第2話

  果たして、源太左衛門の予想は当たった。一刻ほども粘ったが、黒門は頑として開かれない。具足を纏った市之進の背には、白地に黒の直違紋の旗指し物が刺さっており、城からはそれが見えているはずだった。

 時間がない。このまま、源太左衛門らの元に向かうのは無念だった。だが、こうしている間にも、棚倉方面やたいらの方から、西軍は二本松に迫っているに違いない。

 市之進は、思いを断ち切るようにきつく目を閉じ、馬首を米沢藩と福島藩の境である栗子くりこ峠の方に向けた。

 こうなった以上は、せめて故郷で敵を一人でも屠ってから、死ぬ。そう腹を括ると、不思議と気分が静まるのを感じた。

 四年前の常州騒乱のときは、二本松は「官軍」だった。だが、今度は違う。西軍は錦旗の御旗を手中にしており、東軍を「賊軍」と嘲っている、という。

 二本松藩内でも、「賊軍」の汚名を着せられることには耐えられないと叫ぶ者もあり、上層部でも紛糾しているらしかった。だが、ここで武士としての誇りを見せなければ、どうして先祖や家族に顔向けできようか。

「急いでくれ」

 そう声を掛けて首を軽く叩いてやると、馬は市之進の願いに答えるように、いなないた。

 わずか七十石の市之進は、とても自分の馬が持てる身分ではない。米沢まで乗ってきた馬も、藩から借り受けた馬である。だが、馬はまるで昔から市之進と戦場を駆け回ってきたかのように、従順だった。馬が速歩になったのを確認すると、市之進は息を弾ませた。

 

 福島で一泊した翌日、馬の返却がてら登城して源太左衛門にありのままを報告すると、「そうか」と答えたのみだった。温厚な印象の強い源太左衛門だが、さすがに今はその表情も強張っている。傍らでは、やはり家老の一人である丹羽にわ一学いちがくが、湖面のように静かな表情で市之進の報告を聞いていた。一学は二本松藩の代表として少し前まで白石の列藩会議に詰めていたはずだが、二本松藩に敵が迫っているのを知り、一部の部下を白石に残したまま、同じく外交役を務める丹羽新十郎と共に帰国してきていた。その新十郎も、郡代を務めていた関係上市之進とは馴染みがあったが、今は眉根を寄せているのみである。

 だが、上司と部下として付き合いのあった市之進には、察せられるところがあった。

 二人ともこの地で敵を迎え撃ち、二本松の誇りを賭して死ぬつもりだ。

「城下に触れを出す準備をさせるか」

 源太左衛門が、ぽつりと呟いた。二本松が恭順を示せば、多少なりとは生き永らえる者も出てこよう。しかし、奥羽越列藩同盟の一員である以上、恭順降伏は同盟への裏切りを意味し、武士としての信義にもとる。そうなれば末代まで「裏切り者」として汚名を受ける。降伏により一時的に社稷しゃしょくを保てたとしても、破倫者として周辺から後ろ指を指されるのは、武士の恥でもあった。

「さすがに、女子供や老若まで見殺しにするような真似は、米沢もするまい」

 寂しげに、だがどこか狡猾な口ぶりで源太左衛門が述べた。その言葉に、市之進は引っかかりを覚えた。

「もしや、御家老。それを見越して……?」

 思わず詰る口調になった。「無理を通すな」と言われたのは、そういうことか。

 市之進の交渉に米沢が応じてくれるならば、それに越したことはなかった。だが、米沢藩にも白河の戦況は伝えられているはずである。たとえ奥羽越列藩同盟の盟主であっても、所詮は二本松藩の命運は米沢藩にとっては、他人事だった。そのような米沢の本音が暴露されて二本松の避難民を見殺しにした場合、米沢の評判は地に堕ちる。今市之進が援軍を断られたとしても、後に再び救いを求める際に、「あのとき、米沢は二本松を見殺しにしようとしたではないか」という口実ができるはずだった。

「そなたには、恨まれても致し方あるまい」

 源太左衛門の言葉に、市之進は首を横に振った。確かに、謀略めいてはいる。だが、二本松の全てを失うわけにはいかないのも、また事実だ。非戦闘員の命脈もつながなければ、やはり先祖に合わせる顔がない。

 源太左衛門は生き残る者たちの命脈の守り手を受け持ち、二本松の名誉は一学らが守る。自ずと、そのような役割分掌が出来上がっているようだった。そこに未だ戦場にある者たちの意思がないのが滑稽ではあるが、それは各々が決めることなのだろう。

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