スクール時代の友人代表


「フィア!剣遊びをしよう!」

 この頃は、そう言ってアインがしばしば騎士団の宿舎や訓練施設へとやって来て、フィアと剣を合わせたいと言ってくる。

 以前アリーセとクリストフが連れ立ってやって来て、

「アインがフィア様とお手合わせしたいといっております。お願いできませんか?」と言って来たのだ。

 ノインと戯れ程度とはいえ剣を戦わせていたフィアは二つ返事で了承した。それ以降はアイン一人でやって来ては、訓練施設でフィアと「剣遊び」として帰っていく。

 アインは「遊び」と言うにしては凄まじいパワーをもってかかって来るので、フィアも適当にあしらうことは出来ない。

 必死に相手をしていると、フィアもつい力がはいりすぎてしまい、訓練施設の一部を破壊してしまったり、剣がいくつも破損したりする。

 ゼクスに告げて修繕と強化をお願いすると、

「怪力同士だと、相当だな」

 と言われて、その度にうんざりとした顔をされるのだった。

「屋敷でも見たと思うが、アインはこれまでに各所を壊してきているんだ」と言うので、修繕関係はこれまで何度も経験していることなのだろう、とフィアは思う。

「お父様、もっと頑丈に作り直してよ!」と言うアインに、

「何でも経費でまかなえると思うな、度を越せば自腹を切らされる。大臣の監査が厳しいんだ」とゼクスは言う。

 アインは至ってのん気で、

「僕が騎士団に入れば、みんな経費になるね」と言うのだ。

 フィアからすれば、自分が壊したともいえる面もあり、申し訳なさもあるので、

「騎士団の仕事で少しでも賃金が手に入ったら、私も力添えするわ」とゼクスに告げる。

 しかし、

「期待はしない、恐らくこれから先いくらでも壊れる。壊れにくい素材を石工や大工に相談しても無駄だった。お手上げだよ」

 とゼクスは諦念気味に返して来るのだった。


 アインもフィア同様に抑制剤を使っているらしい。強すぎる力を抑えてもなお、凄まじいパワーなので怪力姫を呼ばれていたフィアもさすがに驚く。

 ゼクスからは、「怪力同士、よろしく頼む」と言われてしまう。かくいう彼もまた、気を抜くと電気系統を破壊する力があるため、抑制剤が必要らしい。



 アインのことを抜きにしても、フィアの元には様々な頼みごとが毎日のようにやって来る。エアハルトに行くべき話が、本人不在ゆえにブルーノではさばききれずに、フィアの元にやって来るのだ。自分はリウゼンシュタインへの信頼を上手く笠に着ている、とフィア自身は思っている。

 護衛から愚痴聞きに失せもの探し、ペット探しに縁組相談、そして行方不明者探しなどなど。御用聞きのような仕事が舞い込んでくるのだ。

 騎士団の本分ではないが、無視できない仕事である。


 仕立屋の依頼主のことは、そうした依頼の中で知ることとなる。

「宝石商の娘が行方不明になった」との話がフィアの元へ舞い込んできた。

 鑑定の依頼があり、娘が一人出かけた後で行方が分からなくなったという。宝石商の出入りのあったといういくつかの家にまわっていくうちに、伯爵家のヴァルツァー家へたどり着く。

 話を聞きに向かえば、その家の当主であるという人物から声がかかる。

「フィア・リウゼンシュタインか」

 と剣呑な声がかかり、リウゼンシュタイン関係ね、とフィアは思う。その声は極めて不機嫌でそして批判めいていたので、フィアは驚いた。

 共に任務に当たっていたのは、騎士団のライマー・ホフマンと、ロータル・ホイヤーだ。


 二人の顔をうかがえば、ライマーが、

「ルキシウス・ヴァルツァー様です」と告げてくれた。記憶が曖昧なことを告げていたため、話は早い。ルキシウス自身はその対応に怪訝な眼差しを向ける。

 ブロンド髪を持ち、青い瞳から放たれる鋭い眼差しが印象的な貴公子だ。

「ヴァルツァー様、何かお気に障ることがありましたか?」とフィアが問えば、ルキシウスは目を丸くするのだ。

「お前が俺の名をそう呼んだことなど、記憶にないが」という。

「失礼いたしました、ルキシウス様。私は記憶が曖昧なのです」とゼクスに言われた方法で切り抜けることにした。

「スクール卒業後には騎士団に入ったと聞いていたが、随分と悪名高いな」

「悪名とはどのような?」

「鼻持ちならないような、二つ名があるだろう?」

 と匂わせてくる。

 ライマーとロータルは訳知り顔で頷くので、例のことを言われているのだと思った。

「後朝待たず」は随分と浸透しているのね、と思う。


 フィアが否定せずにいれば、騎士団といえば、自分はエアハルト・ビュンテ団長と縁戚関係にある、とルキシウスは語りはじめる。

 早速行方不明者について尋ねてみれば、エアハルトが懇意にしていた宝石商の娘だという話を聞けた。さらに仕立屋や鍛冶屋にもエアハルトは好んで出入りしていた、とルキシウスは言う。

