第2話 ボクの名前
ボクの名前は田中未来っていうんだ。お母さんのお腹の中にボクがいた時に、男の子でも女の子でもどちらでもいい名前にしよう、明るい未来になるように未来っていうのにしようって決めていたんだって。
それともう一つ大きな意味があるんだ。
その話を聞かされたのは、ボクが保育園の年長さんの時だった。
ある日の日曜日、ドライブに行こうっていうことになって、お母さんのリクエストで高田松原にお父さんの車に乗って行ったんだ。
盛岡から高田松原まで、車で約二時間近くかかるんだ。長い道のりだからボクはあきてしまってダダをこねたのを覚えている。だってしようがないよね。まだ五才とちょっとの時だもん。チャイルドシートのベルトも嫌だったし、外の景色だけ見ていてもつまらなかった。
お父さんは車のテレビでその時はやりのDVDを見せてくれたり、お母さんはおやつをたくさん用意していて、ボクがダダをこねるのをいっしょうけんめいごまかそうとしていた。
途中道の駅っていうところでトイレに行ったんだ。
そこの道の駅は風が少し強くてボクが車のドアを開けたとたん、風がビューっと音を立てたから少しびっくりした。
道の駅にはだいこんやにんじん、ほうれん草とかのいろいろな野菜があったり、おみやげのお菓子があったりして、楽しいところだと思った。
ソフトクリームを買ってもらって食べたのを覚えている。すごくおいしかった。
でもそこの道の駅からもまだまだ高田松原は遠くて、ボクは車が走り出したとたん眠くなってねてしまった。
「未来おきて。高田松原よ」
しばらくしてからお母さんの声で目がさめた。
ボクはおどろいた。だって何もないんだもん。見えたのはずーっと広いコンクリートの道と、土と、パワーショベルと大型トラックが何台もあった。
お父さんは道ばたに車をとめた。
「ずいぶん変わったわね。あの松林が全然ないなんて信じられない」
お母さんが言った。それから一本だけある松の木を見て
「未来、これがキセキの一本松って言われている木よ。お母さんの知っている松の木はもっといっぱいあって、この辺り全部が松林でおおわれていたの。松ぼっくりもたくさん落ちていたわ。ぼうはていっていうのがあってね、そこの階段を上がって行くと辺り一面広い砂浜と穏やかでキラキラした海が見えたの。海水浴場としても知られていて、夏になれば多ぜいの人たちでにぎわったわ。お母さんは小さいころからおじいちゃんとおばあちゃんに連れられて、ここの海で遊んだの。ピンクや白い貝がらをひろったり、近くのお店で焼きそばとジュースを買ってもらって食べたのよ。それなのに…」
お母さんの顔を見たら、お母さんは涙を流していた。ボクはその松林も砂浜もわからないけれど、なんだか悲しくなってきた。
「未来が生まれる少し前に大きなじしんが来て、つなみがおそってきたんだ。あー、つなみっていうのはな、いつもなら静かでおだやかな海が真っ黒い海に変わって、ぼうはていを乗りこえて町中を海だらけにしてしまうんだ。お父さんも昔のそのお母さんが遊んでいた砂浜を知っているけれど、今のこんな砂ぼこりで何もないような場所じゃなかった。それでそのつなみが来てたくさんの松林が倒れたり流されたのに、この一本の松の木だけが残ったんだ。だからキセキの一本松ってよばれているし、高田松原の人たちはこの木を見て、また未来に向かって頑張ろうとして生きているんだよ。未来の名前はこの松の木のように、強く優しく希望のシンボルとなるような明るい未来になって欲しいっていう気持ちで、お父さんとお母さんが考えた名前なんだ」
お父さんは力強い顔で一本の松の木を見て、そう教えてくれた。
ボクはむずかしくてあまりよくわからなかったけど、すごく大切でいい名前なんだって思った。
少し何もない砂ぼこりの道を歩くと、お母さんが立ち止まり
「この辺りにおじいちゃんとおばあちゃんの家があったのよ。そこでお母さんが生まれて育ったの」
お母さんはしゃがみこみ、その場所の土をなでた。
「未来、お前の名前は自分で明るい未来をきずけるように、嫌なことがあっても必ず明るい未来がくるっていうことを覚えていて欲しい。そして困っている人がいたら助け合うのよ。人は一人じゃ生きていけない。いつも誰かに助けられている。未来もそれを忘れないでね」
「うん、わかった。ぼくも誰かを助けたり役に立ちたい」
「そうだな。お父さんも困っている人がいたら助けるよ」
お父さんがそう言って、しゃがんでいるお母さんの両肩を持って立ち上げた。
ボクはボクの名前が大好きになった。
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