時代錯誤

私、田島稲子たじまいねこ。50代の主婦。パートタイマー。子供二人は結婚し、5歳年上の主人と二人暮らし。


息子のさとるに初孫しかも男の子が生まれた時はそりゃー嬉しかった。賢吾けんごと名付けられたその子は可愛くて可愛くて、なんでもしたやりたいと思った。出産祝いに、宮参り、お食い初め、クリスマス、お正月、初節句、そして誕生日。月に1度は実家に連れてきてくれたし、そのたびにごちそうしたり、おもちゃなどを買い与えた。それだけでは飽き足らず、服を買って送ったり、食材を送ったりとありとあらゆることをした。時々は悟の家を訪問することもあった。


2年後、妹のみつきが結婚。いわゆる出来婚でそれだけでも恥ずかしいのに、里帰りもせず、義母の世話になるという。それを聞いただけで関心が薄れ、女の子が生まれたと報告が来ても会いに行かなかった。あちらの顔があるから、お祝いは送ったが、写真が送られてきても正直可愛いとは思わなかった。

元々みつきは女だし、生まれてきた子も女。女なんて何にもならないと思っていた。


それでも何の問題もなかった。悟は同じ市内に住んでいるが、みつきは他県に住んでいる。みつきは義実家の方を優先していたから、こっちに来ることはまれだし、悟の家族と顔を合わせることも無かった。私達は相変わらず賢吾を溺愛し続けた。


今年のゴールデンウィーク、珍しく同じ日に、子供たちが家に来ることになった。悟たちは前日から泊まり。みつきは翌日日帰りで来るという。まあ、普通にもてなせばいいだろう。悟たちが到着するとごちそうでもてなし、賢吾にもたくさんプレゼントを渡した。

翌日、みつきが家族とやってきた。孫の皐月さつきには初めて会ったが、なんだかおどおどして、母親の陰に隠れるようにしている。何とも陰気な娘だ。

それでも全員揃って昼食を取り、話が弾んだ。



居間方から子供の叫び声が聞こえてきた。

「返してよ!それ私のよ!」

「へんだ、誰が返すか、お前女だし、ただの孫だろう。俺は初孫で男だから偉いんだ。お前の物は俺の物なんだよ!」悟が席を立った。そして・・・。

「賢吾お前今なんて言った。誰がそんなこと教えたんだ!」

「え、パパのおじいちゃんとおばあちゃん。いつもそう言ってるよ」賢吾はいぶかしげにそう答えた。

「なんだと!」悟は私たちの方に向き直り睨みつけた。『怒ってる』私は肝が冷た。だが悟は賢吾の方を向き直って賢吾に話しかけた。

「賢吾、ママのおじいちゃんおばあちゃんは賢吾にそんなこと言うかな?信也兄ちゃんが初孫で、賢吾はただの孫なんだけど」

「言わないよ、孫はだれでも可愛いって、僕の事も可愛がってくれる」

「そうだよな。それに男の子だから、女の子だからって言うかな?」

「言わないよ、僕がね『パパの妹の所に皐月ちゃんって女の子がいるの、会った事無いんだけど』て言ったらね、『皐月ちゃんは年下かい?』って聞かれて僕が頷くと、『そうかいそれなら優しくしてあげないといけないよ』て言われた」

