雌鶏の胸肉と雌豚の胸肉と女性の胸肉は当然違う(2/2)

「ちょっ⁉ ちょっ……⁉ え⁉ は⁉ えぇぇぇ⁉ し、下冷泉先輩⁉ な、な、な、いきなり、何、を……⁉」


「フ。落ち着いて」


「おおおおおおおおお落ち着ける訳がないでしょう一体何を考えているんですか先輩……⁉」


「フ。唯お姉様が動揺しているのは珍しい。あぁ、動画か何かでこの瞬間を映像に遺せないのが本当に悔やまれる」


「いやいやいやいや……⁉」 


「フ。少しは落ち着きなさい。たかがを唯お姉様の頭に押しつけているだけじゃない」


 落ち着けられる訳がない。

 僕は今あの下冷泉霧香が制服の胸辺りのボタンを外し、外の世界に露出させたブラジャーとたわわに実った巨乳を僕の頭に押しつけるだけでなく、僕が簡単に逃げられないように僕の頭を両手でしっかりと押さえつけているのだから。


「フ。うるさい口ね。胸で黙らせてあげようかしら」


 彼女は面白そうにそう口にすると、更に僕の頭を彼女自身の近くに押し寄せる。

 当然、目と鼻の先にあった胸が更に近くなってしまい、男である僕がまるで女性の胸に口付けでもするかのような体勢にさせられてしまう。


「……ぐむっ⁉ むぅ……⁉ むむっ……⁉」


「フ。夢にまで想像した唯お姉様のくぐもった声。まさか猿ぐつわでなく、私の胸で押し潰した時のパターンで聞けるだなんて夢にも思わなかった」


 正確に言えば、喋られないのではなく喋れない。

 仮に口を開いてしまえば、彼女の胸の間から漂ってくるであろう女性特有の匂いに、胸の触感が更に僕に襲い掛かってくるであろう事は想像に難くないし、そんな事をされてしまえば僕の下半身がとんでもない惨状を引き起こしてしまうのも簡単に想像できてしまった。


「フ。どうしたの? ちゃんと呼吸をしないと駄目でしょう?」


 僕を本当に同性に思っているからか、下冷泉霧香は実に何ともなさそうな声音で淡々と言ってのけているが……僕は男だ!

 

 そう、男!

 

 それも血の繋がっていない他人の胸をこうもまじまじと見るどころか、それを直に押し付けられるだなんていう経験もした事もない男だ!


 このままでは僕の下半身に生えているアレが……!

 アレがいきり立ってしまう!


 そうなれば、そうなってしまえば、それが目の前にいる女性にバレてしまえば、僕の生活が、僕がいていいと許されている唯一の場所が、この世界で唯一の場所が、――!


「……や……やだ……! そんな、の、やだっ……!」


 ここで生活を送っているだけでも僕はどうしようもないほどの異常者なのに、それがバレてしまえば社会的にも本当に死んでしまって、本当に取り返しのつかない事態を招いてしまう。


 だから、だから、だから、早く、何でもいいから、何とか、何でもいいから、そうだなるべく早く、早く何とか、何とかしないと――!


「はなっ……んんぅ……! 離し……っ……離して、くださっ……!」


「フ。暴力反対の鉄拳制裁」


「――痛ァ⁉」


 下冷泉霧香の胸から離れようと必死になってもがいていると、当の本人からいきなり放たれたのあろう何やら重い一撃がやってきて、僕はその痛みに思わずそんな悲鳴を口にしてしまっていた。


 視界が彼女の胸で塞がれているので状況は全くもって不明だが、状況から察するに僕の頭を抑えていた両腕のどちらかの腕で僕の頭を重く――まぁ、多少の手加減はあるのだろうけれど――叩いたのだろう。


「いきなり叩いてごめんなさい。でも落ち着いて聞いて。自分語りになるけれど演劇で一番怖いのは1回目のミスじゃなくて、2


 ぎゅう、と先ほどよりも強く僕を抱きしめてきた彼女であったのだが、僕は先ほどと違って、心底安心するような抱擁を為すがままにされていた。


 それは遠い昔に姉にされたような、母性とでも言うべきようなそれは、性欲によって生じるような熱とは全く違う温かみを僕に与えてくれて、どう見ても普通じゃあないというのに僕は安堵の感情を覚えていた。


「……せん、ぱい……?」


「一発勝負の演劇の舞台上においてミスは起こり得る。ミスを起こさないように意識してもミスは魔物のように起こり得る。それによって起きるミスは仕方ないし、意外な事にそこまで致命的じゃなくて笑えるようなミス。でも本当に致命的なのはそのミスの所為で慌ててしまった所為でそれ以上のミスを、笑えないようなミスを引き起こすこと。先ほどの唯お姉様のように慌てふためくのが一番危険なの」


