第4話 アンナリセの悪行と魔法

 机の引き出しを確認し、鍵のかけられる箱を見つけた。

 紙や筆記具は、引き出しのなかに無造作に転がっている。

 

 

 人生を途中から引き継ぐことになった。どこまで記憶を探れるかわからないが、わたしは思い出せる端からアンナリセの悪行を書きつけて対策を練るつもりだ。

 その場でいちいち思い出していたのでは、対応が遅れる。

 謝罪するなら先手必勝だ。

 

 だが、すぐにくじけそうになった。

 今まで、一体、どんな対応してたのよ、このひと!

 記憶を少しずつ探り、ちょっと気が遠くなっている。

 

 言葉だけじゃダメなかたもいるわね。

 ため息をつきそうになるのを耐え、アンナリセの記憶をいじり続け、対策を考えた。

 

 大急ぎで記憶をまさぐり、呆れ果てながら、ひとり一枚の紙に所業を書きつける。

 アンナリセの記憶では、誰も彼も、かなりいい加減な人物像にされているが名前はだいたい把握できた。

 

『ルミサ・クレイト』

「あっ、クレイト家は、うちと同じ侯爵家ね。えーと? うわっ」

 

 記憶をひもとけば、クレイト侯爵令嬢ルミサは、アンナリセに濃い泥水を浴びせられて、全身泥まみれになっていた。髪も飾りも衣装も台無し。アンナリセは高笑いで汚い言葉で罵声を浴びせ掛けた。お付きのものたちが、慌てて大量の湯を用意し洗ってあげたようだ。

 

 ああ、もうっ! なんてこと、してくれてるのぉ?

 これを収集つけるなんて、可能なの? 気が遠くなる……。

 だめよ、ちゃんと直視しなくっちゃ。即対応できるように。先手必勝だわっ!

 

「まずは平謝りして、その後で、同じように泥まみれになるしかないわね、これは」

 

 わたしはひとち、気を取り直し、次々に記憶を探った。

 

 謝罪したところで許してくれるとは本来なら思えないのだが、アンナリセには不思議な魅力がある。

 それは、とても大きな安心材料だった。

 

『シャイラ・ドラス』

『ロザディ・ガニッツ』

 

 子爵令嬢のふたりは、大量の水を浴びせられ、髪も衣装も酷い有様で泣きながら馬車で帰った。

 毎度のことながら、アンナリセの高笑いと罵声が響く。

 気が遠くなる思いを、なんとか抑えながら書きとめた。そうしながら謝罪の言葉を練る。

 何より顔と名前を一致させるのが大変だ。

 

『スティラ・オリキュ』『バタッシュ伯爵令嬢』『ニヴン男爵令嬢』

 

 一部、名や爵位の分からない令嬢もいるが、顔と家名がわかっていればなんとかなる。

 結った髪を自分の指と魔法をあわせてぐちゃぐちゃにし、人前に出られない状態にした……のが多い。

 グレクスに歩み寄る際に魔法で転ばされている者も多数だ。

 髪を引っ張って乱した、髪飾りを奪って踏みつけた、汚い言葉で罵倒した、そう言った、小さなものから大きなものまで、様々な嫌がらせを、なんとか思い出せる限り書きだした。

 

 トレージュは、髪飾りを壊されたり、水を浴びせられたり、髪をぐしゃぐしゃにされたり、転ばされたり、何度も酷い目にわされていたようだ。

 

 しかし、侯爵令嬢であるルミサ・クレイトに対する嫌がらせが、やっぱり一番酷いかなぁ、と、わたしは思う。

 泥水を浴びせたのは、ルミサに対する一回だけだ。

 

 グレクスと親しげに会話を交わした程度で、全身泥まみれにしてしまうなど、いくらなんでも、やり過ぎだろう。とても悪戯いたずらと呼べる範疇はんちゅうではない。

 どう謝罪したところで、許して貰える気がしなかった。同じ目に遭わせてもらうしかなさそうだが、それで溜飲りゅういんが下がるかは謎だ。

 

 所業と対策を書いた紙は、見られないように鍵の掛かる箱に入れ、引き出しに仕舞った。鍵は、手持ちする……のは、ちょっと危険か。

 

 魔法の入れ物とか、持ってないかな?

