第6話 夜会へ集うものたち
夜会には、ヘイル侯爵家の者には全員に招待状が来ている。
ただ、わたし、アンナリセだけは招待状も何も関係なく、前日からウルプ家に滞在するようにとのお達しだ。
夜会前日は、丁寧な入浴やら、基本的な衣装の試着などで大忙しだった。部分的に黒を使い光沢のある翠を際立たせた綺麗で豪華な衣装だ。本番では更に飾りは増えるらしい。
ウルプ家の面々と、食事も共にした。その際の衣装も、ウルプ家が用意した豪華なものだった。
「アンナさんは、食事の所作がとても綺麗ね」
ウルプ家の現当主夫人が、
一応、王宮仕込みよ? わたしは密かに思う。知識としては覚えてないけど身体が覚えてる感じ。でも、ちゃんとアンナリセの身体が、作法のままに動いてくれてホッとした。
グレクスは、とても満足そうな表情だ。アンナリセを自慢したくてうずうずしているらしい。
翌日は、夜会と言いながら城では昼間から早く到着した者たちへの持てなしが始まっていた。なので、わたしは来賓をずっと眺めていた。見覚えのある顔を見かけた端から謝罪に走るため、豪華な衣装と飾りを身につけたまま待機だ。
アンナリセは来客から遠巻きにされている。
悪戯と罵声、そんなものを浴びせられたらたまらないから、直接被害を受けていない者たちも、アンナリセの姿を見掛けると逃げるように別方向へと向かう。
しかし、そんなことには構わず、わたしは謝罪対象を見つけると、猛進した。
バタッシュ伯爵令嬢と、ニヴン男爵令嬢は、結った髪をぐちゃぐちゃにして罵声を浴びせたあたりの嫌がらせだ。
速効で、目前へ迫り、深く礼をし、更に身を低くした。
記憶を探りだすが、細かいことは、余りに行いが酷すぎるし、特定しての謝罪は困難そうだ。
「令嬢、わたし心を入れ替えました。申し訳ございませんでした」
速効での謝罪なら、だいたいこの言葉で切り抜けられると思う。
わたしがやったわけではないが、この身体のかつての不始末。謝罪して回ることくらい、今後のアンナリセとしての人生を思えばなんてことない。
というか、こんな酷い嫌がらせをする状態のアンナリセを、よく野放しにしておいたな、と、呆れてしまう。
「お気になさらなくて大丈夫よ。こうして謝罪していたたけたのだし。ぜひ、仲良くしましょう?」
バタッシュ伯爵令嬢は、アンナリセが立ち上がるのを促しながら、好意的な眼差しを向けてきた。
社交辞令ではなさそうだ。
「本当に、心を入れ替えてくださったようね?」
ニヴン男爵令嬢も、謝罪後の反応は恐ろしいほどに好意的だった。
オリキュ子爵令嬢スティラも、謝罪の後、庭園の散歩を提案してきた。他意はなさそうで、夜会前のひとときを優雅に過ごした。
アンナリセ自体、元々とても人から好まれる体質なのかな? わたしは思案する。だから、アンナリセの酷い行いも、許されてきたのかもしれない。
ドラス子爵令嬢シャイラには、水を掛けて酷い目に遭わせた。
なので、謝罪の言葉の後、庭園の噴水のある場所まで誘導した。
「本当に、申し訳ないことをしたわ。だから、わたしに水を掛けてくださいな。他に償いかたが分からないの。思いっきりかけて!」
シャイラは、ずっと無表情だったが、水場の桶に目いっぱいの水を汲むと、アンナリセへと頭から水を浴びせた。
ひゃああ、思ったよりも衝撃あるわね。覚悟はしていたが、冷たさに身震いしてしまうし、ぐっしゃり、水浸しだった。ウルプ家が用意した飾りも衣装も台無し。
とはいえ、シャイラのこれで溜飲が下がるなら安いものだ。
だが、驚いたことに、シャイラは、その後で、自分にも桶一杯の水を掛けた。
「わっ! ちょっと、シャイラさん! まぁ、何てことを!」
これじゃあ、謝罪にならないじゃない!
「これなら、一緒に遊んでいて噴水の池に落ちたってことにすればいいわ」
濡れた令嬢は、にっこりと笑みを向けてきた。
「ああ、なんてこと! とんでもないわ! わたしだけビショ濡れでいいのよ? ああ。どうしましょう?」
困惑し、わたしは慌ててシャイラの手を取る。無意識に魔石の魔法を
この魔法、ホントに凄い効果だわ!
ふたりとも元通りにしてしまい、全く予定通りではないが。
「あら、すごい! 貴女、良い魔法、使えるんじゃない! ねぇ、私たちお友達になりましょう?」
シャイラは愉しそうな笑顔を見せた。なんだか、最初から面白がっていたみたい。
とった手を握り返された。
「え? いいの? 友だちになってくださるの? なんて素晴らしいんでしょう!」
感動した声をあげると、シャイラは照れた表情だ。
「貴女、すっかり別人みたいよ! 本当に反省して素敵な女性になったのね。ぜひ仲良くしましょう?」
水を掛けていいと言われ、
もうひとりの水の被害者であるガニッツ子爵令嬢ロザディは、アンナリセに連れられ噴水のある水場にきたが桶を手にはしなかった。
「もう気にしなくていいわ。あなたが本気で謝罪してくださっていると分かったから」
「思い切り、水を掛けてくれていいのよ?」
もう一度促す。魔法で元通りにできるから、というのは、この際、忘れていた。ただ、誠心誠意、謝罪の言葉は繰り返した。
「本当に心を入れ替えてくださったとわかるので。別人みたいね。ぜひ仲良くしましょう?」
丁寧な礼をすると、ロザディは楽しそうな笑みを浮かべて去って行った。
「同じようにしてくれていいわ」
結った髪をぐちゃぐちゃにし、人前に出られない状態にしたり。グレクスに近づこうとして転ばされたりした者たちに謝罪の後で提案する。
だが、大抵の令嬢は「謝罪してくれたなら、それでいいわ」、と言葉を残し、遠巻きにした。
罵声を浴びせていたのも、謝罪。悪口を言いふらしていたのも、全部撤回。根も葉もないことを言っていた。想像だけで
「子供だったわ、本当にごめんなさい」
酷いことをした令嬢の家の者にも、謝罪して回った。
もの凄い数の謝罪だ。
他の者たちも、夜会で他の者たちの視線のある中、アンナリセが堂々と謝罪するものだから、皆、溜飲を下げてくれている。
ただアンナリセに謝罪させてしまった……ということで、若干、グレクスの目が怖い、という事態にはなった可能性はある。
わたしは端から丁寧に謝罪し続けた。直接被害に遭わせた令嬢だけでなく、その家人にも。
結果としては、こちらから申し出るまでもなく、友好な付き合いをしたい旨、提案されることが多かった。
とはいえ、わたしは、今後も事あるごとに謝罪するつもりでいる。
一回の謝罪程度で、気持ちが収まることなど有り得ないと考えていた。
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