第24話 最優等生選挙02


 秘密基地の被害状況を撮影し終えた俺は、文化祭実行委員会の部屋に向かった。

 本当に文実から差し入れがあったのか、その確認だ。


 そういえば、杜若かきつばたは何をしているのだろう。

 きっとクラスの出し物に参加しているのだろうが、最近は別行動ばかりだったので詳しいことは知らない。

 俺が運営スタッフをお願いしたキモいマンズの三人も、クラスでの役目がなかったし。


 文化祭実行委員会の教室に着くと、中は混乱していた。


「何か、あったんですか」

「田中くんか、そっちは無事か?」

「いえ。何者かに、集計に使ってたパソコンを壊されました」


 下剤入りケーキの件は伏せて、物品の被害だけを告げる。


「奴ら、それが狙いか……」

「田中くん」


 文実委員長の後ろから、副委員長の加瀬くんが俺を手招きする。


「ほんのちょっと、誰もいない時間があったんだ」


 その隙に、と加瀬くんが指差したのは、ずぶ濡れのノートパソコン。そのパソコンは、破壊された秘密基地のパソコンとリンクさせてあった。

 破壊されなかっただけマシだが、濡れた状態では迂闊に起動させられない。

 秘密基地は文実の教室から離れているから、重くて荷物になる水は持って行かなかったのだろう。

 やっぱり、犯人はあいつだな。


「田中くん……怖い顔してるよ」

「当然だ。俺だけのことじゃない。加瀬や文実を含め、みんなが関わってくれた、みんなのイベントだ」


 詭弁を吐いて心を落ち着けようとするが、無理だった。

 許さない。

 ケーキに下剤を混ぜて食べさせたのも、パソコンの破壊も、どっちも法律に触れる行為だ。

 文句があるのなら、直接俺に言えばよかった。

 直接俺を殴りに来ればよかった。

 俺だけで済むから。


 それをコソコソとしやがって。


 絶対に許さな「ダメ、幸希こうきくんっ」い!?

 杜若かきつばたの声に振り向く前に、後ろから抱きしめられた。


「すまない、オレが呼んだんだ」

「加瀬、てめえ余計なことを」

「今の田中くんを止められるのは、杜若かきつばたさんだけだと思ったんだ」

「あやめを巻き込むんじゃねえ」


 加瀬くんは拳を握りしめて、俺から姿勢を逸らす。

 なあ、加瀬。

 おまえだって頭に来てるんだろ。

 待ってろ。

 俺がおまえの分まで、やってくるから。

 だから。


「……離せ、あやめ」

「やだ」

「いいから、離せ」

「離したら、どうするの」

「あいつらに下剤食わせた奴と、パソコン壊した奴。そいつを殴りに行く」

「じゃあ、離さない」


 杜若かきつばたの柔らかい拘束が、強くなる。


「知ってるもん、本当は幸希こうきくんが強いの」

「は?」

「富士宮のお婆さまが教えてくれたの。私を守るために、強くなるんだ、って」

「ちょ、そういうの恥ずかしいから」

「やめない」


 こいつ……性格がお淑やかになっても、頑固なとこは子どものままかよ。


「だから代わりに、私が殴りに行く」


 前言撤回。

 お淑やかじゃなかったわ。


「田中くん」

「なんだ、加瀬」

「いいのかい? ほら、みんな見てるけど」


 え。

 うわ……やっちまった。

 つか、このパターン多いな、最近。


「えーと、杜若かきつばたさん」

「もう遅いよ、幸希こうきくん」

「あーもう。おい、あやめ」

「なぁに、幸希こうきくん」

「あやめは……犯人を知ってるんだな?」


 拘束を続ける杜若かきつばたの腕が、少しだけ動く。


「うん」


 ならば話は簡単だ。


「そいつのとこへ、連れてけ」

「……殴らない?」

「殴る。しこたま殴る」

「じゃあ、ダメ。幸希こうきくんが停学とかになったら、嫌だもん」


 停学で済めばいいな。

 でもそんなこと、今の怒りに比べたら些細な問題だ。


「あのな、もうそういう問題じゃないんだ。運営スタッフが、仲間が三人も下剤でやられたんだよ」

「もちろん、謝罪もさせるし、責任も取らせるよ。でも、幸希こうきくんは殴ったらダメ」


 再び、杜若かきつばたの腕が俺を締め付ける。

 ついでに、いつもの良い香りが鼻をくすぐる。


「おまえ、頑固なのもいい加減に……」

「ねえ、私のお父さんの仕事、忘れた?」

「忘れねえよ、弁護士だろ……あ」

「そういうこと。もちろん、容赦はしないよ。私も怒ってるんだから」


 そこまで言うと、杜若かきつばたは俺の拘束を解いた。


「おまえも、容赦ねえな」

幸希こうきくんのイベントを潰されたんだもん。当然だよ」


 杜若かきつばたは、俺に笑いかけてくる。

 うん、いつもの笑顔だ。

 が、加瀬くんを含めた文実の面々は、未だ固まっていた。


「文実のみんな、すまない。恥ずかしいところを見せてしまった」


 真面目な顔で頭を下げた、つもりが。


「田中くん、気にしなくていいよ。キミたち二人のイチャイチャのショックで、オレたちの怒りはどこかに消えてしまったよ」


 文実のみんなから、笑いが起こる。


「いやー、良いものを見せてもらった」

「そうね。学校のアイドルのこんなレアなシーン、いくら課金しても見られないもの」

「しかしアイドル様の相手が、田中とは」


 みんなして言いたい放題だが、室内に満ちた不穏な空気は晴れていた。

 さすがテニス部の王子様、加瀬くんである。


「とりあえず……イベントの結果アナウンスは、どうしよう」


 笑いや明るい声に満ちた中、なぜか控えめな声で文実委員長が言った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る