寺生まれの財部さん

胡椒こしょこしょ

心中海岸

第1話

僕は、生まれてこの方おばけとかを信じたことはなかった。

それは僕の母親が映像系の仕事をしていただけあって、夏の特番とか見てもすぐにこれは編集だのなんだの聞く人が聞けば興ざめとしか思えないような発言をしていたからかもしれない。


僕の中にも確かに根付いているそういう考え方。

でも今ではその考え方からも既に脱却していた。

火のない所には煙が立たぬという言葉がある。

それはきっとおばけ....『怪異』にとっても例外ではないのだと、僕は知った。


暗い夜の街。

前に居たところと比べると、電灯の数が少ない地方都市『嘉羽』。

そんな電灯の下で街灯に照らされながら、壁に背を付けて項垂れる。

血でシャツの右袖が赤く染まっていく、痛みで腕を抑える。


目の前には、暗い夜の闇の中で朧げに見える異形。

小汚い手が固まって出来た玉の真ん中には獣ではなく人の歯のような物が生えていて、こちらを見てにっこりと笑みを浮かべている。

眼に該当する物はない。


右腕を噛まれた。

血が出てる。

痛い。

怖い。


ただ自販機に飲み物を買いに行っただけなのに、どうしてこうなるのか。

このままだとマズイ。

僕の腕を噛んで来たってことは人食うタイプの怪異か、それともこちらを痛めつけて楽しむタイプか。


....僕、あの人との出会いでこんなに怪異に詳しくなっちゃってる。

この街に来る前の僕が聞いたら、信じられないって顔するだろうな。

そんでもって母親に言ったら『タイプ?タイプって何?wなんかカッコいいじゃんゲームみたいでwwというか怪異ってなによ?w幽霊とは違うの?www』と笑われるに違いない。

僕の母親はまず間違いなく、あの人と会わせちゃいけないタイプだな....うん。


...あの人はこの時刻ならきっと巡回してる頃合いだ。

けれどだからといって自分が窮地の状況で来るとは限らない。

不意打ちされたから腕を怪我した。

けれど、向かい合っているなら...内ポケットに入れてあるお守りを翳せばもしかすれば....。

あの人から『ある程度の低いレベルなら翳すだけでマジ一発だから!ほら、いつも変なのに絡まれてるし?必要っしょ??』って言われて渡されたお守りを思い出す。


傷口を押さえるのを辞めて、内ポケットに手を突っ込む。

そして確かに御守りを握る。


もし効かなかったら....。

それを考えると怖くなる。

だからこそ、お守りを握った手を前に突き出した時に思わず目を閉じてしまった。


....痛みは来ない。

いや、ずっと噛まれた腕は痛んでるんだけど。

退散出来たのか....?


眼を開く。


怪異はまるで猫が威嚇する時に毛を逆立たせるかのように全身の小汚い手をユラユラと空に伸ばしている。

でも、そんなことはどうでもいい。

それよりも重要なのは、怪異と僕の間に立っている一人の見知った少女の背中なのだから。



「それ、アタシのあげた奴じゃん。大事に持ってたん?ウケる...ちょい待っとき、コイツさっさと締めるから。」



黒いジャージを洒落た感じで気崩した少女。

僕のクラスメイトであり、善常芥田寺の一人娘。

財部彩。

この街に来たばかりの時に僕を助けてくれた恩人であり、僕がこうして怪異について詳しくなったきっかけの女の子だ。


彼女は背後の僕に対して勝気そうな笑みを見せると、直ぐに対峙している怪異へと向き直る。


ふわふわとした栗色の茶髪に、整った顔立ち。

小麦色艶めく健康な肌。

そして何よりも目を惹くのは服の上からでも十分分かる程のメリハリの取れたプロポーションだろう。

背も高いし、胸も尻もデカいにも関わらず腹にはくびれが見て取れる。

太ももは肉付きが良いにも関わらず、背が高いこともあって調和がとれていた。

正直、立ち姿はどっかのモデルか?と思う程だ。


そんな少女と相対しても異形は絆されることなく、寧ろ唸り声は激しくなる。

それと同時に、彼女の右手が青く揺らめいた光を纏う。

その手を、彼女は握りしめた。


「っ....!破ぁッッッ!!!」


そして異形が一歩踏み出した瞬間、彼女はその右手をその黒ギャル然とした見た目からは想像できない程の裂帛の気迫と共に振りぬいた。

彼女に迫る異形は、彼女の拳に触れるよりも前....その揺らめく光に触れるだけでボゴッッと普段生活してて聞くことのないような音と共に体の真ん中が抉れて背後の壁に壁に叩きつけられる。

