嘘つきと、噓つきと、噓つきの、晩餐会(4/3)

「――あーあ。すっごく疲れた」


 これでバレていたら本当にお笑い草であるのだけど。


 そう思いながら、私、下冷泉霧香は百合園女学園第1寮に作られたばかりの自分の部屋の中に配置された布団の上に飛び込んだ。


 拾われた下冷泉家の敷地内でこんなはしたない真似をしてしまえば、当然怒られてしまうので、こんな事が出来てしまうこの空間は本当に貴重なモノだ。


 それにこの空間は私が以前にお世話になっていた孤児施設を思い出してくれるので、無性に懐かしい気持ちになって仕方がない。


「でも、幸せ。あの唯お姉様と一緒の屋根の下で過ごせるだなんて本当に幸せぇ……! いつもいっつも慣れない優等生のフリをし続けるの本当に疲れるのよねぇ……! あー、お布団が気持ちいいなー! ごろごろごろー! 普段の私のキャラじゃ出来ないわねこんな事ぉ!」


 仰向けになったり、うつ伏せになったりしながら私はひたすらに怠惰の限りを尽くす。


 取り敢えず、下冷泉の家では絶対に出来ないであろう10数年ぶりのゴロゴロを私は堪能していると――私の部屋の中に置いてあった携帯機器が振動を起こし、誰かしらの着信が入っているという事をリラックスしている私に対して知らしめてくるのである。


「うーわ。葛城かつらぎさん。最悪」


 寝転がりながらスマホの画面を開いてみると、そこには下冷泉家に代々仕えてくれる葛城さんからの電話が入っていた。


 葛城さんは言ってしまえば、百合園茉奈に付き従う唯お姉様のような存在であり、洋風に言えばメイドさん、和風形式で言ってしまえばお手伝いさんなのであった。

 

「――はい、下冷泉でございます」


『葛城です。夜分遅くに失礼いたします、お嬢』


 葛城さんは私の専属のお手伝いさんであり、確か今年で30歳。

 そんな彼女との付き合いは軽く10年程度で毎日毎日私なんかの面倒を見てくれた葛城さんは言わば私の姉みたいなものなのだ。


「――何か御用でしょうか、葛城様。もしや私に至らぬ点でもございましたでしょうか……?」


『そういうお嬢はいつまでそんな堅苦しいお言葉のままなんですか。いつも私に話すような雰囲気でいいですよ」


「フ。助かる。この喋り方じゃないと息がしにくくてありゃしない」


『砕けすぎですよお嬢』


「フ。葛城は相変わらず頭とアナルが固いわね。まるでカチカチになった男性の生殖器みたい。興奮する」


『セクハラですよお嬢』


「フ。ロジカルハラスメント。……で、葛城。一体何の用? 私が勝手に家出して寮に入った件についての報告?」


『その件に関しましては旦那様と奥様を私が説き伏せたのでご安心ください』


「フ。葛城は相変わらず有能ね。ちなみに聞くけど、どうやって説き伏せたの?」


『反抗期みたいですよお嬢、と』


「フ。あながち間違ってないから否定できない」


 どうやら、彼女は私が望むような働きをしてくれたらしい。

 これでこの1年間はあの愛しの唯お姉様と一緒にいられる――。


 そう思うと私の胸の中は暖かくなり、清い乙女が零すような鈴のような笑い声を発してしまいそうになる。


「フ。フヒヒ。ブヒヒ。グヘヘ……!」


『気持ち悪いですよお嬢』


「フ。ロジカルハラスメントは止めて」


『正論ですよお嬢』


「フ。それが昨今で問題になるロジカルハラスメントの正体なのよ。これだから葛城は未だに彼氏が出来ないのよ。喰らえロジカルハラスメント返し」


『私はまだ20代ですよお嬢。はいロジカルハラスメント返し返し』


「フ。でも葛城は今年で30歳でしょ? そろそろ本気で婚活しないと冗談抜きで行き遅れるわよ。これで王手ねロジカルハラスメント返し返し返し」


『余計なお世話ですよお嬢。ところでそろそろ本題に入ってもいいでしょうか』


 そんなこんなで数時間ぶりの葛城さんとのやり取りに勤しんでいた私であったのだが、電話口の向こうにいる彼女の声音が真剣であった事から、あぁこれ以上は話が逸らせないな、と1人で後悔するのだった。


