第19話ㅤ信頼

内部に足を踏み入れた瞬間、全身が慣れた感覚に包まれて、一瞬足が止まる。


そういえば、みずなは大丈夫だろうか?エロトラップダンジョンに入るのは初めてのはずだし、不慣れな状態だと動きにくいんじゃないか。そう考え、後ろを振り返る。


「どうしたの?」


……うん、特にこれといった問題はなさそうだな。エロトラップダンジョンの弱体化効果は強ければ強いほど大きいと聞いたのだが……何事もなくスタスタ歩いている。


「なにもなさそうだし目隠し付けるね!いい感じによろしく!」


・躊躇ねえなぁ・・・

・音だけ聞いたら白雪ちゃんが目隠し付けられてるとしか思えん


「なあみずな、せめて防御魔法くらいは……」


「大丈夫大丈夫!度胸だよ度胸!それに、危ない時は助けてくれるでしょ?」


いや、そういうことじゃないのだが……だめだ。今のコイツを何とかできる気がしない。なんでこんなに覚悟キマってるんだよ、初めてだろうに……いや、逆に初めてだからか?


……関係ねぇな。とりあえず今は出来るだけ軽いミスで場を納めることだけ考えよう……。


「とりあえずテストするぞ……ダッシュ!ストップ!右側サイドステップ!ジャンプ!バックステップ!」


ふむ、反応時間は大体0.08秒といったところだろうか。魔力で強化されているだけあって割と早い。指示に対する行動もイメージにかなり近いものができている。この分なら……俺がミスらない限りは大体何とかなりそうだ。視聴者にもみずなにもばれないようにミスをしたい俺にとっては少し面倒である。


・動きに驚くほど躊躇がないな

・これが信頼ってやつやね・・・

・さすがにいつもよりは動きにキレがない気がしますね。エロトラップダンジョンだからか目隠ししてるからかまでは分からないですけど


「雪ちんど~お?イメージ通りに動けてる?」


「ビビるくらいぴったりだよ、そのままよろしくな」


「まっかせて!」


ひとまずみずなの動き方については確認が終わったため、最初のトラップが見えてくるまでは手を引いて連れていく。みずなも俺の意図を理解しているのか、特に何かを言ってきたりはしない。


「そういえば、ここってもう踏破されてたりするのか?なん10層もあるダンジョンだと流石に尺も俺の精神力も持たないと思うんだが」


「5層までって書いてあったよ?転移トラップには引っかからなかったけど、それ以外のところは5層までしかなかったんだって」


・それ言っていい情報なのか?

・出演者からネタバレ食らってしまった

・転移トラップの先に高難易度が待ち構えてるのあるあるだし結構怖いなそれ


なるほど、となると転移トラップは何があっても踏まないように注意するとして……理想的なのは催淫ガス等の即座には直接肉体に影響を及ぼしてこないトラップ、できれば避けたいのが触手入り落とし穴や触手の乙女テンタクル・メイデン、絶頂ビーム等の直接触れてきたり、一瞬で致命的な影響を与えてくるタイプ。特に、こちらからの救助が難しいものは絶対に避けなければならない。


「よし、みずな。着いたぞ……10秒後から指示を出し始めるからな」


俺が目指すゴールを整理しているうちに、とうとう最初のトラップが探知範囲に入った。これは……


「一方通行の転移トラップ、それもこっちが転移先になってるタイプか……」


進んだ先で転移トラップを踏んだらここに戻される、よくある心を折るタイプのトラップか……?


・あのう、俺らがなんも分からないうちに思考をまとめんといてもろて

・もうちょっと視聴者が楽しめる配信にしようや

・いつもなら解説してくれてるのに今回は何も言わないの、珍しくガチ感ある


「よし、じゃあ行くぞみずな……前に3歩!右にフェイントかけてバックステップ!1秒後に前転から跳ね起きて体を丸めてバク宙!もう一回前転してしゃがんだままストップ!」




〈《》〉




第4層。みずながみた情報が正しいのであれば、もうすぐこのダンジョンもクリアということになる。


結局道中には密閉や転移系のトラップしかなかったため、この際適当なトラップに引っかかるのではなく普通にクリアを目指すことにした。


「バクステ!ダッシュ!ジャンプ体丸めてジャンプスライディングその場でストップ!」


みずなとの息もかなり合っているし、正直拍子抜けするくらいにはいろいろと順調だ。……いや、一つちょっとした問題があった。


・みずみずがやってるの見ても指示が理解できん

・ゲームのプレイ動画とかだったら真っ先にチートを疑うかもw


「次!手叩いたらできるだけ姿勢低くしてダッシュ!3!2!1!……!ジャンプ!右斜めに壁あるから左に向かって三角跳び!階段あるからストップ!」


矢継ぎ早に指示を出す必要があるため、コメントに対して何もリアクションが取れないのである。コラボ動画なんてそんなものみたいなイメージもあるにはあるが……俺の配信の基本は視聴者とのじゃれあいにあるため、勝手がわからなくて混乱するのだ。前のコラボの時の独り言気づかないうちに垂れ流し配信よりはよっぽどマシだが。


