その頃、ミツキは…… 3

「クルォォォォォォォォォンッ!!」



Supremacyスプレマシー Unitユニット: “黄金こんじきの王冠”——メアディス に遭遇!』



アナウンスと共に現れたのは、見上げるほどに大きい鹿のようなモンスター。

無数に枝分かれした巨大な角は眩いばかりの黄金の輝きを放ち、そのモンスターの佇まいも相まって王冠を被っているようにも見える。



Supremacyスプレマシー Unitユニット』———直訳すると、『至高の個体』。

Supremacyスプレマシー Worldワールド Onlineオンライン』内において数体のみ存在する特別な個体である。


他のモンスターとは異なりリポップすることはなく、後にも先にも『Supremacyスプレマシー Unitユニット』はその個体のみである。


全てのプレイヤーが狙う至高の存在が、目の前に現れたのだ。



「ミツキちゃん、ルリア、逃げるよ」


「っ……ミツキちゃん、こっち」



比較的冷静なセーラが、メアディスを刺激しないように小声で二人に声を掛ける。気圧されていた二人もその声にハッと気を取り戻し、ゆっくりとメアディスから離れ始める。


戦闘になったらまず間違いなく勝てないのは、初見の彼女達でも分かり切っているからだ。



Supremacyスプレマシー Unitユニット』に共通する事項がいくつかある。


まず、彼らはSWO内の全フィールドを自由に動き回るということ。


各種ボスモンスターのように縄張りが決まっているのではなく、彼らの気分で自由に動き回るため、初心者が集まる初期エリアにもこうして出現することがある。


次に、バトルが『時間制』であること。

バトルエリアに入って戦闘が始まった後、10分生存でバトル終了となるのだ。10分死なずに堪えることができたら、であるが。


そして何より———『Supremacyスプレマシー Unitユニット』が出現しておよそ2年。未だに彼らを討伐したプレイヤーは一人として存在しない。


ひとえに、強すぎる・・・・のだ。



ゆっくりと離れていく彼女達を静かに見下ろし、メアディスは黄金に輝く角をゆっくりと振り上げた。



「っ!?」


「な、何っ!?」



突如として起こった地震に足を取られ、その場に踞る3人。地震は徐々に大きくなり、そして———


凄まじい地響きと共に地面が動き出す。ある場所は隆起し、ある場所は陥没し、巻き込まれた樹々は整然と並んでいき……まるで幾陣もの戦いによって荒らされた自然を元に戻すかのように。


ただ、巻き込まれたプレイヤーは堪ったものではない。波打つ地面に脚をとられ、落石のように地面を転がり、ダメージエフェクトを散らしながら激突した巨木の陰でやり過ごす。



1分もかからず地震は収まったものの、たったそれだけの時間で地形は大きく変化してしまっていた。



「これは無理……耐久とか考えてる場合じゃないよ」


「ホントそれ、とにかく範囲から逃げないと……ミツキちゃん?」


「っ……」


「ま、いきなりこれは怖いよね……」



セーラは、踞って震えるミツキの背中を優しく撫でる。強さを知っていたセーラとルリアでさえ、恐怖を覚えるほどなのだ。


VRとはいえ、抗い難い自然の脅威を目の当たりにして、怖くないわけがない。身体が震えて動けなくなるのも当たり前だ。



千紘ちひろ……助けて……」



ミツキの口から自然とその名前が漏れ、無意識のうちに救援メッセージを送っていた。生きているうちに来てくれる可能性など限りなく低いが、それでも縋らずにはいられない。



だが———メアディスにとって、そんなことは関係ない。


プレイヤーによって荒らされた自然は元に戻した。であれば次は……その原因であるプレイヤーを排除するのみ。



「ミツキちゃん!」


「っ!?」



いつの間に移動したのだろうか。巨木の陰に隠れていた3人の前に現れたメアディスが、木の幹のように強靭な前足が目の前に迫っていた。


直前で気づいたルリアがミツキを抱えて飛び退き、メアディスの前足を回避する。が、何かが爆発したかのような轟音と衝撃波が放たれ、当たってもいないはずの3人は軽々と吹き飛ばされる。



「っ……【ブラインド】!」



セーラが振るう杖から、黒い霧が放たれる。

実際のところメアディスにデバフは効かないが、それを見越して自分達の周囲に霧を撒き、目晦ましにしたのは英断だった。


黒い霧に紛れて3人は移動し、再び樹の陰に隠れる。


メアディスが霧を吹き飛ばした時には、すでに3人の姿はそこに無かった。



「あれに出会ってまだ生きてるって、もはや奇跡なんじゃない?」


「はは、言えてる」


「ルリアちゃん、ありがとう……」


「いいのいいの! 無事でよかったよ。でもミツキちゃんをこんなに怖がらせるなんて、あいつの罪は重いよ!」


「ランダムエンカとはいえ、ボスエリアに乱入してくるなんて非常識すぎるよねぇ」



せめて気分を変えようと、ルリアとセーラは軽口を叩きあう。ちょっとはミツキの気分が回復してくれればいいのだけど……あんまり変わらないか。



「セーラ、マジでどうする?」


「それなんだけど……さっきの攻撃の後あいつの足元見てた?」


「足元?」


「そう。あいつ、踏みつけで地面を砕いた後———っ!?」


不自然に隆起し始める、目の前の地面。それがメアディスによるものだといち早く察知したセーラは、覆い被さるように二人の頭を下げさせる。


直後、地面から飛び出た岩の杭は先ほどまでセーラの頭があった場所を通り抜け———背後の樹に当たる直前で停止した。



再び【ブラインド】で煙幕を張り、急いでその場から離れる3人。



「あいつ、脚で砕いた地面をちゃんと元に戻してるんだよね。しかも、樹を傷つけないようにしてるし」


「つまり?」


「あいつは自然を傷つけないようにしてるってこと。もしかしたらこうやって樹の陰に隠れながらやり過ごせば、結構耐久できるんじゃないの?」


「なるほどね~……」



また別の樹の陰に隠れ、ミツキを抱き留めながら息をひそめるセーラ。ルリアもどこか納得したような表情だ。



「でも、居場所バレるのめっちゃ早いよね……どうやって見つけてるんだろう?」


「それは分からないけど……でも、まともに戦ってもあんなの勝てるわけないし———わわっ!?」



再び起こる地震。

そして自分たちが居た場所が大きく隆起し始め、バランスを崩した彼女たちは再び地面を転がることとなった。



「痛っ! もう、乱暴すぎっ!」


「ミツキちゃん! ルリア!」


「えっ———」



彼女達が起き上がったその場所は、メアディスの目の前。

逃げ回る彼女達に業を煮やしたメアディスは、地面を動かす・・・・・・という荒業で自分の目の前まで移動させたのだ。



「そんなの……」



———どうやって逃げればいいの。


そんな言葉を漏らす暇さえなく、眼前に迫るメアディスの蹄に、ミツキはただ目を硬く閉じることしかできなかった。











直後、何か温かいものに包まれた私は、されるがままに引っ張られて地面に倒れこむ。すぐ近くにメアディスの脚が振り下ろされたのだろうか、轟音が辺りに響くも、何かに阻まれるかのように衝撃波は届かない。


いったい何が起きたのかと、ゆっくりと目を開け———



「すまん、ミツキ。待たせたな」



———そこには、来ないと思っていたの姿があった。

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