取るだけ育休

俺、高谷啓介たかたにけいすけ。29歳。同い年の妻の千恵美ちえみと、娘の美咲みさきの3人家族だった。

え、なぜ過去形かって?それは俺のせいで離婚したからさ。


俺たちは同じ会社の同期で、部署も同じ。仕事で話すうちに気が合い、勤務が終わってから、食事をしたりするようになった。それからしばらくしてデートするようになり、同棲。それから数年後籍を入れた。


教会で挙式の後レストランを借り切って披露宴を行なった、


結婚してからも生活はあまり変わらなかった。そう、千恵美が妊娠するまでは。

千恵美が妊娠して、産休を取ると決まったころから、俺は千恵美に嫉妬のようなものを感じるようになってきていた。なぜなら、妊婦だからといって大事にされ、ちやほやされているように見えたから。俺にはだれもが「奥さんを大事にしろよ」とそればっかり。

千恵美は悪阻つわりが酷かったらしくだんだん家事もしなくなってきていた。それを俺も最初は補おうとしていたが。・・・。

千恵美が産休に入り家にいるようになると、俺だけが働くのがばからしく、家に1日いるのに家事が出来ていない千恵美に声を荒げののしるようになった。


千恵美の出産が迫ってきたころ、俺は課長に呼び出された。

「高谷君、奥さんが出産したら育休を取らないか?」

「育休ですか?」

「ああ、出産後は母親は大変だからな1ケ月休暇を取って奥さんを助けるように」

「解りました」

俺は小躍りした。休みだ、さて何をしよう。妻が妊娠したことでようやく俺にもご褒美が来たと思った。


数か月後妻は女の子を生んだ。俺は育休期間に入った。1週間後妻が娘を連れて帰ってきた。だが俺は遅くまでゲームをして、昼頃まで寝ている。起きて飯食べてだらだらとTV。外に出ることはなかったが休みを満喫していた。家事が出来ていない千恵美を罵るのも忘れなかった。

2週間ほどそんな生活を続けていたが、いつも通り昼頃起きてみると、千恵美と美咲の姿が無い。

机の上に妻の欄の記入済みの離婚届と、『もう一緒に暮らせません。さようなら』と書かれた置手紙があった。

「え、出て行ったのか?」俺はびっくりしたが、まあそのうち帰ってくるだろうと暢気のんきに構えていた。

スマホの通知音が鳴った。課長だ、何だ?俺は電話を取った。

「はい、高谷です」

「高谷君、君は何のために育休を取ったんだね」

「なんの為って、休むため・・・」

「ばかもん!お前が休むんじゃなく、奥さんと子供の世話をするために会社は休みをやるんだ。お前何もせず夜更けまでゲームして、お昼ごろ起きてきているそうだな。朝から何回も掛けてやっとつながったところを見ると間違いないようだ。前にも育休を取ったやつが遊び歩いて浮気したりしたことがあったから、育休中の生活を聞くようにしているんだ。お前の育休は中止だ、今すぐ出社してこい!」

「は!はい!」俺はそう答え慌てて準備をし、出社した。


出社した俺は会議室で、人事部と課長から長々と説明を受け叱責された。俺の育休は有給休暇となり、俺は明日から通常通り出社することになった。


「くそ、これも千恵美が正直に答えるから」ここに至っても俺は自分が悪いとはこれぽっちも思っていなかった。


それから数日後、千恵美の依頼を受けた弁護士から連絡があった。

『千恵美様は離婚されたいとおっしゃっています』

「離婚はしない。する理由が無い」

『あなたのモラハラについては証拠を含め把握しております。協議離婚に応じないのであれば家庭裁判所に調停離婚の申請をいたします。よろしいですね」

「勝手にすればいいだろう」

『それでは手続きに入ります』そう言って電話は切れた。

調停離婚、モラハラ?なんでそうなる?俺には訳が分からなかった。


数週間後、家庭裁判所から調停の出頭命令が届いた。ここにきてようやく危機感を覚えた俺は弁護士の無料相談に行った。書類を読み終わった弁護士は

「これは勝てませんね、奥様の言う通りの条件で離婚が成立する可能性が高いです」

「なぜですか?」

「モラハラがひどすぎます。あなたは夫として、父親としての役目を全く果たしていない。調停員も奥様に同情するでしょう。覚悟なさることですね」

「弁護士を立てても無理ですか?」

「負けるとわかっていて弁護に立つ弁護士はいませんよ」その時事務員がやってきて何やら耳打ちした。

「無料相談の時間は終わりました。お帰り下さい」

「待ってください、本当に離婚を回避する方法は無いのですか?」

「ありません」そう弁護士は冷たく言い放った。

俺はとぼとぼと、弁護士事務所を後にした。


その後、弁護士を頼めるわけでもなく、有休をとり、指定された日に家庭裁判所に向かった。

調停員と千恵美の依頼した弁護士から、いろいろと説明を受け、相談した弁護士の言ったとおり、俺には勝ち目がないことが解った。

「あなたはこれからどうしたいのですか?」

「できれば離婚せずにやり直したいです」

「この場に及んでまだそんなこと言うんですか、全部あなたがしたことでしょう。千恵美様はあなたとやり直す気は全くありません。そしてお嬢様の親権も渡さないと言っておられます。あなたには慰謝料と養育費、別居している期間の婚姻費用を払ってもらいます。いいですね」

「待ってください、千恵美に直接話をさせてください。話し合えば・・・。」

「それは出来ません、千恵美様は心を病み心療内科に通っておられます。原因であるあなたに会えば症状が悪化する恐れがあります。納得いかれないようであれば病院の診断書をお出しましょうか?それと千恵美様と美咲様への接見禁止の申請を合わせて行います」

「そんな~・・・」

「では、お互いの意見も出ましたので、1か月後結審します」調停員がそう言うと調停は終了した。


1ケ月後、家庭裁判所で調停の判決が下った。俺は妻に慰謝料と、養育費、財産分与、婚姻費用を払い、娘の親権は千恵美が取った。

これ以上は裁判で争うしかないと調停員に言われ、俺は判決を受け入れるしかなかった。


最初は本当に羨ましいだけだったんだ。でも暴言を吐くうちにそれが当たり前になり快感にすらなっていた。

でもそのために俺はすべてを失った。一度は愛した人の心を病むまで追い詰めた。


もう遅い、今となっては後悔しかない。















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