そして、その身体は紙に火を点けた時のようにチリチリになっていった。


「ふっ~~~....終わったわ、おまたせオタクくん!...ってオタク君、今度は腕齧られたん?やっぱ体質エグいってぇ~!夜出歩くだけですぐ怪異寄せ集めんじゃ~ん!...今度から、夜外出る時はアタシが一緒に居たげよっか?」


「いや、流石にそれは....あと、何度も言いますけど僕の名前は『みやけ』です。」


「....?知ってっケド??」


「あ、そうですか....。」


呼び名を訂正しようとするも、キョトンとした顔をされてしまう。

知ってるけど何?みたいな顔をされてしまって、これ以上何も言えなかった。

僕の苗字が『御宅 直人』だからオタクくん呼びなんだろうか...?

いや、確かにアニメとか漫画とか好きだから一般的なオタクに当て嵌まってることは事実なんだけどさ....。

あだ名にしてもこう...ちょっと気になるよね、呼んでる側に悪意がないようでもさ。


「とりまそこでいつまでもヘタってるわけにもいかないっしょ?ウチ来なって!腕の手当したげるから...ほらっ!」


そう言うと、未だに尻もちついている僕に対して少し屈みながら笑顔で手を差し伸べた。

怪異からすれば一方的に甚振られるだけの僕と明確な彼女相手では、向ける敵意や殺意も段違いだっただろう。

そんな悪感情を向けられたにも関わらず、彼女は一撃で祓って僕に対して何事もなかったかのように眩しい笑顔を向けている。

それは霊感だけでなく、きっと心の強さの表れだろう。


やっぱり寺生まれはスゴイ。

僕はそう思った。









朝のHR前。

それぞれが友人と話したり、やっていなかった宿題を間に合わせる為に尻に火が付いていたりとどこの学校でも見る光景の類は似ている。

そして、僕自身転校してから割と時間が経ったのでこの学園の光景にも慣れてきたものだ。


ただそんな喧騒から、僕の座る窓際の席はその限りではなかった。

正直、僕自身まだ友達らしい友達を作れていないのが現状だった。

いや、確かに僕はあまり活発な方ではないと自認してはいるが僕が話しかけなかったとかそういうワケではないのだ。


それに、なんならこんな僕でも転校してきた...それもこの嘉羽市という地方都市からすれば都会である首都圏の方から来た転校生ということで結構クラスメイトからも話しかけられたりと言ってしまえばちやほやされる時期があったのだ。

なんなら昼休みなど行動を共にする友達になりかけ....って感じの男友達も居た気がする。


けれども今では見る影もない。

それは何故か?

その原因は、今僕の隣で僕の手元のスマホゲームにどうでもよさそうに目線を向けていた。


「オタクくんさぁ~...アタシこのゲームよく知らないけどさぁ~?なぁ~んか育ててるっぽいの胸おっきいキャラばっかじゃね?めちゃ分かりやすいじゃ~ん、キッモ~❤」


「え、そんなことないっすよ?ほら、胸のちっちゃい女の子も育ててるし、なんならメスガ....見た目女児くらいの子だって育てていますよ。それにほら、男のキャラだって例外なく育ててます。」


「なに?オタクくんめちゃ早口じゃん。いつもよりよく喋んね~?つーかどーせ、男のキャラは育ててる奴3体くらいしか居ないってことはこのキャラがこのゲームでは強いから育ててるってことっしょ?じゃあ趣味とかかんけーないじゃん。それにおっぱい大きい子が仮に好きじゃなくても?どっちにしろちっちゃい子まで育ててるってキ~モ~イか~ら~!...ていうか胸のおっきい子が一番多いのは事実じゃん。好きってことっしょ?」


「....」


ニヤニヤと笑みを浮かべる財部さん。

普段黒ギャル然とした恰好や振舞いから頭軽そうに見えかねない彼女だが仮にも怪異退治を生業としているだけあって、そういう誤魔化しやら突かれたくない所を看破するのはお手の物。