「……それは、そうかもしれませんけれど」


「うん、落ち着いてきたわね。その調子よ。いい機会だから質問するけれど、さっき慌てていた唯お姉様に真面な思考は出来ていたかしら。早くどうにかしないと思いつつも具体的な考えが全く思いつかないで、身体だけが勝手に動いていたでしょう?」


「……はい。恥ずかしながら」 


「私もよくやった。人生でも舞台の上でも私は散々それをやらかした。だから、唯お姉様も気を付けて。致命的なミスは、本当にあっけないぐらい一瞬で全てを奪うのよ」


 僕は余りにもみっともない気持ちに打ちひしがれていた。

 まさか、この先輩にここまで安心されるだなんて本当に夢にも思わなかったし、何なら僕は彼女に母性のようなモノを覚えている始末だ。


 そもそも、こんな状況を作り出してきたのは彼女であって僕は何も悪くはない……と思いたかったのだけど、女子の裸姿に慣れるにはどうすればいいのかと茉奈お嬢様ではなくて下冷泉霧香に相談を投げかけた僕が悪い。


「……ごめんなさい……先輩は僕の為に色々と考えてやってくれたのに、僕は……」


「謝らなくていい。こんな真似をした私の方が悪いのだから唯お姉様は謝らないで。とはいえ、こうしているとまるで私が姉で貴女が妹ね」


 そう優しく彼女が口にするけれども、依然としては僕は下冷泉霧香の胸に頭を抱き寄せられたまま為すがままになっている――だけど先ほどよりかは、かなり落ち着いている。


 いや、本当ならばこんな状況で落ち着いてしまうのは危機感だとか、色々な感情が欠けていると指を差されて言われるというのは重々承知しているけれども、それでも先ほど慌てふためいたような感情を覚えていない事だけは確かであった。


「普通それが正しい形なんですよ。なんで先輩はこんな頼りない僕を姉と言うんですか。逆じゃないですか、普通」


 現に僕は異性の胸に顔をうずめているというのに、まるで日常生活を送るかの様な気安さで口を動かしている。


 一体これはどうしてなのだろうと少し考えに耽ってみるに……恐らく僕は


 要するに、俗に言うところの知ったかぶり。

 僕は女性の胸に触る事は禁忌であると認識してしまっており、それが当たり前であるのだと納得しており、それは常識的にも間違ってはいなかったものだから僕は異性から離れる事で自分を守ろうとしていた。


 もっとも、親密な関係性でもない異性のシンボルを見続けるのは相手にも不愉快だろうし、直に触る事は犯罪でしかないという注意書きは添えておくが。


「フ。そんなものは気分でどうとでもなる。唯お姉様は気分転換に私の胸の匂いを嗅ぐといいわ」


「いや、流石に慣れる為にとはいえ、人の匂いを嗅ぐというのはちょっとどうなんでしょう。それじゃまるで先輩みたいな変態ですよ」


「フ。人の胸に頭から突っ込んでおいてよく言うようになったわね。とはいえ、今まさに経験済みになった唯お姉様には余計なお世話だったかしら」


 下冷泉霧香が指摘するように、彼女の巨乳がまるで枕か何かのように僕の頭を抑え込む訳なので、僕は呼吸をする為に否応なしに彼女の胸の匂いを嗅がないといけなかった。


 よく女性から出てくる母乳をミルクと呼称するのが常だけど、彼女の温かい肌から発せられるのは本当にミルクか何かのような匂いであった。


 甘ったるい不快感という訳でもないけれど、いつまでも嗅いでいたくなるような快感を催させるもので、人を本当に駄目にしてしまいそうな温かみがあって危険な匂いだなとまるで他人事のように思えた。


「あの、もういいですよね? そろそろ僕を解放しては貰えませんか? 流石にこの光景を他の人に見られたらあらぬ噂が立つと言いますか……」


「フ。女性同士じゃない。何も問題はないわ」


「……そうですね、下冷泉先輩が創立なさったファンクラブの鉄の掟には確か僕には触らない。もし触ったら東京湾に沈めるという盟約があったと思うのですが。会長ともあろうことがそんな事を守らない訳はありませんよね?」


「フ。たかが口約束じゃない。口約束にそんな効力はないわ」


 汚い。流石は下冷泉霧香、汚い。

 こんな汚い大人には絶対なりたくないなと心に思ったその瞬間、下冷泉霧香は僕からそそくさと離れては、乱れた自分の制服のボタンを締め直した。


「フ。絶対に止めないだろうと相手に思わせた後に、止めるのは本当に快感ね」


「性格悪いって人によく言われませんか、それ。僕個人としましては離して欲しいと思っていたので本当に離してもらって助かりましたが」


「フ。あら残念。私としては唯お姉様にまだ抱きついていたかったというのが正直なところなのだけど」


「心臓に悪いので謹んでお断り致します」


「フ。唯お姉様みたいな美人にそう言われるとゾクゾクしちゃう」


 いつものような薄ら笑いを浮かべながら、やはりいつも通りな性的な冗談を口にする彼女はそう言いながら当たり前のようにベンチに座っている僕の隣を陣取ってきた。


「とはいえ、普通の女子でも同性の裸を見るのはあっても触られるのは滅多にない。人に着替えられる瞬間を見られたくないのだったら、体育の前の休み時間ギリギリまで着替えずにいたりだとか、女子トイレで着替えたりする人はいる」


