第6話 正義を名乗る新聞部員少女02

 

 その夜。


幸希こうきくん、ちょっとやり過ぎ」


 例の如く俺の部屋に来た、杜若かきつばたあやめの第一声だ。


「すごく嬉しいんだよ、でもね」


 杜若かきつばたには現状、さしたる実害はないという。サイズに至っては、自分の失言だから仕方ない、とも。


「けどな、それで高校で過ごしにくくなったら、本末転倒だろ」

「んー、そうなんだけどね」


 杜若かきつばたは、昔から優しい。

 人が傷つく、人を傷つけることを、極端に嫌う。

 おまけに「人の善性」を信じ過ぎている。

 だからこそ、こんな俺との幼馴染を維持しようとしてくれるのだろう。


 が、今回ばかりは話が違う。

 学校の環境が悪くなれば、杜若かきつばたの目標が遠ざかりかねない。


「あやめには目標があるだろう。その障害になってもいいのか」

「……久しぶりに名前で呼んでくれた。なんか感動」

「そこじゃない」


 今の名前呼びは、俺のミスだ。


「なあ杜若かきつばた、お前には目標があるはずだ。最優等生になるという、目標が」


 最優等生。

 品行方正、文武両道にして明るく活発で、他の生徒の模範となる生徒に贈られる称号とは、杜若かきつばたの言葉だ。

 この最優等生に選ばれることを、杜若かきつばたは高校生活の目標にしてきた。

 幼馴染協定で杜若かきつばたが望んだ項目は、すべてこの称号のためである。


「……お母さんとの、約束だからね」


 杜若かきつばたの母親は、俺たちと同じ高校出身らしい。

 若い日の杜若かきつばたの母親は、もう少しで最優等生になれたのだという。

 が、結果的になれなかった。

 今は離婚して、杜若かきつばたの母親は家にはいない。

 けれど杜若かきつばたあやめ本人は、母親の夢を追うことで寂しさを埋めてきた。


「私とお母さんの、たったひとつの絆だからね」


 ああ、杜若かきつばたの思いが、痛みとなって俺を刺す。

 やはり、幼馴染の俺がなんとかするべきだ。

 この独りよがりの決意が間違いだと知るのは、もう少し後になる。




 週明けの朝。

 俺は初めて他人の下駄箱に手紙を入れる。

 そして放課後、手紙で呼び出した相手は指定した空き教室に現れた。


「あんたから呼び出すなんて、どういうこと?」

「この前の話の続きをしようと思ってな。不完全燃焼だろ、赤堀も」


 メガネ女子、赤堀亜衣。

 元新聞部員にて、例の学校新聞を書いた人物だ。


「まあ、そうね。なんたってあんたは、あたしの報道を邪魔したんだから」


 赤堀にとっては、そうなのだろうな。でも。


「他人のゴシップを書いて公表するのが報道、か。ずいぶんと悪趣味なこった」

「あんたに迷惑はかけてないでしょ!」

「俺以外の誰かの迷惑になっている、という自覚はあるんだな」


 赤堀の口が止まる。

 さて、元々が破綻した報道活動だ。

 ここからどう正当性を作るのか、見ものだ。


杜若かきつばたさんは、この高校のアイドル。みんなのは杜若かきつばたさんのことを知る権利があるわ」

「だが、杜若かきつばた職業としてのアイドルではない。あくまであいつは、ただの一般生徒だ」


 もっと言えば、知る権利ってのは国に対して、だ。公民の授業でも習っただろ。


「そんなの知らないわ。あたしはただ、みんなに真実を伝えただけ」


 ボロが出てきたな。

 では角度を変えるとしよう。


「新聞部、去年廃部したんだってな」

「は? だからなに」

「あの掲示板に新聞を貼る権利は、新聞部にある。田端先生に確認したか?」

「だから新聞部のあたしが」

「元、だろ。今は新聞部は存在しない」


 赤堀はゆっくりと俯いて、勢いよく顔を上げた。


「が、学校の掲示板なの! 誰が何を貼ってもいいじゃない!」

「……おかしな発言って、わかってる?」


 冷静に返すと、赤堀は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「うるさい! あたしは、新聞部を復活させるの! そのためには武器になる強い記事が必要なの!」

「つまり、杜若かきつばたがその武器だと?」

「そうよ、悪い?」

「悪い。百%。全面的に。圧倒的に」


 杜若かきつばたあやめの記事が注目を集めることは、前回掲示された学校新聞で実証済みだ。

 けれど、赤堀はわかっているのだろうか。

 そんなゴシップ記事で注目を集めたところで、新聞部は復活できない。

 むしろ特定の生徒の私生活を晒す行為を非と判断して、掲示板を使用禁止にされる危険が大きい。

 その原因が元新聞部の赤堀とされれば、赤堀による新聞部復活は事実上不可能になる。


「とにかくあたしは、これからもスクープを公表し続ける。文句は言わせない」

「……わかった。なら、俺が新聞を作って掲示板に貼っても、文句はないよな?」

「──は?」


 呆気に取られた赤堀に俺は、最後の武器を突きつけることを決めた。

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