第9話
「私の買いたいものは買えたし、ついでに観光でもして行くかい? 王都に勤務していたとはいえ、どうせ観光の類いはろくにしていないんだろ?」
「いや、いいですよ。べつに行きたいところがあるわけでもないですし」
「そう?」
アンドレアが気まずさからふと目を逸らした瞬間、けろりと元の表情に戻ったイヴに尋ねられてアンドレアは首を横に振った。
王都といえば商業施設や美術館など、さまざまな娯楽施設が集まっていて、とくにこの地区は観光に力を入れているので遊ぶにはうってつけだろう。しかしアンドレアが観光するとなると、それは自然とイヴになにか奢らせることになるのでそれは申し訳ないなと遠慮した。
もし本人にそれを正直に伝えたら、遠慮するなんて弟子のくせに生意気なと拗ねてしまう気がするが。
「そうか……じゃあ今日は王都に泊まって明日出発しよう」
「なら宿の予約をしないとですね。適当にとってきます」
「おお……私の荷物持ちくんがいつの間にか雑用係になっている……」
「せめて弟子って言って欲しいんですけど?」
イヴにそう返し、アンドレアは表通りを歩いて宿屋を探した。観光地地区の隣の地区にたくさん並んだ宿屋からレベルが低すぎず、高すぎない宿を見つけて一泊分の予約を取った。
そして再び表通りに戻ると、イヴは噴水に腰掛けて街を眺めていた。
白を基調とした建物、表通りを楽しげに歩く観光客、それを自身の店に呼び込む店員たち。
それらすべてを見守るように、しかし時折睨みつけるように見ていた。
「なにしてるんですか?」
「人間観察と言ったところかな」
「そうは見えませんでしたけど」
すっとイヴの隣に座ったアンドレアの問いにイヴは迷うことなくそう答えた。視線をこちらに向ける様子はない。
「お腹空いたなぁ……」
「昼時ですからね」
お腹が空いたというイヴの言葉で、アンドレアたちは昼食をとることにした。
時間帯が時間帯なので客が多いものの、なんとか席に案内されて料理を注文して食べる。
アンドレアは店一推しの品を、イヴはそういうものに関係なく自分が食べたいものを選んだようだ。
腹を満たしたアンドレアたちは、まだ増えるかという勢いで客足が伸び続けているレストランを出て、人通りが少し減った表通りを歩いた。
イヴもアンドレアも互いに行きたいところがないので適当にぶらつこうという話になったからだ。
表通りから覗かせるレストランはどこも満員で、さすがは王都だと言わざるをえない。少し高級そうなレストランでさえ外で列を成して待っている客がいるくらいだ。
「人がうじゃうじゃいるな」
「ここは王都、しかも観光に力を入れている地区ですからね」
「魔法省がある地区にも観光客はいるのか?」
「まぁ、いるにはいますけど、ここまでではないですよ」
「ふぅん」
自身から話題を振ったくせにイヴは興味なさそうに相槌を打った。
「気になるなら一度行ってみたらどうですか?」
「行かない。ぶん殴っちゃいそうだから」
「師匠が言うと冗談に聞こえないから怖いですね」
「冗談じゃないからね」
アンドレアの提案を即拒否してイヴはふらふらといろんな店を覗き込みながら歩いていた。
イヴが覗いた店の中には宝石店もある。店の外からでもわかる大きなショーウィンドウには大粒の赤い石が飾られていた。
「あれ、さっき師匠が買った賢者の石に似てますね」
「たぶん賢者の石の偽物だよ。アンが宿の予約をとりに行っているときに小耳に挟んだんだが、どうやら最近王都では窃盗の被害に遭っている店が多いらしい。たぶんあの店もその窃盗の被害に遭って、ショーウィンドウには元々別の宝石を飾っていたけど、それが盗まれたから代わりにレプリカを飾っているんだろう」
