの時雨煮や竜田揚げをたくさん食べた挙句、食後のデザートの自家製シュークリームを3個ぐらい食べてましたよね?」


「うん。ほら、いつもより少ないだろう?」


「確かにいつもでしたら白飯は10杯ぐらいでしたね……」


 困った。

 僕は男なのでそれなりの量を口にするけれど、今目の前にいるお嬢様は僕が食べる量の10倍は余裕で食べれる。

 

 そんな彼女に食べた量が少ないと熱弁をされても正直言って理解できなかった。


 確かに彼女は健啖家だ。

 それも料理を作った僕が思わず嬉しくなってしまうほどの食べっぷりを披露してくれるような大食い……もとい、食べ盛りであるという事実を知ってはいるけれど、それでも彼女は僕よりも3倍は食事を採る。


 その結果とも言えるのが、彼女の胸元にたわわに実っている2つの果実である訳だが……あれだけ食べておいて、この腰のくびれだとか、細くも出るところはしっかりと出ているスタイルの良さだとか、にきびも肌荒れも1つもないモデル顔負けの美貌だとか、この世全ての女性を敵に回しているとしか思えなかったし、文字通りの反則であった。


「だろう。今日の私は色々とあっていつもよりも量を控えめにしたんだ」


「そうかな……そうかも……」


 女性が口にした事は例え間違いであろうとも同調しろ、と僕は和奏わかな姉さんに色々と教えられたので、僕は素直にその教えに従った。


 ましてや、人の食習慣……つまりは女性の体型や体質に関わるような話に繋がる訳なのだから、男性が不用意に口にしてしまえばしなくてもいい面倒な目に遭ってしまうのは、毎日毎日牛乳を飲んでも全く大きくもなりもしない自分の胸を親の仇のように見つめていた和奏姉さんで予習済みだったので余計な事は言わない事にした。



「でも、どうしてそんな事を? もしかして身体測定に向けて身体を絞っているんでしょうか? でしたら、スポーツマン向けのメニューを組み立てますけど」


「いや、量はこのままでいい。そもそも私はいくら食べても太らない体質でな」


 死んだ和奏姉さんが目から血涙を流しそうな事を口にする彼女であった。


 もしかして、和奏姉さんが茉奈お嬢様と弁当のおかずの交換をしていたというのは僕が作る料理の量が多いが為に太りやすいという体質の和奏姉さんの悩みを解消する為だったかもしれない。


 というのも、僕は当時――まぁ、今もだけど――食べ盛りだったのでついつい作り過ぎていたし、大量に作った方が2人だけの生活においてでも安く済ませられたという経済的な事情もある。


 もっとも和奏姉さんは自分のご褒美と称して、僕の作ったデザートをたくさん食べた翌日に体重計の上に乗ってよく四つん這いの体勢を取っていたけれども。


「とはいえ、という箇所は正しい。流石にこの私と言えども、食後のだらしないお腹を見せる勇気はなかった」


「……それは、どういう……?」


「その、だな。ほら、昼休みに理事長に行って、私の兄に会っただろう?」


「会いましたね」


「兄が、物凄く戯けた事を口にしただろう?」


「実際に女性の胸や裸を実際に見たり触ったり匂うとかでしたっけ」


 僕が実際にそう口にするとは思っていなかったのであろう彼女は若干赤面すると、気まずそうに咳払いをしてみせたが……実は僕は今日の夕方に下冷泉霧香の胸をたくさん触った。


 そのおかげでと言うべきか、僕には多少の女性に対する免疫がついた訳なのだけど……この出来事を流石に目の前にいらっしゃる茉奈お嬢様に報告する筈もなく、僕と下冷泉霧香は何食わぬ顔で食卓で顔を見合わせながら、同じ釜の飯を食べていた訳なのだが。


 ――こう事実だけを淡々と切り取ってみると、まるで僕が浮気か何かをしているような気持ちに陥ってしまう訳のは一体全体どうしてなのだろう。


「あ、あぁ。そう言っていたな。うん、そう言っていただろう? だから、その、なんだ……準備を、してきた」


 意は決したけれどもやはりそれでも恥ずかしい……そう言わんばかりにしどろもどろになりながら、茉奈お嬢様はもじもじと身体を震わせおり、そんな彼女の只ならぬ様子を前にした僕は動揺を隠せなかった。


「じ、準備って……一体、何を……?」


「き、君は私の口から言わせるつもりなのか……!」


 ついに顔から火やら湯気が出そうになってしまうぐらいに顔を赤らめた彼女は、半ば泣きそうになっていた。


 そんな彼女に対して僕の頭の中はそんな夢みたいなイベントが起こるだなんて有り得ないという否定の言葉でいっぱいいっぱいになっており、自分の頭の中で考えている事はどうにも本当らしいぞと確信に至るや否や、僕の心臓はうるさく脈動を繰り返した。


「ま、まさか……」


「……お風呂に入ろう、。私たちは女子同士なのだから、別に何も、問題はない筈、だ」

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