頭だって回るのだ。

普段から出会う怪異ごとに弱点やら状況を見極める必要があったからこそ、養われたモノなのだろうか。

いつも僕は揶揄われるだけであるが、正直絶対に財部さんと口喧嘩したらメタクソにやられるだろうなってことが想像に難くなかった。


....いや、そもそもギャルが頭軽そうに見えるっていうのはただの僕のこれまでの偏見だ。

彼女と出会って払拭された偏見であると言える。

そう考えたらお化け然り、僕の人生は偏見に塗れている。


「あっれぇ~?オタクくん黙っちゃった?えぇ~、アタシもっとオタクくんとお話ししたいのになぁ~....。...ふぅ~...。」


「うひゃぁ!?」


「にひひっ♪うひゃあだって~マジ鬼ウケんだけど~!めちゃ身体びくついてんじゃ~ん!オタクくんってぇ、耳敏感なんだ~?」


「いや、いきなり耳に息吹きかけられたら誰でもああなりますって。」


「え~?ホントかなぁ~?アタシにはオタクくんの耳が特別ザコ過ぎなだけだと思んだけどぉ~?」


突如耳に息を吹きかけられてしまい、思わずびくついてしまう。

そんな僕を見て、彼女はとても楽しそうに笑みを浮かべていた。

今もちょっと背筋がゾワゾワしてる。

僕は滅茶苦茶耳が弱いのだ。

思わず反応してしまったところを見られた恥ずかしさから、そんな彼女の笑顔から目を逸らさずにはいられなかった。


眼を逸らしたことで周りの様子が目に入る。

確かに何人かのこちらへと向ける目線は感じる。

けれどもなんというか、しらーっとしているような...言うなれば関わらないようにしているような空気を感じる。

それは財部さんと話している時によく感じるクラスの空気感であった。


多分....彼女が善常芥田寺の一人娘ということが関係しているのだろう。

善常芥田寺はなんでも大地主であり、この地域において大変強い力を持っている家らしい。

だからこそ、先生とかもあまり財部さんを注意するということもしないようである。


そして、そんな立場の少女が見た目チャラチャラしてたらどう見られるだろうか?

