松野 光央

教える役がいなくなっちまったぞ

 サッカーが好きだ。

 学校の勉強は嫌いだ。

 春休みの合宿から水瀬さんは「頭を使え」という言葉を、しつこい程、言い始めた。

 最初は南雲さんと一緒に眠そうになっていたけれど、サッカーに関する勉強なら頑張れた。

 水瀬さんの言う通りにやったらサッカーが上手くなった。

 今まで感覚で何となくサッカーをしていたが、頭で考えながらプレイするというのも良いもんだ。

 そういえば、もうすぐ中間テストがある。

 テスト週間になると部活が出来なくなる。

 嫌だなあ、早く終わってくれないかなあ、テスト週間。


 テスト週間初日。

 担任の日吉から呼び出された。

「松野君さあ、この前の数学の小テスト、ボロボロ。あと、一年の時の成績も見たけど、古典も壊滅的。テスト勉強の計画はちゃんと立ててる?」

「ええっと」

 立ててる訳がなかった。

「僕のクラスから赤点補習を出す訳にはいかない。くれぐれも赤点なんか取らないでおくれよ」

「もし赤点を取ったら、どうなるんですか?」

「今度の試合には出せない。補習を受けてもらうことになる」

 急にサッカー部顧問らしい権限を発揮してきた。

「……頑張ります」


 そうは言ったものの、どのように頑張ればいいのか分からなかった。

 そこで、俺は意外と成績が良い睦月に相談することにした。

「睦月ってさ、一年の期末テスト、成績優秀者で貼り出されてたよな」

 うちの学校ではテスト成績上位20名は掲示板に貼り出される。

 睦月は一年の時、毎回、名前が貼り出されていた。

「ああ、うん、それがどうした?」

「テスト勉強のコツとかさ、教えてくんない?」

「コツかあ。俺はコツコツ毎日復習してるけど、コツだけに」

「寒いギャグはいらないから、何か良い方法ない?」

「う~ん、……そうだ! 勉強会しようぜ!」

「勉強会⁉」

「サッカー部の二年生皆で!」


 という訳で、今週の土日は睦月の家に集まって勉強会をすることになった。

 槙も田所も島本も勉強会には、けっこう乗り気だった。


 土曜日になった。

 俺達4人は一度、学校に寄って集合してから睦月の家に行くことになった。

「槙は睦月ん家行ったことあるんだっけ」

「うん。FW陣の朝練は睦月の家から走ることだから。往復2キロ」

「うわ、頑張ってるなあ、FW」

「それで、どんなお家なんだい?」

「カルピスが濃い、ええとこのお家だよ」

 そんなことを話していると、いつの間にか睦月の家に着いた。

 少し大きめの一軒家。

 東条という表札を確認し、インターホンを押す。

「来たな!」

「いらっしゃいませ!」

 扉を開けて睦月と美月ちゃんが出迎えてくれる。

「「おじゃまします」」

「「おじゃましま~す」」

「じゃあ俺の部屋で勉強会な!」

「お、睦月の部屋入るの楽しみ」

 睦月の部屋には6人が十分に勉強できる机が置いてあり、適当に座布団の上に座る。

「はい、どうぞ」

 美月ちゃんが飲み物を持ってきてくれる。噂のカルピスだ。

「う~ん、さすが睦月家、今日もカルピスが濃い」

 睦月の家には何度か入っているらしい槙がゴクゴクとカルピスを飲んでいる。

「で、どうやって勉強会するんだい? 睦月君が教えてくれるのかい?」

 島本が勉強用具を出しながら聞く。

「俺でも分かんないとこあるからなあ……。化学反応式とかさ」

「あ、それ俺も苦手」

「僕も」

「私も」

「槙、確か理科は得意じゃなかったっけ」

「いや、僕が得意なのは生物系。化学系はちょっと苦手かも」

「教える役がいなくなっちまったぞ」

「そうだ! 3年生に聞くのは?」

 睦月は無邪気に提案する。

「3年生に悪いだろ」

「そうだよ。3年生にとって今回のテストは受験にも響くものだろうから」

「でも俺達に教えることが3年生のためになるかもしれないじゃん」

「じゃあ、もし聞くとしたら誰に聞くの?」

「私、青葉先輩がいい!」

「そういえば水瀬さんも成績優秀者に貼り出されてたよな」

「なら青葉先輩一択じゃん!」

「早速、電話してみよ~」

 ケータイを取り出して電話しようとする美月ちゃん。

「ちょっと待った。本当に水瀬さんでいいの? 怒られない?」

「え~、青葉先輩、優しいよ?」

「美月ちゃんには優しいけど……」

「僕達には厳しいよね」

「大丈夫だって。電話するね~」

「あ……」

 美月ちゃんは無慈悲にも電話をかける。

「もしもし、青葉先輩ですか?」

『ええ。どうしたの、美月ちゃん?』

「今、2年生皆で勉強会してるんですけど、分からないことがあって……」

『どこ?』

「化学反応式です」

『ああ、あれは難関ね。まず元素記号は覚えているの?』

 美月ちゃんは俺達の反応を見る。

 島崎は丸のサインを出し、他の4人はバツを手で示している。

「あんま覚えてないみたいです」

『まずは元素記号を覚えるところからね。暗記よ暗記、気合で覚えるのよ』

「やっぱり、それしかないんですね」

『そうよ。頑張りなさい』

「分かりました! ありがとうございました!」

「気合で暗記かあ。青葉先輩らしいなあ」

「腹くくるしかないね」


 その後も俺達は各教科の難問に立ち向かっていった。

「何で点P動くんだよ、止まってろよ」


「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり……」


「元禄文化は井原西鶴、近松門左衛門、松尾芭蕉」

「化政文化は喜多川歌麿、葛飾北斎、歌川広重、東海道中膝栗毛」


「皆、おやつ休憩にしよ~。お母さんがドーナツ作ってくれたの!」

「え、手作りドーナツ⁉」

「おいしそう!」


 そんな感じで日曜日までには皆、提出用のワークを終わらせたし、分からないところは教え合ったりして、テスト本番を迎えた。

 俺は苦手な数学と古典を睦月に教えてもらって、理解を深めることが出来た。

 テスト本番でも、いつもよりスラスラ解けた気がする。


「ふ~っ、やっと終わった~」

「これで部活できるな!」

「おう!」


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