「……フ。何の用かしら? 葛城の電話はいつも長くなっちゃうから50文字以内で要件を伝えて」















『独断による調査の結果、菊宮唯は男であると判明しました』




















「――フ。あらやだ面白い冗談」


『冗談ではありませんよ霧香お嬢様。菊宮唯という人物が不自然であったのであの手この手で調べました。彼の過去をまとめた推定の履歴書をPDFとして送信させて頂きます。どうかお目通しの程をお願いします』


「フ。葛城は有能ね。だけど、しなくていい。菊宮唯が男性っていうのは、とっくの昔に気付いてる。それを知った上で私は彼と暮らすつもりだから」


『やはりお嬢がいきなり入寮した原因は彼ですか』


「フ。これだから葛城は有能なのに行き遅れるのよ。たまには仕事から離れて合コン行ってきなさいよ合コン」


『私が合コンに行ったら、菊宮唯の遺伝子鑑定に用いた毛髪などをお嬢に送り付ける事が出来ませんが宜しいですか?』


「え⁉ 送ってくれるの⁉ やだ嬉しい! ……いや、葛城がぺたぺたと触った唯お姉様の髪を舐めるのは流石に気持ち悪いから遠慮しとく。ごめんなさい、私はまだ葛城を性の対象としては認識してないの」


『きしょ過ぎますよお嬢。にしても、然程驚かないのですね』


「フ。ままままっまままままままっままままっまままささささささささささささささささささささかかかかっかかかかかかっかかかかかかっか」


『猿芝居が過ぎますよお嬢』


「……それで? お父様とお母様にはもう報告済み?」


『まだ報告しておりません。お給金等は旦那様から支給されてはおりますが、旦那様と私はあくまで契約上の関係ですし、これは私個人でやった調査であって、旦那様から承った業務ではありません。故に旦那様に報告する義務はございません』


「フ。無能ね。私以外の人間じゃなかったら今頃きっと首が飛んでいるわよ」


 正直言って、葛城はかなり有能だ。

 今回の件に関しても私がこの女子寮に入寮する事となったから、私の身の安全を守る為だけにこの寮内にいる人間全ての素性を調べたに違いない。


 そしたら、偶々唯お姉様の素性に違和感を覚え、男性であったという事実を僅か1日で知ったのだろう。


「フ。どちらにせよ報告ご苦労様。今日はもう遅いから電話を切ってもいいかしら?」


『……お待ちください霧香お嬢様。いくらお嬢が変態的な言動を繰り返すとはいえ、お嬢は顔と身体だけは美人です。そんな方を百合園の息がかかった男がいる寮内に置き去りにするなぞ、この葛城には看過できません』


「フ。相変わらず葛城は堅苦しいわね。心配は不要よ。あの人にそんな余裕なんてありゃしない」


『……やはり、お嬢は気づかれているのですね?』


「あらやだ。葛城は話の引き伸ばし方が上手いのね。それで? 私が何に気づいているって?」


『菊宮唯がお嬢の初恋の相手であるという件についてです』


「そんなの? 私の初恋よ? 人生で一番好きになった人よ? ……どんな姿になっていても、私が彼に気づかない訳がないじゃない」


 ……白状しましょう。

 私、下冷泉霧香は最初から菊宮唯が男であるという事を知っていて、敢えて彼を女として扱って接していた。


 だから、今日この日はとんでもないほどに大変だった。


 まさか、百合園茉奈をからかおうと遊びに行ったら、そこには10年ぶりの再会となるあの人がいるだなんて夢にも思うまい。


 現に私は動揺を隠しきれていなかったし、菊宮唯の女装に気づかない演技をし続けねばならなかった訳で……更には彼らに騙される演技をアドリブでしないといけなかったのがとんでもないほどに大変で、更には葛城さんにこんな心臓にとっても悪い報告をされた所為で気苦労までしている始末。


 明らかに男性に対して言わないであろう呼称である『』をわざわざ使ってまで彼の女装に気づいていないアピールもした。


 年下だから妹様だなんていう余り耳にはしない言葉ではなく『お姉様』という言葉をチョイスしたのは、ここ百合園女学園においてそれが毎日のように聞く呼称の1つであり、誰もが聞いて女性であると思い込むだろうから、彼をその呼称で呼ぶことに決めた。


