第21話ㅤバラバラの追憶

リーダー格のサキュバスが、俺に意味不明な言葉をつぶやいてそのまま離れていく。


……どういうわけか分からないが、何やら随分と油断しているようだ。いまならバレずにできるか……?


強制的に荒らされる体内ではなく体外で魔力を操作し、少しいびつながらも精神干渉の魔法陣を作成する。この体外で魔力を操る技術は俺以外……というか、体外の魔力を感じることができるのすら俺以外には見たことがないほど珍しいため、不意を打てるのは確実だろう。


使う相手はもちろんサキュバス―――ではなく、サキュバスに催眠を掛けられているみずなだ。


この催眠さえなんとかできれば、サキュバスなんて本来相手にならないのだ。


配信をして、軽口を叩きつつ、エロトラップダンジョンからのデバフを受けていても素手でボコボコにできるような相手である。こいつも直近の配信で戦った鍵穴……じゃなかった、サキュバスちゃんより少し強い程度の実力だ。余裕である。


少し賭けの要素はあるが……やるしかないのだ。その一心で精神干渉の魔法陣をみずなの精神にぶつけるようにして発動した。




〈《》〉




周囲がびっしりとピンク色の触手に囲まれた空間の中、何かの音が聞こえてくる。


「一歩後ろに下がって、もう少し……半歩右、321で飛び出すぞ、3、2、1、ダッシュジャンプ踏み台ジャンプ!」


これは、俺の声……だろうか。だとすると、ここはみずなの記憶の中……?


そして、この触手がみずなにかかっている催眠、と言ったところだろうか……?


全力でなぎ倒すが、次から次に復活してキリがない。もっと根元から対処しなければならなさそうだ。こいつをたどっていけば、催眠が有効になっているタイミングで何をしていたのかが分かるか……?




〈《》〉




音だけでは無い、みずなの視界だったのであろう映像が映っている。


ここは……俺の寝室、だろうか。最近寝ているところをみずなに起こされた記憶はないのだが……いや、違う。何か俺に魔法を使っている……?


この魔法は……見間違えるはずもない、これは催眠魔法だ。術者に対して強い依存心を持たせるタイプの……それを何で、みずなが俺に……?


もっと前を見れば、その理由もわかるだろうか……?




〈《》〉




また寝室で、またみずなが俺に催眠をかけている。これは…………!!身に覚えがある。触手と友情を感じた時に解除したのと同じ催眠だ……。


そうなるとこれの後……さっき見たシーンでかけていた催眠は……コラボ配信が始まった直後に解除したあの催眠、だろうか……?




〈《》〉




周囲の触手がだいぶ減ってきた。


みずなの記憶は……どうやらまた俺に催眠をかけているようだ。


今回の内容は……なるほど、催眠に対する耐性の低下、か……。具体的な日付は分からないが……復帰配信よりも前なのは確実だろう。それに俺の髪がゲーミングに光っているため、ホラゲー配信よりも後だと推測できる。


大分前まで戻ってきたが、まだみずなにかかった催眠の根は見えない。いったいどこで催眠に掛けられたんだ……?




〈《》〉




視界のぼやけている中、SNSに俺と思わしきアイコンからメッセージが届いたのが表示される。


『ドッキリするから配信見ないでくれ』


  『わかった~』


これは……何もしないドッキリの時に送ったメッセージ、か。このまま家についたが……!


記憶を見ているだけのはずなのに、助けてと気づいてという感情があふれてくる。これが、みずながこのときに思っていたこと……。


そして俺は、そんなことに気づくそぶりもなくいい笑顔を浮かべながら真っ赤なトマトスープを差し出している。


まさか、あの時みずなの挙動が不自然だったのはドッキリがいつ来るか怯えていたからではなく……




〈《》〉




みずなの記憶の中で、両手両足に手錠を付けられてもがくことしかできなくなった俺がマッサージの痛みで悶えている。


……なんだろうか。……嗜虐心、とでもいうのだろうか。触手の近くに行けば行くほど、泣き顔や歪んだ顔を見たいという気持ちが強くなる。


もしかして、あのマッサージも催眠の結果だったりするのだろうか?みずなが直接苦痛を与えてくるのは初めてだったし……。今考えてもしょうがないか。仮にあれがみずなの意志でやっていたのだとしても、文句を言う気なんてないのだし。




〈《》〉




怖い……つらい……恐い……嫌だ……!!!


……一瞬、俺が飲み込まれそうになるほどの感情の奔流が押し寄せる。どうやら、今見ているのがみずなに掛けられた催眠の根っこの部分らしい。


「雪ちん!雪ちん!しっかりして!!!……社長!雪ちんは生きてるんですよね!!??」


……ここは……たぶん、ここもみずなの記憶の中、なのだろう……。


目の前には、真っ青な顔色をした俺と、それを背負った社長の二人が立っていた。


「……大丈夫だ。魔力が切れたんだろう。私は持っていないから……みずな君が白雪くんに分けてあげてほしい」


「……わかりました。社長は雪ちんが持って帰ってきたものを届けに行ってください」


……ああ、これは俺が孕ませ棒を取りに行った日の、気絶した後、か。こんなに心配させてたんだな、俺……。


「いや、私も白雪くんの容態を……」


「体拭いたりするんだから、セクハラになりますよ……?」


「……わかったよ、何かあったらすぐに呼んでくれたまえ」


そうして社長が退却し、この場にはみずなと気を失っている俺の二人だけが残された。みずなが魔力を幾分か注ぎ込んでくれたのだろう。真っ青だった俺の顔色も幾分かましになっている。


そうして俺をお姫様抱っこで脱衣所まで運んだみずなの視界に、ピンク色のナニカが映った。


そのピンク色のナニカは、みずなが脱がそうとした俺の服の隙間から出てきて……そしてみずなと目が合うとその目を光らせた。


みずなが瞬きをした瞬間、そいつは初めから何もなかったかのように消滅したが……間違いない、みずなにかかっている催眠の元凶はあいつだ。


みずなに催眠をかけて……そして今、俺の目の前で怯えているコイツだ。


……本当に気分が悪い。


それは、目の前で無実の罪をかぶせられたかのように震えているコイツに対してか?


……当然、答えは否だ。俺は今、自分自身が心の底からどうしようもないほど許せない。


だって、全て俺のせいではないか。


みずなが催眠を掛けられたことから始まったすべて。


なら、みずなを助けたいとか力になりたいなんてのはただの俺の勘違いで、俺が今からやることは……




「自分のミスに自分で蹴りを付ける、そんなやって当たり前のことじゃねぇか……!!」


「……!?眷属化が失敗した……!!??なにがどうなっているのですか……いえ、

それよりも今は———命令です!私の盾となりなさい!」


「無駄だぞ———命令だ。自分の身を守れ」


残念なことにみずなの催眠はかなり深いところまで根付いており、俺が突貫で解除しようとすればどんな後遺症があってもおかしくないような状態であった。それゆえ、変えたのは精神に与える影響が少ない一か所のみ。


を聞く相手を、サキュバスから俺に書き換えた、ただそれだけである。


本当は解除したかったのだが……突貫工事である以上、仕方がない。今この場で大切なのはみずながサキュバスの命令を聞かないようにすること、それから……


「なぁ、覚悟は出来たか?」


こいつを叩き潰すこと。それだけなのだから。

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