世界一可愛い俺の大事な幼馴染の杜若さん、機嫌直してください。

若葉エコ(エコー)

第1話 幼馴染と俺



「か、杜若かきつばたさん、オレと付き合ってください!」


 五月の放課後。

 俺たちの通う県立青南高校、告白の名所と化した図書室裏の大プラタナスの木のほうから、緊張した男子の声が響く。

 俺はその声を聞きながら、図書室のカウンターからぼんやりと外を眺めている。


「──ゴメンなさい」


 たった今、告白を断った女の子は──杜若かきつばたあやめ。

 申し訳ないことに、高校2年にもなってボッチを貫いている俺の幼馴染である。

 しかし、相変わらずの上手い断り方だ。

 早すぎず遅すぎず、絶妙なタイミング。

 何度見ても、見事である。


 そう、俺──田中幸希こうきは、幼馴染が告白されるシーンを何度も見ていた。


幸希こうきくんに、ちゃんと見届けて欲しいの』


 最初にそう言われたのは、中学1年の時だった──




 図書委員の仕事を終えて自宅に帰ると、自分の部屋に人の気配がした。


「あやめ……」

「あ、幸希こうきくんおかえりー」

 

 俺のベッドの上、勝手に俺のTシャツを着て、俺の枕を抱えてうつ伏せで本を読みながら、ポテチを喰らう。

 高校での「みんなのアイドル」杜若かきつばたあやめとは、まるで別人である。


「ページの間にポテチの粉、落とすなよ?」

「だいじょーぶ、そんなに私はドジじゃないって」


 いやいや、そういう前歴があるから注意したのだが。いつだかはポテチ丸ごと一枚挟まってたし。

 溜息と共に通学バッグを置き、制服のブレザーを脱ぐ。


「……じっと見るなよ」

「むふぅ。いやぁ、相変わらず良いお身体ですなぁ。眼福眼福」

「やめれ。花も恥じらう乙女だろうが」

「恥じらうばかりが花では無いのですよ」


 端正な顔をにやりと歪めて、杜若かきつばたあやめは自身のスマートフォンを取り出す。


「ほれ、もうちょい肩を出してみようか」

「お前はどこの激写カメラマンだよ」

「良いではないかー」


 それ、普通は男のセリフだよ。

 しかも色々とやり始める前の。

 が、しかしだ。

 今日の俺は図書委員の当番で疲れている。

 よって、あんまり構っていられないのだ。


「ちょっとベッド空けて。寝たい」

「なになに、お疲れ?」

「ああ」


 一人で書架二つ分の入れ替え作業は、さすがに骨が折れた。

 体を起こした杜若かきつばたがベッドの縁に腰掛けたのとほぼ同時に、俺は空いたベッドに倒れ込む。


「そういえば、今日の課題はやったのか?」

「……つーん」


 ん?


「おい、あやめ」

「……つーん」


 もしかして怒ってる?

 しかし、その怒りの原因がまったく判らない。


理由わけを聞こうじゃないか」

「だってさ、せっかく私が膝枕の態勢になってたのに……」

「いやいや、それはおかしい」

「おかしくないもん。5年前は幸希こうきくん、私の膝枕で喜んでくれたもん」

「正確には6年前な」


 あの頃はまだ小学生どうしだったから、ギリギリ無邪気に喜べた。

 しかし目の前、ベッドの上で女の子座りをする杜若かきつばたあやめは、もう子どもとはいえない。

 すれ違う男子が振り返るほどの美貌を持ち、マラソン大会ではその揺れる胸に歓声が上がるほどにスタイルが良い。


 つまりだ。


「──そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」


 何と言われようと、こればっかりは承服しかねるのだ。

 よって、代替案を提示する。


「じゃあ、代わりに俺がしてやろうか、膝枕」


 言い放った俺に、杜若かきつばたは呆気にとられた顔を見せる。

 目は見開かれ、口は中途半端に開き、そのまま固まっている。

 よし、うまくいった。

 元来、男の膝枕なんてモノに需要は無い。

 きっと杜若かきつばたは断るというか、拒絶するだろう。

 これぞ、一発逆転の妙案なのだ──


「え、いいの?」


 ──った筈だが。

 は?

 おいちょっと待て。

 なんで目をキラキラさせて俺を見てるんだよ。

 あと舌舐めずりするな。

 手をわきわきさせるな。

 だが、ここで引くわけにはいかぬ。


「ホントにしてくれるの?」


 引かぬ、媚びぬ、かえりみぬ。

 お師匠さま。

 俺は今日、聖帝になるよ!


「ももも、もちろんだとも。武士に二言はないナリよ」


 すまぬ、お師匠。

 武士になっちまった。

 とまあ、脳内で現実逃避している間も、杜若かきつばたは期待を隠すことなく俺を見つめている。

 仕方ない。


「おらよ」


 俺はベッドに腰を下ろして足を揃え、若干筋張った自分の太ももをジャージの上からパシっと叩く。


「えへ、えへへ……では、いただきまーす」


 おい待て。膝枕は料理じゃない。

 とツッコむ間もなく、杜若かきつばたは俺の太ももにダイブしてきた。


 とすん。


 小気味よい音とともに、杜若かきつばたの頭が俺の太ももへ軟着陸する。

 そして当然のように俺の太ももに頬擦りまで始める始末。

 ジャージ履いてて本当に良かった。


「んー、良いですなぁ。幸希こうきくんの低反発膝枕、美味でございますなぁ」


 満面の笑みで自身の頬を俺の太ももにめり込ませる杜若かきつばたは、およそ学校で見る優等生の姿ではない。

 つか何これ。

 なんで膝枕してる俺がこんなに恥ずかしいの?


「ふふ、幸希こうきくん真っ赤だよー」


 ふと下を見ると、杜若かきつばたは仰向けに寝て俺を見上げていた。


 やめれ。近い近い。

 杜若かきつばたは顔を緩ませて、俺を見上げている。

 しかし、あれこれと整ってるな。

 くりんと大きな二重の目。

 すっと通っていながら小ぶりな鼻。

 潤いたっぷりのトマトのような、唇。


 かわいい、な。




 ──いかんて!

 こんなんで大丈夫なんかな、こいつ。


「んふふー、私は幸せ者だよ」


 そういう問題じゃない。けど、まあいっか。

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