第3話ㅤそんな訳ない

「空気を変えるために寝てる俺の下着まで剥ぎ取って?その上あの『あ』で?……一応聞きますが、何か言い訳はありますか?」


「はい!これはあくまで配信を盛り上げるための演出であり、白雪ちゃんに対する悪意や害意は一切存在しないこと、また、目覚めていたかどうかに関わらずあくまで演出としての範囲に留めておくつもりであったことを主張いたします!」


・長い

・政治家?

・裁判で弁護士が主張しとるんかってくらい冗長やね


事前に用意でもしてたとしか思えない流暢さだ。舐めとんのか。……いや、実際用意してたんだろうな。


「主張が長ぇよ、20文字以内で」


「本番をするつもりはありませんでした!」


・嘘

・さすがにどう考えても嘘

・そんな言い訳が通ると思うな


目を覚ましたらなぜか見えるようになっていた視聴者のコメントと同感だ。状況だけ見ればあまりにも怪しすぎる。……だがまぁ、こいつとは知らない仲じゃない。


「……とりあえず、この話の続きは件のシーンを確認してからにしましょうか。」




〈《》〉




『あ〜っ、と……お前は一体何をしてるんだ……??????』


「で、ここで俺が目を覚ましたと。はぁ〜……。……初犯ですし、今回だけは執行猶予ということにしておきましょう。」


・通って草

・白雪ちゃん騙されちゃだめだ!

・あかん……あかん。


絵面は明らかにアウトとはいえ、俺の中身はあくまで成人男性であるわけで。生娘のような羞恥を感じたりトラウマになったりするわけでもないのだし、未成年の少女が過ちを一回犯した程度で目くじらを立てるつもりもない。


それに、こんなのでもデビュー以来の付き合いだし、みずながああいう空気に耐えられない性格だということ何となくわかる。だからまぁ、1度くらいは……


「許してくれるの!?言った!今言ったよね!言質取ったからね!」


……こいつ反省してなくね?一発脅しておくべきかもしれん。相手が俺ならまだいいが取り返しのつかない奴を相手にしたら人生なんて簡単に終わってしまうのだから。


「……執行猶予、だからな?次はこっちも似たようなことで仕返しをすると思え」


「似たようなこと?って、白雪ちゃんから私にエッチなことするの!?ご褒美じゃん!何なら今からやってもいいよ!」


・駄目だコイツ、早くなんとかしないと・・・

・今ちょっと白雪ちゃん実はまんざらでもなかった説が出てきてるぞ

・それ、本当に仕返しになってますか・・・?


さっき長々と語った弁明やら本番をするつもりはなかったやらの言い訳はどこに行ったんだよ———いやいや、一旦そんなことは置いておくとして。一度がっつり脅そう、次は法廷で会いましょうとかそういうのじゃなくて。


「そうだな、まずは全裸にひん剥いて抵抗できないように両手両足を縛ろう、魔法で体を動かせないようにしたりするのもいいな」


「白雪ちゃん……そういうプレイが好きなの……?いや!大丈夫!私はどんな白雪ちゃんでも受け入れるってさっき決めたからね!」


・つよい

・デビュー1週間で小学生女児の良さについて配信中に語り始めた時からロリコンだとは思ってたけどここまで酷かったか……?

・拘束プレイの受けってなんもしてないように見えて結構体力と精神力使うらしいね、関係ないけど


「なんでこの流れで俺がSMプレイをしたがってると思うんだ?????拘束したお前の行き先はベッドじゃなくて俺のホームエロトラップダンジョンだぞ、喜べ、コラボ配信だ」


・あれ流れ変わったな

・身動きが取れないみずなをエロトラップダンジョンに……?

