第4話 ひとりぼっちと


 映画は、前評判通りに面白かった。

 面白い映画は、一人で観ても面白いのだ。

 元々ボッチ体質の俺には、そんなもの苦ではない。

 が、俺は思わず溜息を吐いてしまう。

 俺の視界には、Lサイズの容器に一杯のキャラメルポップコーンと、杜若かきつばたの飲みかけのコーラ。

 これ、どうしよう。


 ちょっとしたバケツサイズのキャラメルポップコーンは、食べ切り前提のせいかふたが存在しない。

 これを抱えたまま電車やバスに乗るのは、マナー的にも気分的にも遠慮したいところだ。

 こぼしたら迷惑になるし、何より目立つ。

 目立つことを極端なまでに嫌う俺にとっては、由々しき事態である。


 杜若かきつばたを中心に盛り上がる女子たちを横目で眺めつつ、俺が出した結論は、頑張って食べ切る、だった。




 4階の映画館フロアから、エレベーターで一気に1階まで降りる。

 フードコートのテラス席を抜けて大きなガラス扉をくぐれば、潮の香りに包まれる。

 海だ。

 幸いにも風はなく、人影も少ない。

 海沿いのデッキを進み、一番奥のベンチに腰を落ち着ける。

 遊覧船の桟橋の辺りに、カモメの群れが舞っていた。


「あいつら、ちょっと手伝ってくれないかな」


 ひとりごちて、まだ大量に残るLサイズのキャラメルポップコーンに目を落とす。


「大丈夫、私が手伝ったげる」


 不意に背後から声がした。

 振り向くと、潮風に髪を躍らせた杜若かきつばたあやめがいた。


「お待たせ、幸希こうきくん」

「……あいつらはいいのかよ」

「うん。カラオケに誘われたけど……大事な用事があるからって、断ってきた」


 ごく自然に、当然のように、杜若かきつばたは俺の隣に腰を下ろした。

 俺は、そんな杜若かきつばたにコーラを返す。


 杜若かきつばたがキャラメルポップコーンに手を伸ばしてくると、潮の匂いに混じって、ほんのり甘い香りが漂う。


「……悪かったな、気を遣わせて」

「ん? なにが?」

「あいつらの誘いを断るために、嘘をかせちまった」


 もきゅもきゅとポップコーンを食べながら、杜若かきつばたは首を傾げる。


「別に、嘘なんて吐いてないよ?」

「いや、大事な用事があるからって断ったんだろ」

「そうだよ。だから、はい」


 差し出されたのは、ペットボトルの飲み物だった。


幸希こうきくんと一緒にポップコーン食べるのは、私にとってはとっても大事な用事なんだよ」


 俺の抱えるバケットからキャラメルポップコーンをつまんだ杜若かきつばたは、ぱくっとそれを口に放り込む。


「んー、甘くておいしい」


 この状況がキャラメルポップコーンよりも甘く感じてしまうのは、きっと潮風のせいだ。

 スイカだって、塩かけると甘さ増すし。





 西の空に、夕暮れが近づいていた。


「今度から、もっと小さなサイズにしようね」

「だな、Sサイズでちょうど良いかもしれん」


 俺と杜若かきつばたは、並んで海沿いの遊歩道を歩く。

 結局二人でポップコーンを完食するまでに、映画一本ぶんの時間を要した。


「ね、さっきの話だけどさ」

「ん、なんだっけ」

「もう、幼馴染協定の話だよ」


 頬を膨らます杜若かきつばたの横顔に、オレンジ色の夕陽が当たる。


「協定の見直し、ねぇ」

「うん。どうかな」


 幼馴染協定は、二人が交互に挙げた要求を互いに了承し、条項化したものだ。

 その目的は、それぞれ目標とする高校生活を送ること。


 学校内での過度な接触を禁止したのは、実は杜若かきつばたの方である。

 それには深い理由があるのだが……


「やっぱり現状維持だな」

「えー、ダメなの?」


 ダメだ。

 少なくとも、杜若かきつばたあやめという女の子が、最優等生と呼ばれるに相応しい高校生活を送れるようになるまでは。


 俺は、彼女を突き放す。

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