ボス戦……の下準備

「うっす」


「おはよー!」


「お、よう千紘ちひろ! 燈瑠あかるちゃんもおはよう!」



翌日、俺と燈瑠あかるが教室に入ると教室内はすでに賑わっていて、聞こえてくる会話から察するにSWOの話題で盛り上がっているようだ。



「おい千紘ちひろ、お前もSWOやってたよな?」



燈瑠あかるに車イスを押されてきた俺に話しかけてきたのは、同じクラスの友人である『岡島 たける』だ。初対面のころから車イスの俺を心配してくれたいい奴で、軽音楽部に所属するバンドマンでもある。



「やってるけど、それがどうした?」


「SWOやってれば『イザヨイ』さんの名前ぐらいは知ってるだろ? 聞いて驚け、俺昨日そのイザヨイさんに会ってさ!」


「えっ?」


「いいだろぉ? 何つーか、マジ違ぇわあの人。オーラが違うっていうか」


たけるお前、今日何回その話する気だよ」

「んでサイン貰おうとして、気圧されて話しかけられなかったってオチだろ?」



クラスメイトがあの場にいたことに驚きを隠せないでいると、自慢話を続けるたけるに向け、クラスメイトから口々にヤジが飛ぶ。



「はぁ? 違ぇよ! イザヨイさんはそういうの望んでないと思って遠慮しただけで……」


「自分は相手のことを理解してると思い込んでる限界アイドルオタクみたいだな」

「え、たける君ってドルオタだったの? キモ……じゃなくて、うん、いいと思うよ……」


「うるせぇ! 好きなもんは人それぞれだろ!」


((((ドルオタは否定しないんだ……))))



クラスメイトのヤジで有耶無耶になったけど、どうやら俺が『イザヨイ』であることはまだバレてないようだ。


しかしまさか、あそこにクラスメイトが居たとは……『イザヨイ』での立ち回りにもうちょい気を付けないとダメだな。



燈瑠あかるの方はと言うと、女子グループと色々と話をしているようだ。



燈瑠あかるちゃんはもう大丈夫なの? SNS見たけど、病んでるみたいに言ってなかった?」


「うん、大丈夫大丈夫! 私は昨日からSWO始めたんだけどね、初プレイでちょっと嫌なことがあって落ち込んだだけだよ。一晩寝て起きたら治っちゃった」


「さすがクラスの元気印」

「ってか燈瑠あかるちゃんもSWO始めたんだ! なんか意外かも」


「だってみんなクラスの中でその話ばっかりじゃん! 私もやりたくなったんだもん!」


(((可愛い……)))



「じゃ、じゃあさ、今度俺と一緒に———」


「まぁでも始めたばっかりで何にも分からないからさ、千紘ちひろが色々と教えてくれるって約束したんだよねっ」


「まぁ、一番近くにいるわけだし、その方が手っ取り早いからな」


「「「「「あー……(察し)」」」」」


「え、何? 私何か変なこと言った?」



クラスメイトの誰かが声に出した燈瑠あかるへの誘いはかき消され、クラス内にはどこか納得したような空気が流れた。


『あ、こいつフラれたな』とか『千紘ちひろが色々と、手取り足取り……ふーん?(脚色あり)』とか、『一番近くって、それもう夫婦じゃん』とか……とにかく俺と燈瑠あかるを取り巻く生暖かい視線は、その後担任の先生が教室に来るまで続いた。