・あかんこれガチのヤツや、白雪ちゃんの目が据わっとる


「え~っと……それはデートのお誘い……かな?」


・あ

・無自覚系主人公を遥かに上回る無自覚

・このタイミングでそれ言えるのバケモンでしょ、異種姦メインのエロゲでも初回でその選択肢は選ばんぞ


「……視聴者の方々の中にC-1247ダンジョン付近に在住の方はいませんか?アピールポイントとしてこのバカにぶつけたい熱いリビドーも書いてくれると採用率が上がります」


・この世のものとは思えない冷たい目をしていらっしゃる

・なんだろう、嫌な予感しかしないのにこのまま進めと言う俺がいる

・37歳男性です、先日仕事をサボってばかりの後輩に彼女を寝盗られた悲しみをぶつける対象を探しています

・すげぇ、話し方丁寧なはずなのにめちゃくちゃ怖い

・女子高3年生です、学校内のかわいい女の子を食い尽くしてしまったので新しい刺激を欲してます

・小学校四年生ですみずなさんのお指がお腹の中でにゅるにゅるしてたのが忘れられません


「待って白雪ちゃん!!さすがにやってない!!やってないよ!!!!????そんな冷たい目を向けられる理由は無いって!!」


いやまぁ、さすがに一部の視聴者の悪ふざけだろう。……悪ふざけだよな?本当だったらさすがに逮捕されてるだろうし……


・お、白雪ちゃんの視線が人類の敵を見る目から汚物を見るような目に緩和されてら

・いじめで不登校になったけどなんか白雪ちゃん見てたらあいつらが可愛く見えてきた、明日学校行ってくる


「あっ配信の枠がもうないや〜それじゃあ残念だけどこの辺で!」


「おい待てコラ」


「それじゃあ次回もまた見てね〜!!!!









……ふぅ、いや〜雪ちんほんとにありがとね、命を助けて貰ったばかりかプロレスごっこでキャラクターも守ってもらっちゃって……このお礼はいつか必ずするね!」


配信を切ったのだろう、オフモードになったみずなが、申し訳なさと感謝が半々と言ったような様子で話し始めた。やっぱそっちだったか。いや、さすがにあれがガチだったら困るどころの騒ぎじゃないが。


「別に構いませんよ、みずなさんよりフォロワーの数は少ないですが配信者の端くれですので、キャラ崩壊で湧く反転アンチの怖さはさすがに知っています。困った時はお互い様の精神で仲良くやりましょう」


先程から雰囲気が大きく変わった訳では無い。ただ……そうだな、人として大事なものを取り戻した感じとでも言おうか。なんというか……寝てる俺を襲う直前までと似た雰囲気持っているというか。


「あれ?雪ちんはフォロワー増えなかったの?コラボしてるだけの私でも3倍くらいになったのに」


3倍かぁ……3倍!!??もうすぐ40万人行きそうだったフォロワーが!!!???


「全然増えてるじゃん、ほら、フォロワー147万人だって、私より多いのに端くれなんて嫌味か〜?うりうり〜」


ひゃっ、147万!!??今朝まで4万もいなかったのに!!??


「うぎょげきくるぉぽごがががががぎげげげげげげ……きゅぅ」


「あ、気絶した」




〈《》〉




「おーい雪ちーん、大丈夫〜??」


「ハッ」


い、いかん、あまりの驚愕に気を失ってしまっていた……。———当然だが、別に服を脱がされたりはしていない。配信外だしな、そりゃそうじゃ。


「すっ、すみません!」


外を見ると、もう周りは暗くなってしまっている。……あと、全身の痛みがだいぶ和らいだ。若い身体ってすげぇ〜


「気にしなくてもいーって、困った時はお互い様、ってさっき言ってたでしょ?それよりそろそろ時間もあれだし解散にしない?雪ちんたしか社員寮暮らしだったよね?送ってこうか?」


送り狼……いやいや、さすがにそろそろネタの鮮度が落ちてるな、引っ張りすぎだ引っ張りすぎ、さすがにそろそろつまんなくなってくる頃合いだろう。


「なんならむしろ私の方が送っていきますよ、無いとは思いますが失神トラップの後遺症があっても困るので」


「でも雪ちんも疲れてるでしょ?お荷物抱えて……」


「寝たらだいぶ回復したので問題ありません。」


こんなのでも中身は男なんでな、カッコつけたい時はカッコつけさしてくれや。


「……私のマネージャーが社員寮暮らしだからとりあえず私の家に呼ぶね。ここからなら私の家の方が近いから、2人で私の家まで歩いて、その後雪ちんはマネちゃんの車で帰るってことで。まだ8時だしバズった直後だから多分許してくれるでしょ」


