第14話 不気味な手紙での呼び出し

 ぼ~っと、ふわふわな気持ちで馬車に乗り、ヘイル侯爵家へと戻った。上の空ながら、いつものように食事を済ませ侍女たちに世話を焼かれた。

 心ここにあらずな気配だったのだろう。わたしは心配する侍女たちを下がらせ、自室にひとり。

 グレクスとの甘美な刻の余韻はまだ残っていた。

 

 だが相変わらず気になるのは、アンナリセの心にかかった鍵だ。

 酷い言葉で罵倒したり、嫌がらせや意地悪は茶飯事だったようだが、無邪気で天真爛漫てんしんらんまんな表情と態度が、それを和らげた。幼いのだ、と、誰もが悪行を許す。

 

 だが……何だろう? この嫌な気配。

 自分の心となったのに、開けられない場所、覗けない記憶があることが、わたしを極度に不安にさせていた。

 その嫌な感覚に引かれるように、書斎へと向かう。

 

 嫌な気配が、急激に深まった。

 なに? なんなのだろう? この嫌な感じ。鍵と……同じ気配……なの?

 

 恐る恐る感覚をたどっていく。

 嫌な感じが強まるのに息を飲みながら引きだしたをあけた。

 

「手紙?」

 

 アンナリセ宛の手紙だ。机の引き出しに入っている。

 魔法師が届けたのでないのは明白。転移で直接、この引き出しに入れられたものだ。

 

 異様な紋章――。

 それをみた瞬間に、心の鍵がカチリと開いた……!

 

 鍵は開いたが、わたしの心は凍りつく。

 ダメだ、これは……。酷すぎる……!

 

 酷い目眩めまいに襲われた。強烈な吐き気。そんな行為をしていた者の身体にいることなど、もう一瞬でも嫌だと感じた。

 有象無象の悪事の坩堝るつぼとでも言おうか。

 アンナリセは、普段、意識してそれを忘れていた。

 

 演じ分けていたわけでなく、真実の邪悪を封印していた。グレクスと婚姻し王妃となるまで、と。だが、悪事を働かずにはいられない邪悪は渦巻いていた。

 

 アンナリセとしてのわたしの謝罪が効いた部分。それは、表面的な社交の大衆の前でのこと。

 アンナリセの悪虐は、悪役令嬢としての本番は別の場所にあった。我が儘わがまま放題の令嬢は、隠れ蓑。こっちが、本性だ!


 アンナリセが覗き込む鏡に映る、その邪悪な笑み。それは可愛いのではなく、恐ろしく妖しく脅威的な美麗さだ。

 ウルプ家の家令と専属執事が、こっちのアンナリセの対応をしていたと分かった。アンナリセは気づいていた。気づいていて、グレクスにも内緒でコッソリ後始末をするよう仕向けていた。専用執事は、悪事を隠蔽する半ば仲間のようなものだ。

 

 

『アンナリセ、最近、顔をみせないな。心を入れ替えたと噂になっているが、お前に限ってそんなはずはあるまい?

なぜ、デザフル・ティクを追いやった? お前の希望に沿っての人選だったはずだが?

とにかく、一度、顔を見せろ  シーラム・ルソケーム』

 

 手紙の差出人は、シーラム・ルソケーム侯爵。

 

 ウルプ城で、デザフル・ティクを連れた姿を見たとき、アンナリセすら嫌っていた貴族と、わたしは認識した。だが、それは裏返しで、そういう体裁にしていただけのようだ。鍵が開いてみれば、シーラムとは超仲良し、悪虐仲間だ。悪虐を楽しまずにいられないアンナリセのたちを、理解し悪事を共有していた。

 目配せで、やりとりできるほどの親密さ。なんでもアンナリセの便宜を計ってくれていた。

 

 それもこれも、グレクスとアンナリセが婚姻するため。アンナリセがグレクスを取り込んで仲間にするか、実権はアンナリセが奪うか。そんなことを共に企んでいたらしい。

 

 

 