「で、さっき皐月ちゃんになんて言ったんだ、お前は」

「いじわるしたうえに、酷いこと言っちゃった。皐月ちゃんに謝らなくちゃ」

「そうだな。解ったならいいよ。皐月ちゃん賢吾がごめんね、こっち来てくれる」

「皐月ちゃんさっきはごめんなさい。許してくれる?」

「もう、私の物取り上げたり、意地悪しない?」

「しないよ。もうしない」

「だったらいいよ。仲直りしよう」皐月は手を出した。賢吾はその手を握り返した。

「仲直りしたなら、二人で別の部屋で遊んでいてね。パパはおじいちゃんおばあちゃんに話があるから」

「ハーイ!」「行こう皐月ちゃん」「うん、賢吾君」そう二人は言いながら部屋を出て行った。


私が追いかけようと立ち上がろうとすると、

「聞こえなかったの、話があるんだ、座って!」悟が鋭い声で言った。

摩弥まや、二人を見てて」摩弥は二人を追って部屋を出て行った。

「俺達だけでなく、賢吾にもあんなことを教えて一体どうゆうつもりだ!!」

「だって、賢吾は初孫で、跡取りで、男だから・・・」

「それが時代遅れだというんだ。俺はな、みつきが何もしてもらえないで寂しそうにしているのを見てきたんだ。俺の言うことは聞くくせに、みつきは大学にもいかせようとしなかった。女に学はいらないと言ってね。俺はそれが嫌だった。だから大学は県外にして家を出たんだ。みつきが進学で悩んでいると聞いて、当時付き合っていた摩弥の両親に相談したら『奨学金の保証人になるから進学させてあげなさい』と、摩弥の父に言われてそれでみつきは進学出来たんだ。本当は実の親がすることだろう。後継ぎだと!男だと!ふざけんな!!人はみな平等だ。母さんだって女だろう!!!俺はこの家は継がない。絶縁する。賢吾に今後何もしなくていい。その代わりこちらも何もしない。老後はホームにでも入ってくれ。解ったな」

「そんな、親を見捨てるつもりなのかい。みつき、みつきはそんなことしないわよね」

「何言ってんだか散々私の事ばかにしていたくせに。兄さんに見捨てられたからって、私にすがろうとするわけ!お断りします。私も絶縁するわ。親らしいこと何一つしなかったくせにいまさら何よ。今日ここに来ることにしたのは絶縁と今までの事の文句のひとつも言いたかったからだしね。さようなら」

「さよなら、もう度と二度と来ないから。お~い!摩弥、賢吾帰るぞ!」

「皐月も帰るわよ!」

「はーい!」「はーい!」子供たちがやってきた。

「さ、おじいちゃんおばあちゃんにお別れの挨拶をして」

「さようなら」

「さようなら」

「じゃ行こうか」悟がそう言うとみんな家から出て行った。車のドアの閉まる音がする。やがて2台の車は走り去った。



残された私たち夫婦は茫然としていた。気が付くと日が西に傾き始めていた。


私達は、悟たちに電話を掛けたり、メッセージを送った。だが、電話は着信拒否され、ラインはブロック。連絡を取ることは出来なかった。


数日後、私と主人は悟の家に向かった。直接会って話をしたいと思ったから。

しかし、悟たちが住んでいたはずの家は空き家となっていた。

近所の人に聞くと、ゴールデンウィーク入ってすぐ引っ越していったそうで行き先はつかめなかった。


ゴールデンウィーク開け、仕事仲間とお茶をして休みの間の事を話していたら、

「そうなんだ、まあ、親離れ出来る子供でよかったね」

「よかったねって!今まで何のために苦労してきたんだか」

「今は男女平等だからね、職種でも、学校でも、家庭でも。だから『男が偉いんだ!』とか言ってたら、愛想付かされて離婚することになるよ。それになに、娘さんを大学に行かせなかったって」

「それは主人が・・・」

「ご主人のせいにするの!そうゆう時娘さんの話を聞いて何とかしようとするのが母親じゃないの!信じられない。あなただって女でしよ。娘さん相当傷ついたと思う。そしてそれを見ていた妹思いの息子さんも傷ついた。見放されて当然だと思うけど!」私は何も言えなかった。

「解っているのは、あなたたち夫婦は子供の為と言って、実際は自分の為に子供を利用しようとしていたってこと。そこを見破られたのよ!おまけに孫にまで同じようにするなんて、子供たちが怒って当然でしょ。時代錯誤もいい加減にしなさいよね!」

と、同情されることも無く、辛辣しんらつな言葉が返ってきた。


子供の為ではなく、自分の為・・・・。そんなつもりはなかった。でも子供たちの気持ちを考えたことが無かったのは事実。


これからどう生きればいいのか、償いも出来ず、夢も希望も断たれてしまった。残ったのは・・・・何?

























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