「うーん……まぁ、わかりました……」




〈《》〉




「うーん……まぁ、わかりました……」


ホッ、と、その言葉を聞いて私は胸をなでおろした。雪ちんはきっと、自分が今酷い状況なことに気づいていないんじゃないかな。


あの休憩所、元々民家で寝室をそのまま活用しているくせにシャワーは無かったし……いや、ベッドがあるだけですごくありがたいんだけどね?その……雪ちんが返り血と砂埃で汚れたまんまひとりで外を出歩くのはちょっと……っていう感じ。今みたいに隣で歩いてても不安だし……


「そういえば、みずなさんって私の配信見てたりするんですか?」


「?結構昔から見てるけど……なんで?」


「初心者の頃にミスって淫紋刻まれたとか処女膜の形状とかガチNG無しなんでも質問企画の第4回辺りで答えたな〜って今ふと思いまして」


「あ〜それね……あの回はだいぶ衝撃的な場面が多かったし……今更だけどほんとにごめんね、焦って雪ちんのプライバシーのことまで考えれてなかったみたい」


今日の私は本当に酷かった。雪ちんのフォローがなければ、おそらく1ヶ月以内には引退する羽目になっていたのだろうと感じるくらいには。


「1度公開した情報をもう1回発信しただけでしょうに。それにみずなさんはちゃんと配慮できてたと思いますよ、フィルターだって掛けてましたし、鍵閉めて他の人が入ってこないようにしてましたし」


本当に私に配慮なんてできていたの?きっとできてない。全部偶然が重なっただけだ。だって私は……


「あーもう、ほんとに気にしてません……いや、全部許しますから!そんなシケたツラしてないで配信中みたいに笑ってくださいよ!」


配信中みたいに……そうだ、笑顔だ。全く、何をやってるんだ、私は。


「あはは……ごめんね雪ちん、ちょっとナーバスになっちゃってたみたい」


「そんな日もありますよ、とりあえず今日は家に帰ってすぐ寝るといいと思います」


「うん、そうするね。ありがと」


一連の流れが終わると、無言がやってくる。そして、その無言が怖くなって話を振る。今まではそんなこと無かったのに。


「そういえばさ、雪ちんって配信中に結構強い言葉使うけどあれもキャラ付けなの?」


「あれは……素ですよ。あれくらいの方が落ち着くんです」


「じゃあさ!これからは私と話す時もあんな感じで喋ってよ!あっちの方が似合ってるし、雪ちんもその方が楽なんだったらさ!」


「……三年近くこの口調だったのに今更変えるのもすこし……あれじゃありませんか……?」


「お試しみたいな感じでさ!しっくりこなかったら戻せばいいんだし……ね?」


「わかりまし……あ〜、OK、これからはこっちで行かせてもらうことにするよ」


話し方を変えただけのはずなのに、これまでとは全然違って見える。


「つーかみずな……あ、呼び捨てでもいい?」


「え、うん、もちろん」


「みずなのコメント欄でめちゃくちゃロリコンって言われてたけどあれってなんでなんだ?」


「あ〜、昔1回近所の女子小学生がすれ違う度に真面目に挨拶してくるのがめちゃくちゃかわいい、っていう内容の話が大量の尾びれと一緒に広がった事……が原因かな。」


「うわぁ……っと、着いたな、みずなのマネージャーも待たせちまってるし、じゃ、また」


「うん、また連絡するね」


マネちゃんの車に乗り込む雪ちんを見送って、私も自宅のドアノブに手をかけた。


ロリコンなんて所詮はキャラ付けの一環、昔からずっと好きになったことのある相手は男の子だし、雪ちんともオフで遊びに行ったことは何回もあるけど、思ったことなんて1度もなかった。


命を懸けて私を助けてくれた雪ちんの姿の幻を振り払う。


すやすやと天使のような寝顔で横になっている雪ちんの姿の幻を振り払う。


もしあの時、雪ちんが目覚めていなかったら、私はもしかすると、とんでもない間違いを……いやいや、そういうのは配信しながらするようなことじゃないし、するつもりもないし………………じゃあもし、カメラオフじゃなくて配信終了を選んでたら?……


「……そんな訳、ないよね」


カチャッ、と音を立てて。私は閉めた扉に鍵をかけた。

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