 ――それにのは、余りにも酷すぎる話だったから。


 だから、この百合園女学園において高校3年生……即ち、全生徒の頂点のカーストに位置する私を『菊宮唯の妹』にさせる事で、周囲の女子生徒もまた私の取った行動……という行動に付き従わざるを得ない。

 

 そうすれば、彼が見知らぬ誰かを姉と呼ぶ事はないし、周囲の女子生徒は下冷泉家の家名に怯えて彼に不用意に手を出すこともなくなり、菊宮唯が男であるのがバレるというリスクも極力減らせる。


 それに更に付け加えて、私の入寮。

 これにより他の女子生徒は百合園茉奈だけでも怖い存在なのに、私が入寮した事で菊宮唯の女子寮での生活は更に盤石なモノとなる。


 学内でも人気があり、有名すぎる家名を抱える私たち2人がいる女子寮に唯お姉様がいるからという理由でわざわざ首を突っ込むような度胸を持つ女子生徒は百合園女学園には存在しない。


 だから、入寮した。

 彼の安全の為だけに。


「……フ。ざっとネタばらしをするとこんな感じ。ね、簡単でしょ?」


『それをたったの数秒で考えつくお嬢はちょっと気持ち悪いですよ』


「フ。気持ち悪いと言われて泣きそう」


 冗談で泣きそうと言葉にした事で思い出したのだが。

 彼が10年ぶりに作ってくれたティラミスを食べた時、本当に嬉しくて嬉しくて涙が溢れ出そうになった。


 もちろん、そんな事をしたらバレてしまうので、何とかその涙を出さないようにもしたし、目を潤せる事もさせないように気を張り過ぎた。


 ……正直言って、彼が女装をし続けるよりもこっちの演技の方が大変である気がしてならないが、バレた時のリスクは彼の方が何千倍も上だ。


 そう考えると、私の役と演技はなんて簡単なのだろうか。


『いくら何でも回りくど過ぎますよお嬢。素直に自分は女装に気づいていますよって言えばそんな苦労はしなくていいじゃないですか。何なら事情を素直に話して、彼の心労を少しでも減らしつつ、好感度を稼いだ方が……』


「フ。葛城はこれだからまだ未婚なのよ。あの人はこれから想像するだけでも大変な目に遭う。だから、。私という練習稽古で出来ないのに、本番舞台で出来る訳がない」


『……っ……それは』


「葛城。突き通せない嘘なんて、ただの間違いでしかないのよ」


『……だからといって。そんな酷い役回りをするのが霧香お嬢様という事ですか。今からでも遅くないですから考え直してください……! そんな事をし続けたら霧香お嬢様は初恋の彼に永遠に警戒されたままですよ⁉ 今まで霧香お嬢様が下冷泉の家で必死に頑張ってこれたのはその人のおかげでしょう⁉ そんな役をしてしまえばいつまで経っても霧香お嬢様は――!』


「――私の都合なんかよりも、彼の安全の方がずっと大事。そんなの恋する乙女なら当然の事」


 私が真剣な声音でそう言うと、葛城さんは3分程度黙ってから、とても大きな嘆息を吐き出した。


 まるでどうしようもない子供のワガママを……ティラミスが食べたいだなんてワガママを言った私の願いを叶えてくれた私よりも小さかったあの子みたいに、葛城さんは観念したかのような嘆息を吐きだしてくれた。


『……でしたら、1つだけ聞かせてください』


「何?」


『霧香お嬢様がこの世で一番好きなティラミスは……いや、お嬢を今まで一番強く支えてくれた思い出の味は、どうでしたか?』


「フ。正直に言っていいかしら」


『どうぞ』



















「大好き。好き。好き。好き好き好き――! 人生で一番大好きな存在にまた巡り合える事が出来て、どうしようもないぐらい、すっごく嬉しいの、私――!」


 大好きなあの人の女装がバレてしまったら、あの人は社会的に死んでしまう。


 であるのなら、あの人を社会的に死なせなければいいだけの話だ。


 例え百合園女学園の女子生徒全員を敵に回しても、下冷泉家を敵に回しても、世界を全て敵に回しても、あの人自身に敵であると判断されても。

 

 どんな手を使ってでも、大切なあの人だけは絶対に死なせない。

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