 あ、それは男子特有の現象ではなくて女子にもそういうのがあるんだ。


 確かに僕は男子にしては余りにも華奢な体型と顔をしているものだから、前いた男子校ではよく同級生にチラチラと視られていた。


 だけど、その視線が余りにも不快だったから僕は男子トイレに籠もって着替えていたので、体育の授業はいつも遅れてしまいそうになっていた苦い記憶があったりする訳で。


 それならこの女学園においてでも、着替えは全て女子トイレで済ませればいいじゃないか――いや、男なのに何を当然のように女子トイレに入ろうとしているんだ僕は――と思った矢先に、下冷泉霧香は小さな薄ら笑みをこぼした。


「フ。とはいえ、ここ百合園女学園は普通の学校ではなくお嬢様学校。体育が終わった後はすぐに女子更衣室に行って着替えるようにという暗黙の了解がある」


「えぇ、そんなぁ……。いいじゃないですか、トイレで着替えても」


「フ。それがお嫌なら保健室で着替えるといいかしら。女性の養護教諭と2人っきりになれるわ。まぁ女性同士なのだから全く問題はないけど」


 困った。


 制服から体操服に着替える為の場所は女子トイレでするとすれば何とか問題にはならなそうではあるけれども、問題はその逆。


 体操服から制服に着替える為の場所は女子生徒が集う女子更衣室……それもロッカーが敷き詰められたような部屋しか残されていないという点である。


 それも運動をした後で汗のこもった匂いを漂わせる女子生徒たちを1つの場所に集合させた場所であるロッカー室であるので、そう考えれば女性特有の匂いというものが一塊になって濃縮されて、先ほどの先輩のものとは比較は出来ない程にヤバいものになるであるという想像は難しくなかった。


 また、ここは当然ながら学校であるので体育の授業の後にも当然ながら授業がある。

 

 体育の授業の後に座学の授業があるというのはどこの学校にもある話だとは思うのだけど、女装をしている僕にとっては授業と授業の間に挟まれる10分程度の休み時間という名の着替え時間が少ないというのも問題点だ。


 10分というタイムリミットの中、周囲の半裸状態の女子生徒の様子を観察しながら、隙を見つけて、その間に着替える。


 言うだけなら簡単かもしれないけれど、僕の裸を一瞬見ただけで異性なのではないのかと疑問を誰かが浮かべてしまえば僕は一巻の終わりを迎えてしまう訳なので、慎重にかつ大胆に迅速に行われければならないのだ。


「フ。随分と難しい顔をしているわね。見ていてすっごく楽しい」


 恐らく真剣に考えこんでいるのであろう僕の表情を目の当たりにした下冷泉霧香はまるで他人事にそう言うが、実は男である僕にとっては本当に難しい問題でしかないのだ。


「まぁ、こういうのは女子ならではの命題な訳だから……私のようにかわいくて美人で結婚したくなるような女子で何度も練習するのが一番。良くも悪くも、こういうのって演劇と一緒で経験がモノを言うのよね。要するに慣れよ、慣れ」


 果たして、僕は女性の裸を見慣れることが出来るのだろうか……?

 そんな僕の疑問に答えてくれるかのように、僕の下半身のアレは「無理」と言わんばかりに硬くなっていたが……それでも、以前の勃起と違って柔らかくなっているようにも思えた。


「さて、まずは落ち着く為にもこの缶コーヒーを飲むとしましょう。どんな状況であれ、最高の嘘を吐くためのベストなコンディションを維持するのも役者の仕事」


「……僕は役者じゃないんですけど」


「フ。役者でしょう? 学年3大美女の唯お姉様? 精々他の女子生徒の夢を壊さないようにね」


 彼女は面白そうにくすくすと笑うと、そのまま僕と同じタイミングで缶コーヒーのフタを開け、僕と同じタイミングで缶コーヒーを飲み干したが、僕の視線は缶でもなく、彼女の胸でもなく、彼女の優しい笑顔を見つめていた。


 下冷泉霧香が持っていたコーヒーの缶が屋上からでも見える赤い夕日を反射し、黙っていればとんでもないほどの美人で、性格もイイ彼女の顔を綺麗に照らしていた。

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