        ♢♢♢♢



その日の夕方、SWOにログインした俺と燈瑠あかるは、【ハイドリナ】の街の中央にある噴水の場所で待ち合わせをした。



「やっほー! ……じゃなくてセンコウ!」


「おう、ミツキ。まだPNで呼ぶのに慣れないか?」


「うん、見た目も声も……じゃなくて現実の方とほとんど変わらないんだもん。呼び方だけ変えろって言われてもねぇ」


「まぁ、他のプレイヤーがいるところで本名で呼ばなければいいよ」


「おっけー♪ じゃあ先輩! 今日こそはボスを倒して次の街へ……って、そうだ、武器が無いんだった……」


「あ、その事なんだけど……」



見るからにシュンッとしたミツキへと、慌てて声をかける。

と同時に、インベントリから取り出したのは一本の剣。


それを見たミツキの目は、驚きに見開かれた。

その剣は紛うことなく、昨日PKに奪われたはずのミツキの『空の器』だったからだ。



「え? これ、どうして……」


「俺がログインしたらNPCの衛兵に声をかけられてさ、これを渡されたんだよ。俺のアイアン・バックラーや他の素材と一緒にね」


「えーっと、つまり……誰か親切な人が取り返してくれて、交番に預けておいてくれた、みたいな?」


「まぁそんなところ」


「やったぁ!」



『空の器』を受け取って嬉しそうにピョンピョン跳ねるミツキに、俺の頬も緩む。


武器やアイテムを別のプレイヤーに渡すだけなら簡単だけど、メインキャラからサブキャラに渡すのはそうもいかない。


そんなときに利用するのが『衛兵を中継する方法』か『クランの金庫を利用する方法』だ。



一方のアカウントから衛兵か金庫に預けておいて、アカウントを切り替えて受け取れば簡単にアイテムなどを受け渡すことができる。


今のところ『イザヨイ』と『センコウ』もクランに入ってないから衛兵を利用したと言うわけだ。


本当は、衛兵はそんな雑用みたいなことを受けてくれないんだけど、NPCな間にも『イザヨイ』の名が知れ渡っているからか、快く受けてくれた。



「さて、早速ボスに挑む……といきたいところだけど、武器が戻ってきた上に他の素材まで貰えたんだ。ミツキの『空の器』、強化しようぜ?」


「強化? どうやって?」


「まぁ見てろって」



俺はインベントリから様々な素材を取り出す。



「俺が使える『錬成』も『鍛冶』も、まだ初級だからめちゃくちゃパワーアップとはいかないけど、ボス戦を有利に進められるようにすることぐらいはできるさ」



『初級錬成』で扱えるコストの上限は低い。だからこそ、一度低コスト素材を使って強化素材を作っておき、その強化素材で武器を強化する必要がある。


それに、ドロップした素材をそのまま使うより、一度『錬成』を通して純度を上げておいた方が強化幅も大きくなるしね。



「最初のボスの属性は土、だからまずは土に強い風を強化しよう」



『ウィンドラビット』や『スカイホーク』といった風属性のモンスターの素材を使い、『初級錬成』を発動。


素材を囲むように魔法陣が現れ、雷のようなエフェクトを放ちながら素材を分解していく。



「わぁ……なんだか綺麗だね」


「だろ? 生産もなかなかいいもんだぞ」


「私は魔法とかバンバン撃ちたいもんねー」



他愛もない会話をしていると、1分と経たない内に『錬成』が完了する。

出来上がったものは、より純粋な風属性の力を宿す『アトモスオーブ』だ。透き通ったエメラルド色が美しい宝珠である。



「んで、あとはこれを……『錬成』!」



今度は『空の器』と『アトモスオーブ』を囲むように魔法陣が出現し、風が渦巻くようなエフェクトが包む込む。


その風に拐われるように『アトモスオーブ』が消えていき、『空の器』に吸い込まれてエメラルド色の輝きを灯した。



「よし、これで強化完了だ」


「へぇー、確かにちょっと強そうになったかも」



『空の器』を打ち直したわけではなく、イメージとしては『アトモスオーブ』を消費して『空の器』の中の風属性の性能を強化した感じだ。


ミツキの『アトリビュート・コンバート』と組み合わせれば、風属性攻撃に関してはそれなりに強力になっているはずである。


ついでに、残りの素材を使って俺の『アイアン・バックラー』も強化しておいて……。



「よし、準備完了だ。じゃあボスに挑みますか!」


「おーっ!」

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