第2話
あまりにも見窄らしいという理由で服を買い与えられ、礼は出世払いでいいよと言われてはや一週間が経った。
不健康な体格は完全には戻っていないものの、体力は戻りつつある。今日も今日とてアンドレアは自身を買った主人・イヴに荷物を持たされていた。
「これ、なにが入っているんですか?」
イヴが先程入った店で買った物は両手で抱えられるほどの大きさの紙袋に入っているのだが、大きさに比べて中身が重すぎる。
アンドレアは落とさないように慎重に荷物を運びつつ、一歩前を歩くイヴに問いかけた。
「乙女の荷物の中身を知ろうだなんて、どうかと思うね」
「いや、なら俺に持たせないでくださいよ」
「なにを言っているんだ、きみは私の荷物持ちだろう?」
「それは……そうですけど」
アンドレアはこれ以上荷物持ちが反論しても意味がないと察して口を閉ざした。
アンドレアを買った少女、イヴはアンドレアを荷物持ちとして買った。だからイヴはアンドレアに荷物を持たせるが、それでも奴隷扱いしてくることはなかった。
食事も、今着ている服もイヴが用意してくれたものだ。
本来奴隷にされたなら、もっと酷い仕打ちが待ち受けているものだろう。しかし今のアンドレアの待遇は奴隷にしては優しいものだった。なのでなにか文句を言ってイヴを怒らせてしまって捨てられてしまうのは困るので、ここはおとなしく従う方がいいのだろうと判断した。
「はぁ」
ショーウィンドウに映る自身の姿を見て、ため息をついた。
荷物持ちの仕事は重いものを持たされるときは大変に感じるものの、それ以上を求めてこないイヴに不満はない。
ちゃんとした食事を与えられて、必要であれば服まで買ってくれる。良い主人に巡り会えたものだ。
しかしイヴには秘密が多かった。一緒に過ごして一週間。アンドレアにわかったイヴのことといえば、彼女は特定の家に住んでいないということ。言うなれば旅人だ。
一週間の間に二つの町を移動して、夜は宿に泊まっている。特定の場所に縛られないのがイヴという少女だった。
「ああ、そうだ。この町を出る前にもうひとつ買いたいものがあったんだった。荷物持ちくん、ついて来給え」
「はいはい……」
これ以上荷物が増えるのか、とアンドレアは苦笑しながらイヴのあとを追う。この町はアンドレアが来たことのない町だ。決して大きくはないが、イヴと離れてしまっては迷子になってしまうだろうし、もしこの歳で迷子になってしまったらきみの方がお荷物だ、なんて言ってイヴに切り捨てられるかもしれない。
それは無一文のアンドレアにとって大変良くない結末だ。なんとしても避けねければならない。
「よしよし、真紅の石の欠けらを無事に買えたな」
「真紅の石ぃ?」
真っ赤な石の欠けらがたくさん詰まった透明の袋を片手に、満足そうに店から出てきたイヴに問いかける。するとイヴはジトっとアンドレアを見つめた。
「すんません。荷物持ちは黙ってます」
「いや、言葉を発してもかまわないけど。きみは真紅の石を知らないのか?」
「え、その……知らない、ですね」
どうも自分より歳下の少女に敬語を使うのは慣れない。しかし今の二人の関係は主従関係。ならばアンドレアは買い主であるイヴの顔色を窺わないといけないだろうし、馴れ馴れしく話しかけるのもいけないことだろう。
下手なことを言っていつ捨てられてしまうのか、という恐怖とともに過ごさなければならない。
「そうか、知らないのか。まぁいい。これも追加で持ってくれ給え」
「はい」
イヴに渡された袋を受け取り、元々持っていた紙袋の中に仕舞った。
小さな石の欠けらなだけあって重たくない。そろそろ腕が痛くなってくていたので重たくない荷物で助かった。
「貧弱だな、きみは」
「この紙袋が重すぎるんですよ」
「重いもなにも、銅が入っているだけだぞ」
「それは重いに決まってるじゃないですか」
紙袋の中身が銅だというのなら、何十冊分もの本を抱えている気持ちになるのもしかたがない。というよりなぜ銅などを買っているのだろうかと疑問を覚えたが、変に質問して機嫌を損ねるのはいやなので湧き出た疑問はそっと心の中に封じ込んだ。
「そんなに重たいと思うのならば魔術を使い給え、魔術を」
「ま、じゅつ? ……ああ、もしかして魔法のことですか? 申し訳ないですけど、あいにくと俺は魔法適性が低くて簡易的なものしか使えないんです。魔法使いたちのサポートなら前職でしていたんですけど」
イヴの魔術という聴き慣れない言葉にそう言い返す。するとイヴは露骨に表情を歪めた。
「魔法使いのサポート? ケッ、なんだきみは魔法省の人間か。ならシッシッ、さっさと元の場所に帰り給え。私はあのお堅い魔法省がきらいなんだ」
イヴは虫を追い払うかのようにアンドレアを手で払った。
これは困ったことになった。まさかイヴの地雷ワードが魔法省だとは。このままではイヴに捨てられてしまう。それに元の場所に帰れと言われても、
「あ、いや、その……魔法省はクビになってしまって。なので帰れと言われても行く当てがないんです」
アンドレアには帰る場所がない。職場も、実家も、すべて失ったのだ。
帰りたくても帰る場所などどこにもない。
「なんだ、そうなのか。よかったな、きみ! あんなところで働くくらいなら私の荷物持ちをしている方がいいよ。真紅の石を知っている様子じゃなかったし、魔法省の人間だったということは魔術のことを本当に知らないようだね。しかたがないから旅の片手間に魔術の使い方を教えてあげようじゃないか」
アンドレアが今はもう魔法省との関わりがないと知って、幾分か機嫌を良くしたイヴは胸を張ってそう言った。
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