 わたしは、外套を纏い裏口から外にでた。手紙が来ると、アンナリセはいつもそうして出かけていた。迎えがきている。魔道師だ。一瞬で転移されていた。

 

 

 

「デザフル・ティクを、どうして追い出した? お前がいるから、安心してウルプ城に連れていったのだぞ?」

 

 転移され対峙したのはシーラム・ルソケーム侯爵だった。書斎らしい。豪華な部屋だが嫌な雰囲気だ。他に人の気配はない。

 城で見掛けたとき、あれは、わたしに、アンナリセに逢いにきたのね……。

 だが、わたしは、デザフル・ティクを罪人だと知っていた。いや、アンナリセも罪人と知っていたろう。仲間としてウルプ城に招き入れるつもりだったに違いない。

 

「そんなこと、知りません。わたし、心を入れ替えました」

「はっ! ばかばかしい。反省して人が変わった、という噂は本当らしいが。心を入れ替えたところで、お前の悪事は消せんぞ?」

 

 何? 何のこと?

 いや、悪事のカケラは記憶のなかに視てしまっている。否定したい。記憶のなかから追い出したい。

 あんな穢れた悪虐など……。

 言葉に酷く動揺しているのに、わたしは、自然に嫣然えんぜんんでいた。アンナリセの微笑。闇の、裏の者たちを震え上がらせる強烈に美しい笑み。

 だが、わたしの心は震えて凍っている。

 

「いいえ。証拠は何もないわ」

 

 アンナリセの心の奥にある言葉が口をついた。元のアンナリセが残っているわけではないが、言葉は在った。

 記憶をまさぐり、証拠隠滅を、専任の執事をも利用してのはかりごとを知った。他にも、証拠隠滅のために使う魔法の数々が思い出されてくる。

 

 ……証拠隠滅は完璧よ。

 アンナリセの古い記憶からの言葉。

 本当に、アンナリセの所業……酷い所業がぼろぼろと記憶からほころび落ちてきた。

 

「オレに協力しろ、アンナリセ。別に別人でもかまわねぇさ。協力しない、っていうなら、利用させてもらうだけだ」

 

 侯爵は脅しをかけてきた。

 

 今まで探れていたアンナリセの悪戯、意地悪、罵声など可愛らしい、と感じられる邪悪に蠢く記憶。

 悪虐? 余りに背徳!

 そんなものに好んで加担し、楽しかったの?

 だが、証拠は確かに完全に消している。そのための魔法が揃っている。

 こんな魔法、どこで手に入れたの?

 

「嫌です!」

 

 アンナリセの記憶のきたなさに吐き気をもよおしながら、断言する。

 想像を超えた悪女で、証拠を消すために、さまざまな魔法を駆使した。

 こんな魔法が使えてたの?

 証拠を隠滅に特化するような魔法。他に使い道は?

 

「トレージュは、いつ売ればいい? 待ち望んでる奴がいるんだが?」

「ダメよ! トレージュは大事な妹なのだから!」

「こりゃあ、傑作だ! どの口が、そんな台詞を吐くんだ? だが、もう決まった話だ。買い手は手ぐすね引いて待ってる。上物だからな」

 

 今更、変更はなしだぞ? と、言葉が足された。

 

「ダメ。絶対、ダメ! そんなこと、させない」

「では、お前の所業を、すべて明るみに出してやろう」

「好きにすればいい」

 

 わたしの言葉は、ハッタリだ。アンナリセが、どのくらい完璧に証拠隠滅していたか、確証はない。だが、無邪気さの奥に隠れた、わたしに震えをもたらすような邪悪。兇悪で、超絶に悪巧みの才能がある裏の部分に賭けた。

 王妃となった後に、うれいとなる部分をアンナリセは徹底排除している。物凄い才能。そして見事な仮面。

 

 どうやってここを出よう。

 アンナリセは転移できないはず……。え? 本当に?

 色々疑問が浮かぶ。

 

 侯爵との接触が、アンナリセが心の奥に隠していった様々な思考や魔法をえぐり出していた。

 

 

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