後朝待たずのリウゼンシュタイン

 モントリヒト公国は王都の西方に位置する小さな国だ。ヴォルモント公爵の領地にあるが、近隣の小国と同盟をしいており、名目上は特定の君主を持たない。モントリヒト公国立のスクールに、15のフィアは入学を決めていた。モントリヒト公国の事実上の統治者は、若き公爵であるフランツ・ヴォルモントだ。

 前戦争で両親を亡くしたフランツはフィアの父であるラヌス王からの信頼を置かれている。両親が前戦争での被害を最小限に抑える働きをしたためだ、とフィアは聞いていた。

 フランツの両親は魔法の研究を行い、公国周辺の被害を押さえたらしい。フランツ自身もまたガルド人でありながら魔法の知識が豊富で、ティアトタン国やリュオクス国などの歴史にも造詣が深い。

 しばしば城にやってくるフランツに、フィアはこっそり声をかけていた。公国には学校はないの?そこに私は入れない?と。


 テオドールに気づかれると、言いがかりをつけられて、フランツとの交流が断たれる可能性があるので、テオドールが父親の仕事に帯同して国を空けているときを狙うのだった。


 フランツは、

「公国立のスクールがある。フィアが適正な年齢になってガルド人に紛れられたなら、後見人になるよ」という。立ち振る舞いやガルドの知識など、フィアが学ぶべきことは多すぎた。フィアは自由気ままに育ってしまったため、令嬢としての振る舞いや素養にはまったく自信はない。

 それに加えて、強すぎる腕力と魔法とが相まって、スクールの生徒として過ごすには抑制魔法が必須だ。

 貴族の娘としての振る舞いを、友人たちや教育係たちから学び、何とか体裁を整える。れっきとした貴族令嬢であるビアンカに共に入学してもらい、スクール在学の間は乗り越えることに成功した。

 一つだけ、フランツから気をつけるように言われていたのは、魔法のエナジーの枯渇だ。ガルドではティアトタン国と比べると魔法のエナジーが少ない。地下国出身の母を持つフィアは、特に地のエネルギーが必須だ。枯渇した場合には「化けの皮」が剥がれてしまう。

 エナジーの供給方法をフランツは教えてくれた。その方法には、スクール時代から慣れておいたほうがいい、と言うのだ。

 そして、フィアに姓を与えてくれた。

 フィア・リウゼンシュタインだ。

 その後、父のラヌスはフィアに期限を与えた。5年間見聞を広めるために自由に旅をさせる、と。

 ただし、正体は隠さなければいけない、と念を押されていた。ティアトタン国の姫であること、さらには、ライアが母であることを知られてはいけない、と父からは言われていた。


 モントリヒト公国よりも西方の地域は前戦争以降、野蛮な地域と言われている。ビアンカはガルド地域にルーツを持つため、スクールの生徒や教師から好意的に受け入れられていたが、西方地域の出身であるフィアはスクール入学時に様々な噂にまみれていた。

 野猿、猪娘と言われる他には、公爵の愛人、愛玩少女とも言われ、まともなイメージは一つもない。

 ただ、フィア自身は姫と呼ばれないことを歓迎し、そのイメージを喜んでいた。スクールの授業はフィアにとっては新鮮で同年代の学生と接する機会にワクワクする。

 王都のことを語る学生たちの言葉を聞き、フィアは王都に興味を持つ。

「王都について教えて?」

「仲良くしましょ?」と様々な生徒に声をかけているうちに、親しくしてくれる学生は増えてくる。

 ただし、ルキシウス一派をのぞいて。


 王都のアカデミーに入学できずに、父親である伯爵の苦肉の策としてモントリヒト公国立のスクールに来たルキシウス・ヴァルツァーは、傲慢な振る舞いで有名だった。

 学生たちを家臣のように従えて、好き放題している。男子学生には逆らえば進路を閉ざすと圧力をかけ、女子生徒には自分と親しくすれば職や縁組先を紹介すると迫っていた。

 ビアンカにも同様に声がかかったが、

「10年後にお願い」

 と柔らかにかわしている。野猿と呼ばれたフィアは、

「リウゼンシュタイン、お前は見てくれだけはいいな。オレの一夜の相手をするなら、縁談先くらいは紹介してやるよ」と嘲笑の対象にされた。ぐるりと、取り巻きで囲み話すルキシウスに、フィアが、

「ルキシウス、あなたの体格で私の相手が出来るわけない。骨がボキボキに折れると思う」と率直に感想を伝える。

 クスクスと笑い声が起き、ルキシウスは侮辱されたと感じたらしい。覚悟しとけよ、と捨て台詞を吐き、その日から目の敵にされるようになる。


 フィアは女子生徒の中では数少ない、騎士を志す課程に進路を取ったため、騎士を目指すルキシウスと接する機会が増えた。

 フィアはルキシウスに単純な興味があったので、試験の結果で挑まれたり、剣の技術を競われたりする中で、

「ルキシウスのことを教えて?」

「好きなものは何?どんなことを考えて、これまでやって来たの?」

「剣術の上達方法を知っていたら教えて?」

 と聞き続けていたら、ルキシウスはよりフィアに執着するようになる。決闘を挑まれて、

「野猿の私を負かしても、ルキシウスには何も箔はつかないでしょ」と言っても聞き入れられない。何度決闘しても、結果は五分五分だ。ただ、ルキシウスとの決闘により剣の扱いに慣れてくる。

