実家じまい

「あーやっと着いた。年々遠く感じるわ」

「鍵を開けてくれ」

私は玄関の鍵を取り出すとドアを開けた。

「俺は窓を開けてくる、お前は買ってきたものを片付けてくれ」

「わかったわ」

私はそう言うと、台所に荷物を持って行き冷蔵庫にしまった後お皿などを洗った。

此処は私の実家、と言っても親は二人とも鬼籍に入ったから今の名義は私。

家を継いでから月一回は管理の為に主人と二人で訪れていた。


「窓は全部開けたぞ、お昼にしようか」主人が台所に入ってきた。

私は買ってきたお寿司やお惣菜を並べ、お茶を入れた。

「いただきます」そう言って食べ始めた。

「なあ、文子あやこ本当にいいのか?お前が育った家なんだろう?」

「いいのよ、子供たちもいらないって言うし、不動産て持ってるだけで税金がかかるし、手入をしないと痛むし、私がしっかりしているうちに手放した方がいいのよ」

そう、私は今回実家を売却するために訪れていたのだ。お昼を食べ終わって片づけをしていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。

「ハーイ!」私は玄関に向かうとドアを開けた。一人の青年が立っていた。

「高崎不動産の菅原すがわらと申します。渕上文子ふちがみあやこさんは御在宅でしょうか?」

「私が渕上文子です。お待ちしておりました。どうぞおあがりください。」

「失礼します」菅原は私が差し出したスリッパを履いて私についてきた。座敷には主人が待っていた。主人が手招きをすると菅原は座敷に入り主人の反対側に座った。

私はお茶を入れ、3人の席に配った。そして書類の束を菅原に差し出した。

「確認いたします」菅原はそう言うと書類を調べ始めた。

「必要な書類は揃っています。再度確認しますが、この家土地ともに売りに出すということでよろしいのですね」私は頷いた。

「家財道具はどうしますか?」

「買った方に任せます。必要無いとあればこちらで処分しないといけませんでしょうし」

「そうですが・・・。それでは販売依頼の契約書に署名と、押印をお願い致します」

私は差し出された書類を読み、署名と押印を行った。書類を渡すと菅原は確認し、他の書類と伴にカバンに入れた。

「今日の所は以上になります。動きがあれば連絡します。今日はお時間を取っていただきありがとうございました」菅原はそう言うと一礼して帰って行った。


それから数週間何の音さたも無かった。

1ケ月ほど過ぎたある日突然電話が鳴った。


『高崎不動産の菅原です、渕上文子さんの携帯で間違いないでしょうか?』

「はいそうです」

『ご依頼を受けていた不動産を買いたいという方がいらっしゃいます』

「本当ですか!」

『その買主の方が売り主に直接会ってから契約したいとおっしゃてます。次の土曜日、こちらに来られませんか?』私はカレンダーを確認した。

「大丈夫です。伺います」

『それでは14時に事務所の方においでください。詳しい話はその時に』

「解りました、お伺いします」私はそう言うと電話を切った。


約束の日、私は主人と高崎不動産に赴いた。

事務所に入ると菅原が奥の応接室に案内してくれた。そこには夫婦とみられる男女が座っていた。私達は反対側に座った。

「買い主の龍滝りゅうたきさんです、こちら売り主の渕上さんです。龍滝さん直接会ってお話したいことがあるという事でしたが?」

「お聞きしたいのはあの家が築何年ぐらいなのかと家の中にあるものも売ってもらえるかと言う事なんです」

「私の祖父が建てた家と聞いておりますので100年近く経っているかと思います。調度品も必要でしたらお売りします」

「よかった。実は私たちは都内に住んでいるのですが、休日は古民家でゆっくりしたいという夢を持っていまして、あの家を見つけ『売り家』と知りすぐ高崎不動産に連絡して見せてもらいました。私達が思い描いていた理想的な家でぜひ調度品もまとめて売ってもらいたくご足労願った次第です。それと仏壇はありましたが位牌などが無かったのですが・・・」

「墓じまいも済ませていますので、全部菩提寺に預けております」

「そうなんですね、安心しました」

「それでは双方合意と言うことで売買契約を結びたいと思いますが」私たちは頷いた。

書類が用意され、龍滝さんと私は署名をし実印を押した。菅原が精査し契約は成立した。

「それでは、後の処理はこちらで致します。書類が出来ましたら送付しますので確認の上龍滝さんは代金を振り込んでください。振り込みを確認した後手数料を差し引いた額を渕上さんの口座に振り込みます。よろしいでしょうか?」

「はい」

「はい」

「それでは今日はご足労頂きありがとうございました」菅原の言葉に私たちは立ち上がり帰り支度を始めた。


高崎不動産を出た時、

「渕上さん、今からお時間ありませんか?あの家の歴史とかお聞きしたいのですが?渕上さんの生家なんでしょう。私達はなるべく今のまま保存したいと思っているのです」

私はその言葉に胸が熱くなった。いい人に買われた。私にとっても生家が変わらずにそこにあるということは心の支えとなる。

「もちろんご一緒しますよ」私は龍滝さんに明るく答えた。


そして龍滝夫婦と私たちの交流は長く続くこととなった。












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