 

 わたしは、アンナリセのなかを探ってみる。

 小さな飾りが耳の上縁に着いているのに気がついた。それは、魔法の小物入れを扱える魔道具のようだ。

 凄いわ、魔法の小物入れを所持しているなんて! 思いがけず良い品を持っているようだ。これなら鍵くらい簡単にしまっておける。

 

 あら、中に何か入っている……

 

 アンナリセの魔法の小物入れの中を見ると、巻物と石が入っていた。

 

「まさか魔石?」

 

 そのまさかのようだった。記憶を探ると小さい頃に、都外みやこはずれの魔女に貰っている。

 少し進化させたものの、そのまま放置されていた。

 

『新しいアンナ、こんばんは。私は水関係の魔石』

 

 魔石は、わたしが認識した途端とたんに、魔法の小物入れのなかに入れられたまま反応した。語りかけてきている。

 水関係? 普通の水の魔石と違うのかしら?

 

『あら、新しいって、やっぱり分かっちゃうのね』

 

 頭のなかで思考するようにして魔石に応えた。

 魔石にウソはつけないようだ。しかし、魔石はアンナリセの所有物だから他の者が触れることはないし、たとえ他の者が触れたとしても、他の者へ秘密を漏らすことはない。

 

『身体は同じだから、進化は続きからでいいよ』

 

 水関係の魔石は、気前良く告げてくれた。

 

『まあ。それは有り難う。今、わたしは何ができるの?』

『水を撒くこと。川の水を畑に雨のように降らせることができる』

 

 それは便利ね。領地の雨不足に対応できるわ。

 

『水に濡れたものを、痕跡なく元に戻すことが可能』

『え? 乾かすだけでなく、濡れた痕跡も元に戻せちゃうの?』

 

 魔石は頷く気配だ。

 ただの水の魔石とは、根本的に違っている。とても役に立ちそうだから、進化させるに限る。

 こんなに便利そうな魔石なのに、アンナリセは水関係の魔法で嫌がらせはしても、面倒がって進化に熱心ではなかったようだ。

 

「すごい魔石なんだから、有効活用すれば良かったのに」

 

 今はいないアンナリセの元の魂へと、語りかけるように思わず呟く。

 わたしは、謝罪作戦と平行し、魔石の進化のために、魔石による魔法の練習を始めることに決めた。

 

 巻物のほうは、魔法の呪文の書きつけだ。でも、アンナリセには読めなかった。秘文字を習う途中で飽きて放置したようだ。魔法の小物入れに入れっぱなし。でも、わたしには読める。

 

 ただ読めるのだが、何の効果の呪文なのか分からない。不用意に声に出して読んだら発動してしまう。何の効果の呪文を記した巻物なのか、調べるほうが先だろう。

 

 

 

 使える魔法が分かって、少し気分が晴れた。

 

 後は、アンナリセの記憶から書きだした貴族の勢力分布を考慮しなくっちゃ。

 ユグナルガの小国を束ねる王都・王宮で暮らしていた記憶は薄く残っているが、王都から遠く離れた西方。ウルプ小国が管轄するラテアの都に関しては皆目わからない。

 

 謝罪用とは別に、アンナリセの記憶から貴族同士のつながりの記憶も見つけた。アンナリセは全く興味はなかったようだが、洩れ聴いていた貴族達の会話が時々引き出せる。

 アンナリセの記憶に頼るより、他の者が喋っていた記憶のほうが、ずっと信憑性がある。記憶の端々には、格付けめいた判断が可能な材料が豊富にあった。

 

 事実確認は追ってすれば良い。今は、だいたいの勢力分布図が把握できれば充分だ。

 母上や父上に、訊いてみるのも良い。

 たぶん好意的に応えてくれるだろう。

 

 

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