毒親

「う~ん、ここはどこ?」私はぼんやりと目を開けた。

「あ、吉村さん気づかれました?」

「私どうしてこんなところに?」

「交通事故にあわれて慶寿総合病院けいじゅそうごうびょういんに救急車で運ばれたんです。骨折はしていますが命に別状はないのでご安心ください」

「交通事故・・・」

「しばらく入院することになりますから」看護師はそう言うとベッドを離れた。

記憶をたどってみれば、横断歩道を渡ろうとした所で切れる。そこで事故にあったらしい。だがまだ意識ははっきりせず眠りへと落ちてしまった。


翌日、娘の恵子けいこが病室を訪れた。

「お母さん、災難だったわね。入院の手続きはしてきたし、必要なもの用意してきたよ」

「済まないね、世話になって」

「事故だからしょうがないわよ」

「そういえば早苗さなえはこないのかい?」

「連絡はしたけど」

「実の親が入院したっていうのに見舞いにも来ないなんて、育ててやった恩も忘れて自分がよければそれでいいんだろう。昔からあの子はそうだった。全く」

「もう一度連絡してみるから」

「ああ、そうしてくれ、見舞いに来ない親不孝者なんかいらなって伝えろよ」

私はそう恵子に言った。


それから数週間がたったころ、病室に看護師が車いすを押してやってきた。なんでも面会の申し込みがあったそうで、子供連れなので外で会うとの事だった。

面会用のベンチまで行ってみると、男の人が立ち上がり一礼した。

「始めまして早苗の夫の佐竹正さたけただしです。この子は娘の亜里沙ありさ。早苗が来れないので代りにお見舞いに来ました」そう言ってその男は紙袋を差し出した。

「早苗はどうしたんですか?見舞いにも来ない親不孝者が!」

「早苗が来れない理由はこれです」男が封筒を差し出した。受け取って中を確認すると、診療内科の診断書が入っていた。

「結婚前から早苗が精神的に不安定なのは解ってました。それが悪化したのは亜里沙が生まれてからです。亜里沙は子供のころの早苗によく似ているそうですね。子育てをするうちに、あなたからされたことを思い出し、気分が悪くなったり、自分が亜里沙に同じことをしないか不安になったり、亜里沙に無理をさせてないかといろいろなことが気になるようになり精神を病み、心療内科に通うようになりました。そして精神的外傷(トラウマ)と診断されました。その原因はあなたです。子供のころあなたに受けた仕打ちが早苗を苦しめているのです。ですから早苗はあなたに会えません。会えば症状が悪化するからです。あなたが納得しないと思いまして、診断書をお持ちしたわけです」

「私が原因だって、私が何したっていうんだい。冗談じゃない。あんな子生まれてこなければよかったんだ。早苗を生んだから私は不幸になったんだ!!」

「生まれてこなければよかった?本気でそう思っているんですか?」

「あの子を身ごもってから主人に本当に自分の子かと疑われてそれが離婚の原因になったんだ。あの子は疫病神だ!」

「そうですか、御主人にそう思わせるような言動があなたにあったんじゃないですか?早苗のお父さんに聞きましたよ。あなたが浮気していてそれで早苗が自分の子じゃないかもしれないと疑ったって」

「主人が知っていたですって!」

「ええ、探偵を雇って証拠も掴んでいたと。それでもあなたが素直に不倫を認め謝ったら水に流すつもりだったがあなたは頑なに認めなかった。それで離婚するしかなかた。親権も自分が取ろうとしたがあなたが渡さなかったそうですね。早苗が疫病神ならご主人に親権を渡せばよかったじゃないですか。親権を取っておきながら自分の不幸を早苗のせいにして、不満のはけ口にしていただけなのではないですか?愛して欲しい人に愛されられなかった苦しみがあなたに解りますか!あなたは世間で言う『毒親』ですよ。いない方がましな親。医者の診断も出ているんです。今後私達にかかわらないでください。もう二度と会いません、さようなら」

そう言うと男は娘を連れて帰って行った。


病室に戻っても私は怒りが収まらなかった。数日後恵子が見舞いに来た時に事の次第を話した。

「そう、御主人と娘さんが来たの」

「そうよ、そして早苗の体調の悪さは私のせいだというんだから頭来ちゃって」

「診断書持ってきたんでしょう。お母さん、昔から早苗に怒鳴ってばかりだったものね。離婚して大変だったことは解るけど、そりゃ酷いもんだったわよ。ま、自分に矛先が向かないことをいいことに逃げていた私も悪いんだけど」

「え、そんなに酷かったの?」

「やっぱり自覚無かったのか。早苗の言うことなすこと否定していたし、こうしたいと言っても無視するか、させなかったりだったものね。大学進学も認めなかったし、だから、早苗高校卒業と同時に家出たんじゃない」

私は黙らざる負えなかった。

「家を出てから早苗相当苦労したそうよ。でも佐竹さんに出会って結婚して亜里沙ちゃんが生まれて、これから幸せになれると思っていたのに心療内科に通わなくてはいけないようになるなんて、一番苦しいのは早苗なんだからね!」

私はそれでも納得いかなかった。

「今できることは、何もしない事ね。これ以上ごねると私も絶縁するわよ。早苗にしたこと私も許してないから!」

そう言うと恵子は病室を出て行った。


残された私は、早苗の夫と、恵子から言われたことを考えた。子供は親の所有物ではない。『血がつながっているから何をしてもいい』というのは親の都合だ。早苗に会えなくなった今となっては償うことすら出来ない。私はこれを一生背負って生きて行かなくてはならない。人生のかせとして。













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