第一夜

 これは、今も続いている話。




「徹。準備できたか?」


「はい!お願いします」




 俺、石子徹いわこ とおるはそう言うとバイト先へ向けて送迎をしている先輩の車に乗った。




「今日初めてだっけ?」


「そうなんですよ。なんだか、夜に働くなんて緊張しますね」


「まあ、すぐ慣れるよ。あ、タバコいる?」


「いえ…まだ吸えないので」


「あ、そっかそっか。ま、吸いたくなったら言ってよ。いつでもあげるよ~」


「……ありがとう、ございます」




 大学近辺に住んでいる俺は、隣市のコンビニの夜勤をバイトに選んだ。選んだ理由としては、俺自身が部活やサークルの掛け持ちで昼や夕方は暇がないこと。


さらに、夜勤を経験してみたかったという理由である。周りからは変わっていると言われたが、自分もそう思う。


 隣市では夜勤バイトや学生バイトを多く募集している。理由としては、その市に若者が少なく、大学がある所から人を呼んでこなければならなかったからだ。


 バイト先までは約30分かかる。田舎であり、道も暗く交通の便が悪いため住むなら車必須の場所である。




「着いたよ。さあ行こうか」


「はい!」




 夕勤で入っていた人達に挨拶をし、バックヤードへと入っていく。バックヤードの入り口は、トイレのすぐ横だった。


 そこからバックヤードに入り、オーナーさんとの二者面談が始まる。


 履歴書を渡し、一通りの質問をされ、その時間は過ぎていく。




「うん、とりあえずオッケーだ。今日中にはレジ打てるようにしてもらうからね」


「はい!よろしくお願いします」




 バイトの時間は固定で、0~9時。深夜の納品、陳列棚のフェイスアップ、時間指定シール等、多くのことを深夜に詰め込まれた。


 そして、接客のための声出しが始まる。オーナーが大声で言ったことを、ひたすら大声で繰り返す。午前3時のことだ。


 それが一通り終わると、次はレジの打ち方と廃棄時間、フライヤー等のやり方を教わった。


 ここまでは、普通の新人研修である。






 違和感を覚えたのは、その後だ。





 一通りレジの説明が終わると、一旦休憩を貰った。


 その休憩中、俺はトイレに行くことにしたんだ。


 ずっと立ち続けて5時間程。もう足と膀胱が限界だった。


 急いでトイレに駆け込む。トイレの扉を閉める。ガチャン、と鍵の閉まる音がなり、俺は急いで便座に座った。


 膀胱から力が抜け、安堵の表情を浮かべた、次の瞬間ーー





 誰かに、見られている。





 下に向いていた頭を、急いで上げる。


 誰も居ない。


 なのにーー


 まるで、誰かに見られているような……そこに人が居て、こちらを凝視されているような感覚が、俺にはあった。




「……」




 身震いがし、俺は急いでトイレから出た。


 トイレから出た後も、こちらを見られているような感覚に襲われた。


 その日それ以降は、そんな感覚もなく無事一日目が終了した。

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