 学力試験では毎回勝負を挑まれたので、

「学力には自信がないの、対等に闘うためにも、ルキシウスおすすめの教材を教えて?」と告げれば、大量の資料を自分の取り巻きに持たせて、フィアに渡してきた。

 何かの試験のたびに、勝負を挑まれるのに答えていれば、フィアの成績も目に見えて上がっていく。


 卒業前には、

「中々見られるようになったな。プロムの相手になってやってもいい」とルキシウスに言われた。

「残念だけど、プロムの日には、もう王都に行っているわ。騎士団に入る予定になっているから」とフィアが告げれば、その後取り巻きと共にやって来て、

「スクール卒業後に、リウゼンシュタインお前をもらってやってもいい。お前に他に貰い手なんていないだろ?」と迫ってくるようになる。

 ルキシウスは中々にしぶとかった。

「もっと格式のある家柄のお相手にしたらどう?私はあなたの期待するような持参金のある家柄じゃないの」と言っても、

「猪娘相手に持参金なんてあてにするわけがないだろ。伯爵夫人になれるチャンスをみすみす逃すのか?」と返してくるのだ。

 ルキシウスの言動を相談すれば、ビアンカには、「フィアに熱をあげているんでしょ、最初からフィアには特別ご執心だったし」と一言であしらわれてしまう。


 抑制魔法を使って、懸命に自分を隠している状態で熱をあげられても、意味もなければ未来もない。

 ガルド人であるルキシウスが望むような婚姻が出来るわけがないのだ。そして、テオドールを思わせるような、女としてフィアを自分の脇に控えさせておきたい思いが透けて見えて、フィアはすっかり困ってしまう。ルキシウスは友人としては、申し分ないのだから。


 そして、「フィアは、スクール卒業後に王都を目指す親しい相手を何人か見つけておくといい」とフランツに言われたことを思い出す。エナジーを得るために親しい友人が必要なのだ。

 フィアはスクールに来て初めて、ルキシウス相手にその方法を試してみることにした。

「話があるの、部屋に行ってもいい?」

 と言えば、予想外に柔らかな反応が返って来る。フィアが陥落したと勘違いしているルキシウスは隙だらけだ。ルキシウスはまんまと後ろを取らせてくれたので、一度で上手くいく。

「リウゼンシュタイン、お前も結局女だな」

 と言うルキシウスに純潔を捧げる必要はない。相手が夢見心地でいるうちに、エナジーを上手くもらえればいい。

 首の後ろに口づけをするだけでエネルギーの回路が開く。そこからエナジーを吸い取って、相手が眠りこけたあとは、部屋をお暇するだけだ。

 相手が逢瀬の後の甘い夢だ、と思ったまま去ればいい。

 間違っても、朝までいてはいけない。朝になればまやかしの魔法が解け、夢が冷めてしまう。恋人関係になったと誤解されては、後々面倒だ。


 ルキシウスのエナジーをもらい、寮の部屋に帰った後で、フィアは「私って、まるで淫魔みたいね」と自嘲する。恋人がいた経験もないのに、きっと淫らな噂がたつに違いないと思うのだ。

 ビアンカに話せば、「大丈夫。フィアの本当のことは私が知ってる。それにね、きっと、ルキシウスは女神を見たと思ったんじゃない?」と言う。

「フィアがガルドで人一倍努力しているのを知っているもの。絶対に、好きな人と結ばれるわよ」とビアンカからの励ましを受け、フィアは少しだけ気持ちが楽になったのだった。


 それ以降、ルキシウスはフィアに執着してこなくなる。遠目にぼんやりと夢の名残を思い出すような顔でフィアを見るだけだ。

 ルキシウスのおかげで、成績はうなぎ上りで剣の技術を磨かれ、フィアは首席で卒業することとなる。


 ガルドでの生活の間は、化けの皮を維持するためにフィアは何度も何度もこの方法でエナジーを取る。

 噂が立つのは仕方ない。フィア・リウゼンシュタインは優秀だが、遊び好き、あちこちに情夫がいると言われることもあった。どんなことを言われても、ガルドにいるためだ、と思う。

 けれど、本当に結ばれたい初めての相手が出来たときには、きっと既に誤解されているに違いない。どうせ遊んでいるのだから、大切にする必要もない女、だと。


 噂に興味がない、自分の目で見たことしか信じない。そのままの自分を見てくれる人。そんな人がいてくれれば、ひょっとしたら……。思いが通じ合うかもしれない。


 きっと、そんな相手には出会えないけれど。

 望むだけは自由。

 夢を見る権利くらいは怪力姫にもあるはず。


 騎士団入団を控えた、17歳のフィア・リウゼンシュタインは思うのだった。

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