「なるほど、でも王都で盗みを働くとはなかなかの勇気ですね。ここには魔法省もあるし、警察本部だってあるのに」
「盗人の考えることはわからないものさ。案外王都だから大丈夫、なんて勝手な信頼で警備を手薄にしている店が多かったのかもね」
「ああ、なにかあってもどうせ警察がすぐに駆けつけてくれる、みたいな」
「そうそう」
アンドレアの言葉にイヴは頷いた。
王都は王の住む城を中心として円形の形をした街だ。アンドレアたちがいる観光地の隣の地区はその観光客たちを泊める宿泊施設が多い地区で、その隣が警察本部がある地区になっている。
宿泊施設がある地区を挟んでいるが、そこさえ通り抜ければ警察はすぐそこ。そういった慢心が店の警備体制を甘くしてしまっていたのかもしれない。
ちなみに魔法省があるのは警察本部がある地区の隣だ。魔法省の署員はなにか事件が起きた際に警察と連携して事件の解決にあたることも少なくない。
もちろんそういった際に警察と協力しているのはアンドレアが元々いた支援課ではなく別の課だが。
「でも魔法使いが事件解決の協力を求められたときは支援課もその魔法使いのサポートとして事件現場に行くこともあったなぁ……」
ほとんど振り回され続けた記憶しかないが。アンドレアは随分と昔に感じてしまう過去を思い出して苦笑した。
「なぁ、聞いたかあの噂」
「なんだよ、噂だけじゃなんのことかわかんねぇって」
観光地の端の
「あれだよあれ、最近出しゃばってる泥棒の話!」
「なんだ、宝石や絵画みたいな高いものを盗んでいる泥棒の話か。それなら巷で噂になりすぎて何度も聞いたやい」
「その泥棒がまた盗みを働くって宣言したんだとよ」
「マジか、毎回盗みの前に狙うお宝を宣言するなんて変に律儀な泥棒だな」
「だろ?」
「んで、今度はなにを盗むってんだ?」
「それがここの美術館の絵画だとよ」
「ここの美術館は警備が他のとこよりもかなり厳しいのに? 盗むことにスリルでも覚えてんのか?」
「知らん、が王都一番を誇る警備を出し抜いたとしたらそれはすごい腕前だと警察も認めざるを負えないんじゃないか?」
「いやいや、散々盗まれておいてまだ警察は負けを認めてないのかよ。もう警察にはあの泥棒を捕まえるのは無理だっての。魔法使いが犯人だって噂だぞ?」
「魔法省が認めた魔法使いが罪を犯すとは思えないがなぁ……」
「だから、あれ。魔法省が知らない未登録の魔法使いクラスの魔法を使える人間の仕業だって」
「ああ、なるほど、それはありえるな」
「一部の新聞では奇跡、神の所業なんて謳われるくらいの凄腕だってんだ。警察にも魔法省にも歯はたたねぇよ」
奇跡、という男性が発した単語にイヴの耳がぴくりと反応した。
「なるほどなるほど、それはなかなか興味深いな。もう少し詳しい話を聞かせてくれ給え」
「師匠⁉︎」
先程まで隣にいたはずのイヴは目を輝かせて男性たちに食い気味に声をかけていた。
「ちょっと、なにしてるんですか!」
「こういう話は大好物なのだよ」
「いや、この人たち師匠が急に音もなく近づいてきたからびっくりして固まっちゃったじゃないですか」
先程までひそひそと話をしていた男性二人はイヴは突然姿を現したので驚いて口をぽかんとしていた。
「あ、いや……俺たちも詳しい話は知らねぇってか」
「噂話しか聞いてないというか」
「それでいい。その噂話とやらを聞かせてくれ給え!」
「え、ええ……」
男性たちはぐいぐいと前傾姿勢で話を聞こうとするイヴの気迫に少したじろぎながらも巷を騒がせている泥棒についていくつかの噂話をしてくれた。
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