....まぁまず間違いなくよく見られることはないだろう。


それが財部さんを取り巻くクラスの....いや、この街全体の空気。

例え彼女の恰好がただ彼女の美的感覚から行われていることや、彼女自身家業をしっかりやっているからこそ親からお目こぼししてもらっていることだとしてもだ。

見ている人間にはそんなこと関係ないし、知る由もないだろう。


流石に所謂余所者の僕でも分かる。

都会のことを聞き違ったクラスメイトも、来たばかりの頃に僕に色々と教えたり話しかけたりしてくれたクラスメイト達。

僕が財部さんと頻繁に絡むことになってからは彼らから声を掛けられることすらなくなった。


正直...どうなんだ?と僕は思う。

けれど、財部さん自身も『いや~アイツらあんなんだかんさ~』と気にする様子すらも見せることなく、カラッと笑って済ませていた。

本当に財部さんからすればどうでもいいのか、それとも本当は気にしているのか。

....どっちにしろ、胸がモヤつく話だった。


「だったら何ですか?僕の耳が弱かろうが強かろうがなんら誰にも影響ないことですよね?」


「ちょっ...拗ねんなし~!ゴメンって!いや、ここまで耳が弱いならさ~?まず間違いなくアレかな~って思ってさぁ~...オタクくん、ぜってーマゾっしょ?」


「...SかMかは自分でも分からないっすね。そもそもそれが分かる機会がこれまでなかったんで。」


「あ~そっか、オタクくん...童貞だもんね。そりゃしょーがねーべ、これから分かるもんね~?」


「はい、じゃあもうこの話は終わりです。もうすぐ先生も来る頃合いですし....ほら。」


僕は話を切るように、前に向き直ってひらひらと手を揺らす。

話題から逃げた。

そりゃ、童貞が『童貞でしょ~』って言われたら逃げるに決まってる。

そもそも自分はどうなんだ、経験はあるのかって話だ。


....いや、あるかもだな。

というか普通にありそう。

街やクラスメイトの感じから嘉羽市では経験得られる機会なさそうだと思うが、どうにも財部さんは隣町の日サロに通うくらいには行動範囲は広い。

この街で腫れ物のように扱われていようが、街の外であればその限りじゃないだろう。


教室のドアが開いて、担任の先生が入ってくる。

それと同時に、周りのクラスメイトも自分の席に戻り出して教室の中は静寂を取り戻そうとしている。

しかしその瞬間....彼女がこちらに顔を近づけて、耳元で彼女の吐息を感じた。


「今日、昼にガッコ―終わるっしょ?手伝ってもらうことあっから、一旦帰ったらウチ来て?つーか来い❤...わかったぁ?」


「んっ、はい...わかりました...。」


「やっぱ思ったとーり、オタクくんはぁ...マ・ゾ❤アタシが保証したげる...。」


耳元で囁かれた上に、強い語気で言われたことで思わず首を縦に振ってしまう。

そんな僕を見て彼女は目を細めて蠱惑的に笑うと、席に戻り際に頭を撫でてくる。

そんなこと保証されても困るんだが....。

そうして財部さんは自分の席である一番後ろの右から二番目の席...要するに僕の隣の席に座った。


今日は土曜日。

うちの学校、土曜日の授業は昼までなのだ。

厳密に言えば12:50で13時から帰宅、そこから部活などの課外活動がある生徒は残るといった感じだ。

そして僕は言うなれば帰宅部なので、直帰組だ。

それは財部さんも同じである。


....別に、あんな言い方せずとも手伝いに来いと言われたら行くのにな。

財部さんが言う“手伝い”とやらが何かは分かっている。

所謂彼女の家業...祓いの手伝いとかだろう。

何回も手伝いをしているから分かっている。


当初はただ転校したばかりの頃に助けてもらった恩返しに度々赴いている内に、財部さんから言われてやっていること。

けれども今ではなんて言うか、それこそ僕にとっては....部活?みたいな感じになって来たのである。

非日常感というかなんて言うか、こういうのは中々感じられるものではない。

こう言ったら財部さんに怒られちゃうだろうか?

