花の輪廻
@suke_percy
第1話 いつもの朝
12年間。俺が今まで生きてきた中で最も嫌悪すべきものは目覚まし時計に違いない。
チリチリチリチリ――
俺は枕から頭を上げないまま手をのばし、荒々しく時計のボタンを押した。既に朧気になりつつある、木とおしゃべりする夢の続きを見ても良かったが、ぐっとこらえて立ち上がった。目をこすりながら洗面台に向かい、歯を磨く。鏡の向こうでは金色の髪の毛がぴょんぴょんと跳ね、俺が動くたびにお辞儀をした。身支度を整え、リビングへ向かう。
リビング横の小さな台所では、母さんが鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜていた。ずいぶんと陽気な鼻歌だ。たぶん、母さんの思いつきで作っているのだろう。ちょっとしたことに喜びを見出すことが得意な人なんだ。
「おはよう、母さん」
母さんはくるっと振り返り、にっこりと笑った。エプロンはしわくちゃで、一つに結ばれたお団子はほどけかけていたけど、安心する笑顔だった。
「おはよう、ルイス」
母さんは俺の名前を大切な宝物みたいに、丁寧に発音する。俺は名前を呼ばれるたび、背筋が伸びるような心地だった。
俺は、母さんの隣でコップに水をくみ、リビングの机の真ん中で咲き誇るカモミールに注いだ。カモミールは青々と茂り、日光が水滴に反射してきらめいていた。ほんのりと甘いにおいが、すがすがしい朝の空気を満たした。
母さんは「トマト味ペースト」と大きく印字された缶詰を片付け、俺にスープとパンを出してくれた。湯気がらせん階段を駆け上がっていくみたいに遊んでいる。俺は胡椒のきいたスープにパンをひたしながら、一気に平らげた。よほど慌ただしかったのか、母さんがくすくすと笑っていた。
「そんなに急がなくても、ごはんは逃げないよ」
母さんが口紅を塗りながら、言う。部屋の隅にある化粧台の鏡越しに、母さんの青色の瞳を覗き込んだ。
「ごはんは逃げなくても、登校時間は追ってくるんだもん」
母さんは笑った拍子に手がぶれ、今日のメイクは「口裂け女風」になったみたいだった。
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