それに、失敗したときにフォローできるよう後ろにぴったりと着いておく必要もある。これに関しては俺が自己満足でやっているため文句は言えないし言うつもりもないのだが、なかなかに負担が大きい。


「……ふぅ、次でラストだっけか?」


「うん!知らない人の話だから、どこまで信じれるかはわからないんだけど……」


階段を降り、握っていたみずなの手を離すと同時に周辺の地形やトラップの把握に努める。ここまでもだいぶ狭い範囲にトラップが密集していたのだが、最後だけあってこれまで以上に狭いフロアにこれでもかとトラップが敷き詰められている。


「……今探った感じだと本当にここで最後だ……と思う。経路構築するからまた少し待っててくれ」


「はいは~い」


できるだけ短い距離を、できるだけだ単純な指示で、できるだけ単純な動作で、一番余裕が多そうなルートで……ダメだ、このルートもダメ、そっちのルートもダメ……。


「あ〜そう!そうなんだよ……!雪ちんって家だと無防備なんだけどさ、そこら辺のことを考えてイタズラしやすいように無防備でいるのかなって考えると……芸人根性すごいよね……!」


・草

・ドMみたいに思われてるのかい笑


10分から15分は経っただろうか。ここまでも少し時間を取っていたとはいえ、さすがにここまで長くなるとみずながトークで場を持たせてくれているとはいえ、そろそろ厳しいか……。


目隠しをしていてもコメントは見えるらしく、無言が2人画面に写っているだけの誰得画面にはならずに済んだ……とはいえだ。みずなが1人で喋るだけの配信なら普段のみずなの配信を見ればそれで完結してしまう。少し無理をしてでも画を動かさないと……。


「ん〜……今雪ちん集中してて聞いてなそうだから言っちゃうんだけどさ、実は昨日雪ちんにバレないように、麦茶のボトルの中身を全部麺つゆとすり替えて、今カメラ仕掛けてるんだよね〜……」


「聞こえてるぞ〜」


「えっ!!??…………ごめんなさぁい!!!!」


・アホ?

・なにしとんのw

・バレとるやんけ!


「……よしみずな、これで最後だし1番難しいルートな」


・理由ほんとにそれであってる?


「なわけねーじゃん」


・あーあ怒っちゃった

・草


まぁ、本当の理由はこのルートなら失敗しても確実にフォローに入れるからなのだが……視聴者が勝手に勘違いしてるだけだからな。俺は嘘はついていない。


「一歩後ろに下がって、もう少し……半歩右、321で飛び出すぞ、3、2、1、ダッシュジャンプ踏み台ジャンプ!」


矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、みずなをフォローできる位置取りを継続し続ける。中盤まで進んでもいやな予感は消えない。


・動きキメェw


みずなの動きは完璧だ。少ない単語で俺がイメージした通りの動きをし続ける。


「前宙!ブーストかけて幅跳び!5歩でストップ!もうちょいで終わるぞ」


あと少しでゴールできる段階になってもまだ、嫌な予感は消えない。それどころか……


「そこの転移トラップ越えたらクリアだぞ……ナイス!いちばん難しいルートだったのによくできたなみずな!」


・うおおおおおお

・マジでやりやがった


目隠し攻略を無事に達成したというのに、嫌な予感は消えないどころかどんどん強くなるばかりだ。


なぜ?一体何が俺をこうまで不安にさせるのか。その原因に気がつくのが……少しだけ、遅れた。


「雪ちん雪ちんハイタ〜ッチ!」


みずなが目隠しを取らないままこちらに駆け寄ってきて……そして、応えようと右手を上げた俺の横をすり抜けた。


みずなが向かう先には、先程回避したばかりの転移トラップが光を放っている。


「危っっぶ!!!!」


間一髪で、みずなの腕を掴んだ。


「あ、ありがと、雪ちん……」


みずなの身体を転移トラップから離すため、自分の腕に力を入れると同時、みずなが俺の手首をギュッと掴み返してきた。


「本当にありがとうね……よ」


目隠しをつけているため目元は見えないが……口が裂けたと勘違いする程に大きく歪んだ笑顔を浮かべる。


「なっ……!!」


不気味な反応に困惑した一瞬、その一瞬が致命的な隙だった。繋がった手をみずなが強く引っ張る。転移トラップの光の中へ。


そうして、俺の視界は真っ白な光に包まれた。

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