贔屓(ひいき)

『おい、美咲みさき、俺達そっちに戻ることになったから、その家から出ていけ!』

「いきなり電話してきて何なの。ここに戻るから私が邪魔ってこと?」

『その通り。俺が後継ぎだから、俺が住むのが当然、お前は母親の世話係でしかなかったってことさ』

「解ったわよ。いつごろまでに出ていけばいいの?」

『今月末までには出ていけ!』

「あ、そう。それだと急がないとね。えっと私が買った物は持っていくよ。それとお母さんの世話や援助は家を出たらしないからね」

『援助だ!笑わせるな!家にいるだけのニートのくせに。親に寄生するのもいい加減にしろ、家を出たら二度と敷居をまたぐな。解ったな!』そう言うと一方的に電話は切れた。

申し遅れました、私、江川美咲えがわみさきと申します。実家で母と二人暮らし、今電話してきたのは兄のたけし。昔から両親は長男の猛を贔屓ひいきして、私は虐げられていたの。なのになぜ実家で母と暮らしているかって?数年前に父が病気で亡くなったときに一人で暮らすのは寂しいと母が言って、兄は他県にいたし仕方なく私が実家に戻って母と暮らすようになったって訳。この家は兄が継ぐことになるだろうしいずれ出て行かないといけないとは思っていたけど・・・。


「お母さん、さっき兄さんから電話があってこっちに戻ってくるから、私に出て行けと言うの。今月中には出ていくから、これからは兄さんを頼ってね」

「そうかい、猛が帰ってくるのか。それは嬉しいね。あんたと暮らすよりよっぽどましだろう。あの子が後継ぎだしね」

「私が買った物は持っていくからね、明日から住む家とか探すから」

「そうかいそうかい、今まで我慢していたかいがあったよ。あんたの顔を見なくても済むようになるんだね。よかったよかった」母は今までになく上機嫌でそう言った。


やっぱり変わらないんだな。いくら尽くしても何も届かない。もう疲れた。後はどうなっても知らない。出ていこう。私はそう思い用意を始めた。そして期限の月末までに家を出た。


引っ越し先は実家からかなり離れた場所にした。生活圏が被るのは困るから。兄は私がニートだと思っていたようだけど、実際はデザイナーとして在宅で働いていて、かなり稼いでいるから生活に心配はない。むしろ実家にいた時は家にお金を入れていたから、それが無くなった分家賃を払っても余裕のある生活ができる。家電も自分で買った物は持ってきたからあまり買い足すものもなかったしね。そうして家を整えて一人暮らしに慣れてきたころ、また電話がかかってきた。


『おい、美咲。家に家電がほとんどないのはなんでだ、お前盗んだのか返せ!」

「私が買った物だから持ってきただけよ。前の電話の時そう言ったでしょう」

『ニートのお前が買っただと冗談もいい加減にしろ!母さんが言ってたんだ、美咲は家の事をしないときは部屋に引きこもって何をしているのかわからないって。だから母さんの金で買ったに決まってる!』

「はぁ~母さんそんなこと言ってたの、今はパソコンがあれば在宅で働いていて普通の会社員より稼げる時代よ。お父さんが亡くなって実家に戻る為に退職届を出した時、上司に『そうゆう理由なら退職はしょうがないが、仕事を依頼するから続けてくれないか』と言われて、個人で依頼を受けて続けていたの。評判がよくて、ほかの会社からの依頼も受けるようになって忙しいから部屋から出れなかったんじゃない。だから壊れたものは私が買いなおしていたし、お母さんたら、借金の返済で遺産使ってしまったから生活費も出していたしね」

『なんだと、借金なんて聞いてないぞ』

「知ってるかどうか知らないけれど、負債だけ相続放棄はできないの。家のローンは保険金で何とかなったんだけど、兄さんを大学にやるために組んでいた教育ローンが残ってしまってね。実家を売ってお金を残す方法もあったけど、『家は猛に残す』って言って、結局現金払い。だからお母さんお金持ってないよ。年金貰らえるのはまだずいぶん先だし、前に言ったよね家出たらお母さんの援助も世話もしないって。まあ、頑張ってね。もともと兄さんの為にした借金だし」

『なんだと、おふくろ金も無いのか。こっちに戻ればなんとかなると思ったのに。畜生。なあ、美咲、俺今仕事していなくて金無いんだよ。少し貸してくれ』

「お断りします。まあそんなことだと思ったわ。親の遺産で楽に暮らせると思っていたんでしょうけれどあてが外れたわね。今までさんざん馬鹿にしておいてよく言えたもんだ。大学に行かせてもらって、いろいろ買ってもらって。いい思いしてきたじゃない。私は何もしてもらってない。公立高校を出てから今まで自分で頑張ってきた。お母さん兄さんが帰ってくるって知ったら、『これでお前の顔見なくていい。よかった』だって。そんなこと言う人を助けるわけないでしょ。3人でまじめに働くのね。解ったらもう連絡してこないで、あなたたちとは絶縁するわ。さようなら」

『おい、美咲、助けてくれ、美咲…』そんな声が聞こえたが「どっちが寄生虫なんだか」と呟くと私は電話を切った。そして兄、母、義姉の連絡先をブロックした。念のため電源も切った。


兄は金遣いが荒くお金が無くなると成人してからも親に頼っていた。義姉もブランド品好きの浪費家。よく似たもの同士結婚したものだ。母だってまだ働ける年齢なのに、お金が無いと言いながら働くのは嫌だと言った。ここまで怠け者が揃えばどうなるか興味はあるがまあかかわらない方が身のためね。血縁者でも自分の利益にならない人と繋がっている必要は無い。自分の身を守るためにも。


さて、このスマホ解約しよう。必要なところには新しいスマホで連絡できるようにしたし。これからは自分のために生きよう。在宅も飽きたし、会社勤めに戻るのもいいわね。たくさんの人に会ってもっと世界を広げよう。

私は希望を胸に外出の準備を始めた。







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