「エアハルトは身の回りの物を自分の好みに仕立てあげるために、私財を投じている」とルキシウスは言うのだった。騎士団の正装を自分好みにアレンジしていたのを、フィアは思い出した。

 エアハルトが行方不明者と関係があった可能性を知り、ゼクスに報告しなければ、とフィアは思う。

「ありがとうございます、ルキシウス様」とお礼を言えば、

「スクールの頃より随分と見違えたな。野猿でも猪娘でもない、上手く化けたな」

 と褒め言葉とも言えない褒め言葉を言われる。

 極めつけには、

「どんなに化けたとしても、お前が最初に捧げたのは俺だと、忘れるなよ」

 と言われてしまい、フィアは口を開いたまま、止まってしまった。数々あった濡れ衣話の中で一番の衝撃だ。

「さ、捧げた?」

「皆まで言わせるな、無粋な女だ」

「捧げたとは。そ、その。乙女の?」とフィアが尋ねれば、ルキシウスには眉根を寄せて、

「本当に、下品だな」

 と言われてしまう。取りつく島がない。

 そもそも誰が言いだしたの?と言いたかったけれど。

 捧げた、つまり、純潔を捧げた相手がルキシウス?フィアにはそんな記憶はない。

 自分はリウゼンシュタインではないから、当然だ、と思う。

 ただ、テオドールとの婚姻関係しかない自分が、たびたび遊び好きな女性として言われることに、違和感を覚えた。

 そして、ゼクスが信頼していたといリウゼンシュタインはそんなに、遊び好きな女性だったの?と思う。

 リウゼンシュタインが遊び好きでも構わないが、どこかイメージが乖離しているのが不思議だ。


 戸惑っているフィアをよそに、「鼻持ちならない二つ名は、エアハルトにもあったな」とルキシウスは言う。

「曙光嫌いのエアハルト」

 聞いた途端に、フィアの背筋に寒いものが駆け抜けた。

「曙光嫌い?」

 曙光とは夜明けの光のことだ。

「エアハルトも遊び好きも結構だが、家の名を汚されては困る。こちらにも影響があるしな」とルキシウスは言う。

 夜明けの光を嫌うのは、なぜ?

 逢瀬後の朝を待たないのは、なぜ?

「お前には汚れる家の名はないだろう?後朝待たずのお相手は、総督か。出世したな、フィア・リウゼンシュタイン」と嫌味で絞めてくる。

 更にルキシウスは、あてつけのように、スクールの時分、お前が話に乗ってこなかったから、従妹関係にある令嬢と婚姻したよ、と告げてきたのだ。

「愛人家業に飽きたなら、相手してやろうか?」

 といよいよ下世話な話を向けてきたので、いよいよフィアは腹が立ってくる。身に覚えのない醜聞は痛くも痒くもない。ただ、愛人発言はゼクスやアリーセにも不名誉だし、今の発言に関しては、ルキシウスの婚姻相手に対しても無礼だ、と思ったのだ。

「ルキシウス様。あなたのような貴公子様では、恐らく私に触れたら骨の髄まで骨折しますよ。そんな化け物がどうしてもお好きなら、ぜひお相手いただけますか?」

 と嫌味を投げておく。ライマーとロータルが吹き出した。ルキシウスは目を見開き、そして、大きくため息をつく。

「数年前と同じことを言っている。お前は、やはり野蛮な猪のままだったな」と言うのだった。


 屋敷を出た後で、

「あの発言は騎士団外の方しか出来ませんね」とライマーが言う。

「シュレーベン総督が立ちはだかることを考えたら、あんな発言は出てきませんよ」とロータル。

「なぜ?」

「シュレーベン総督が恋敵となるとなれば、最悪にやりにくいです。柳に雪折れなしの総督様に、恐れるものなど、ないように見えますね」

「ご本人方はご存知ないかもしれませんが。リウゼンシュタイン団長を狙えば、シュレーベン団長が立ちはだかる。また逆もしかり。かつて騎士団の不文律でしたよ」

「どんな関係に見えていたの?」とフィアが何気なく問えば、

「最高のペアですね。信頼し合っているのがこちらにも分かる。お二人には安心して付いて行きたいと思わせてくれます」

 とライマーは言う。

「愛人、愛妾の噂を信じるのは、当時のお二人を知らない新規団員だけです。リウゼンシュタイン団長が剣を持てば、太刀打ちできるのはシュレーベン団長くらいでした。あの剣戟を見れば、囲う囲わないのレベルではないと、分かります」

 とロータルが言えば、

「ただ、両団長に寵愛され囲われたい者は、いくらでもいたと思いますが」とライマーは言い添えるのだった。


 最高のペアと言われる二人の話を聞き、羨ましい、とフィアは思う。

 フィアは対等な関係を結んだ経験はない。

 テオドールは自分を妻として閉じこめていたいだけで、対等な関係を結んでくれようとはしなかった。

 もっと頼って欲しかった、と思う。友人として、協力関係を結ぶことも出来たはずなのに。

 国に戻ったならば、テオドールと協力して国を立て直せないだろうか?と思う。

 継承権を失った自分に、テオドールは価値を見出すとは思えないけれど。

 どうにかして、友人と国を良くする未来を、期待してしまうのだ。

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