まぁ、彼女から手伝えと言われている内は大丈夫だろう。


昼に終わる。

なら昼飯は家に帰って適当になんか食ってから、財部さんの家に向かうか。

まだHRで授業が始まってすらいないのに、いつものように僕は放課後のことを考えていた。








長い石段の階段。

山に近いからか階段の周りには木立が生い茂って、涼しい木陰の中でも葉同士の隙間から漏れた光がキラキラと石段を所々輝かせていた。


木陰の中だからだいぶマシだが、うだるような暑さとそれを際立たせるようにセミたちがミンミンと無秩序に斉唱していた。

階段周りは階段が一面木陰になる程に木々が生い茂っているから猶更だ。

今は室内だからまだマシだが、ほぼ山登りじゃね?と思う程に長い階段を上っている時はセミの鳴き声のせいで暑さも感覚的にはひとしおで正直思い出したくないくらいだ。

これら一匹一匹の声が実際のところは求愛なんだから凄い生き物だよなぁ....セミって。


そうして階段を上り切った先に見えるのは善常芥田寺。

山を一部切り取ったかのような立地に佇む寺院。

ここらの山一帯の土地を持っているらしく、寺自体もかなりの敷地を占めているそうだ。

結構立派な大きさの門、本堂へと参拝者を導くように伸びた石畳の道。


僕は敢えてそこから逸れて、本堂を通り過ぎる。

その奥にあるこれまた大きな日本家屋の家。

知り合いの家じゃなければ物怖じしそうな外観の立派な日本家屋、そんな家屋の玄関に備え付けられたインターホンを押す。


身が引き締まるようなこの場の雰囲気に合わないインターホンの電子音が二度鳴る。

すると引き戸の玄関ドアがガラリと開く。


「は~~~い!....あっ、御宅君!こんにちわ!」


「こ、こんにちわ静代さん。その.....。」


そこには一人の和服を着た品のある大人の女性が立っていた。

綺麗な黒髪を短く切り揃えた、和やかな印象を受ける顔立ちの綺麗な女性。

財部さんの母親....と言うわけではない。

岩渕静代さん。

財部家で家政婦をされている方だ。

....家政婦まで居るとかやっぱすげぇよなぁ。


「分かっています、お嬢様ですよね?お嬢様であれば稽古として道場の方にいらっしゃいますよ。」


「稽古...ですか?」


「はい!お嬢様、御宅くんが来るまで一時間あるからその間に今日の面倒なことはある程度終わらせておくんだって張り切っていましたね~。」


ふふふっと口元に手を当てて微笑まし気に笑う静代さん。

本来は飯を食って直ぐに向かう予定だったが、母さんに捕まっておつかいを頼まれてしまった。

一時間後と書いた物の、実際は35分くらいだ。

案外、早く終わらせることが出来たのだ。

それを知らせるメッセージは既読にならなかったのだが、なるほど稽古をしていたのであればそりゃ見れるわけないか。


「分かりました、道場見てきます。ありがとうございます。」


「いえいえ~。」


頭を下げて踵を返すと、背後で引き戸が閉まる音がする。

日本家屋の右隣りへと歩いていく。

すると道場に該当する日本家屋が見えた。


....本堂に住む場所、そして道場とかほんとどんだけ土地持ってるんだろう財部家は。

そりゃこれだけでも地域で力持っているって余所者の僕でもなんとなく分かっちゃうよ。

改めて驚嘆しつつも、道場の引き戸に手を掛ける。


ガララッと開く扉。

土間で靴を脱ぐと、その中へと上がり込む。

するとすぐに、その少女の姿を視界に捉えた。


巫女服を身にまとった財部さんが構えをして正拳突きをしている。

手には怪異を祓う際の蒼い光を纏っていて、格闘の為の稽古なんだろうということはなんとなく分かった。

財部さんは目を閉じて、口を堅く結んでいて真剣そのもの。


室内はエアコンが付いているとはいえ、どこかムシムシしていて離れていても彼女が汗だくになっていることが分かる。

拳を突き出すと共にパッと汗が散るのが見え、それと同時に胸がダユンと揺れた。


「...!オタクくんよっぴ~~~!あれ?来るのもうちょい遅くなるんじゃなかったん?風呂入る時間あると思ってたけど...もしかしてアタシヤバいぐらい集中しちゃってた?」


気配で気づいたのか、構えを解くと僕を見て笑顔を見せながらこちらに歩み寄ってくる財部さん。

しかし直ぐにその笑顔はあちゃ~と言わんばかりの苦笑気味な物へと変わった。

そんな彼女に対して僕は首を振った。


「いや、頼まれた用が割と早く終わらせられたから....。」


「マ?へ~待ち合わせの為にさっさ終わらせたんだぁ~、それアタシと一緒じゃ~ん!んじゃ、ちょい待っとき?ちゃっちゃっと汗流してきちゃうからぁ~!」


「うん....。」


僕は相変わらずキャピキャピと元気の良い財部さんから、目線を逸らしながら返答する。

それはすぐ近く、真正面で向かい合った彼女があまりにも目に毒だったからに他ならない。


稽古をしていたからか彼女の周りを立ち込めるムワムワとした熱気に、普段の良い匂いを何時間も煮詰めたような濃い匂い。

大きく開いた胸元が開いた巫女服からは赤らんだ小麦色の肌は、珠のような汗の雫が滴ってモワッと湯気を放っていた。

そしてそんな胸元を視線を誘導するかのように勾玉のついた首飾りが胸の谷間に収まっていた。


寺なのになんで巫女?と最初思った物だが、どうにも善常芥田寺は神宮寺...所謂神仏習合思想に基づいた寺なんだそうだ。

それにしたって未だかつてこれほどまでに巫女服を淫靡に着こなした人が居ただろうか?

まず、確実に居ないだろう。

こんな着こなしで巫女服を身に纏うだなんて、各方面に失礼だろ....!


「も・し・か・し・てぇ~...オタクくんはそのままの方が良かった感じぃ?」


「なにがですか?汗を掻いたんだったらシャワー浴びた方が良いに決まってるじゃないですか。」


「え~~~ホントぉ~?にしてはアタシから目ぇ逸らしてんじゃ~ん?...ほらっ!こうやって回り込んだらぁ~...にひひっ♪まぁ~た目ぇ逸らす❤こんなんぜって~好きなんじゃ~~ん!オタクくんエロなんだぁ~~~♪」


そんな風に目を逸らしたのを見逃すはずもなく、ニマニマと笑みを浮かべながら逸らした僕の視界に入ろうとする財部さん。

チョロチョロと彼女が周りを動けば、当然胸元が緩い巫女服に包まれた胸はだゆんだゆんと揺れる。

それに耐え兼ねて目を逸らせばまた回り込んで来て胸が揺れて....。

おいこれキリがないぞ....永久機関か?

こんなことでノーベル賞なんか取りたくないよ......。


「はっ~~~~、っぱオタクくんのリアクションほんっとウケるわ~!じゃ、アタシ汗流してくっから!首長くして待っとき~!あっ....いくらエロだからって覗くのは流石にナシだかんね....?」


「そもそも貴女の家のお風呂の場所なんか知りませんよ。」


「へ~~~、じゃあ教えたら来るってこと?」


「行かないよ!」


僕の返答を聞いて、愉快そうに笑う財部さん。

ポンポンと僕の肩を叩くと、そのまま背を向けて道場の出口へと向かって行く。

しかし途中で足を止めると、振り返って僕へと視線を向ける。


「あっ、そうだわ。手伝ってもらうワケだし?聞いとかないといけないことあったわ。」


「...なんですか?」


僕が尋ねると彼女はさっきまでのニヤニヤニマニマ笑顔とは違う、外の晴れ渡った青空のような純粋に楽しそうな...ワクワクとした笑顔を見せた。


「オタクくんってさ、水着持ってる?....海、好き??」

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