逢瀬の理由が知りたくて

 総督府に行き、ゼクスの名を告げれば、すぐに執務室に通される。執務室には秘書官がいたが、「席をはずしてくれ」とゼクスが言い、人払いをした。

 フィアは早速、魔法の気配を感じられる女性がいたことや、記憶を失っていたこと、記憶を失う直前に出会っていた人のことなどを、報告する。

 そしてもう一つ、王都の造りがティアトタン国の造りに似たことを話した。


「地下国へ通じる道があるの。その場所がもし同じなら、地下国に行けるかもしれない」とフィアは伝える。

「それは、どこにあるんだ?」

「城の王座の下に階段がある。そこから地下道が通じていて、いくつかの門をくぐって、最後に青銅の門をくぐれば地下国につく。もっと大まかに言えば城の下から、地下国に入れるの」

 そこまで口にしたとき、ゼクスの視線がこちらに向く。しげしげと見てきて、

「顔色が悪いな?」と言うのだ。

「いえ、気のせいだと思う」とフィアは言う。ゼクスは近づいてきて、失礼、と言い、フィアの頬へ手を触れさせてきた。

「あ、あの」

「騎士団の任務に同行させて、無理をさせてしまったか?環境が変わって疲れている可能性もある」

「そ、そうじゃないの」

 フィアが及び腰になっていると、

「つい、フィアには協力を仰いでしまう。騎士団の皆もそうだ。フィアに話を聞いてもらいたがっている」と言うのだ。ゼクスの表情は柔らかい。けれど、これは自分に向けられている表情ではない、とフィアは思う。

「それは、リウゼンシュタイン元団長のことよね?」

「そうだな」

「お互いに信頼し合っているのは、羨ましい。自分の力を信じてもらえるのは、嬉しいことだと思うから」

「だとしても、負担をかけてしまうのは、良くないだろう」

「大丈夫よ、私はリウゼンシュタインではないし」

 フィアが言うと、ゼクスが手を取って来る。あ、と反射的にフィアは声をあげた。

 爪が鋭利な形に変形しているからだ。ゼクスの視線が爪に向き、フィアは慌てて手を引っ込めようとする。

「これは、訳があって。その」

 ゼクスには怯えるような様子も驚くような様子もない。ただ、

「まだ何か秘密があるのか?」と聞かれる。

「王都では魔法のエナジーが足りないの。そうすると、こんな風に、姿が変わってしまう」

「この姿は見たことはなかった」

 とゼクスがあっさりと言うので、フィアの方が困ってしまう。

「これは、まだ序の口。化け物の姿になってしまう」

 とフィアが爪を隠そうとすれば、

「ぜひ、見てみたいな」

 その手を引き寄せ、爪の先に軽くキスをする。ピリっと指先に電気を感じ、フィアはゼクスの顔を見た。

「え?」

「これは、不貞になるのか?」ゼクスは、初めて見るような悪戯な表情でフィアに尋ねてくる。

「ア、アリーセ様へ不義理には、なるのでは?」とフィアが慌てて言うと、ゼクスは低く笑った。

「あのときと、同じことを言うんだな」

「な、何を言っているの」

「エナジーはどうやったら手に入る?」とゼクスは聞く。

 フィアはまさに、今エナジーを感じていた。キスを受けた爪に走った痺れからは、魔法のエネルギーを感じたからだ。

「ゼクス、あなたからは、強い魔法を感じる。その魔法を少し分けてもらえれば」

「どうやって?」

「分からないわ。でも、触れてもよければ、エナジーをもらえるかもしれない」とフィアが告げれば。

「どんな風に触れればいい?」と即座に聞いてくる。なんで乗り気なの?と思うのだ。

「ど、どんなって」

「触れるにしても、様々な種類がある」

「手を触れるとか」と言えば、指先をフィアの爪の先に当ててくる。

「触れているな」

「そうだけど」

「それ以外は?」

「分からない。私の力はずっと、テオに封印されていたから」

「どうやって封印されていたんだ?」

 禁断の質問、とフィアは思う。答えを待っているゼクスに、フィアはおずおずと答えるのだ。

「定期的に口づけをほどこすの。それでいつも封印していた」

 いらぬことを暴露しているような気分になり、気まずさでゼクスの顔を見るのも恥ずかしくなる。

「テオからすれば、私に化け物になられてはたまらないから、するだけ」

「そうだろうか?全身にくまなく刻印をほどこすのは、それだけが理由ではないと思う。フィアを離したくなかったんだろう」

「そ、そんなこと、今話すことじゃないと思うけど」

 なぜ、全身にくまなくだと知っているの?とフィアは思う。

「試してみるか?」

「ええ?な、何を言っているの!ダメでしょ」

「なぜ?封印できるかもしれない」

「あ、あなたには妻がいて、子どもがいて。そして」

「王都の人間だ、と。言っていたな」ゼクスはどこか遠い目をして言った。

「ゼクス?」

「リウゼンシュタインは、どうやって潜んでいたんだろうな。エナジーとやらをどんな風に手に入れていたのか」

「後朝待たずのリウゼンシュタイン?」

 とフィアが最近覚えた二つ名を言えば、ゼクスが弾かれたようにフィアの顔を見た。

「朝を待たない、逢瀬、か」と言う。

「その人が朝を待たずに去るのは、なぜ?とは私も思ったけれど」

「朝を待てばどうなる?」

 単刀直入に問われ、フィアは戸惑ってしまう。

「そ、それは。その、朝まで横で眠るだけではないの?」

「だとすれば。最後の最後で失敗したな、リウゼンシュタイン」

 とゼクスは呟いた。朝までいただろ、と言うのだ。

 どこか甘く柔らかなニュアンスが含まれているので、フィアは胸の一部がキュッとする。自分に言われているのではないとは、分かっていたけれど。


 そして、

「エナジーを与える方法が分からない以上、封印をするしかない」とゼクスは言うのだ。

 大量の報告書や書類が広げられた執務台を見て、フィアは一旦冷静になる。

「ここはそういう場所じゃない。ダメでしょ、執務中に」

 と逃げ腰になるフィアに、ゼクスは間髪与えずに、

「どこならいい?」と尋ねてくる。

「の、乗り気のように聞こえるのは気のせい?」

「さあ?役に立てればと思っただけだが」

「ぜ、全身にするわけじゃ、ないでしょ?」

「お望みならばどこまでも」

 不意に首元に吐息がかり、

「な」フィアが目を見張れば、ゼクスは笑う。

「冗談だ、フィア。手を」

 恭しくフィアの手を取りその甲にキスを落としてくる。痺れがやって来たかと思えば、身体中をビリッと何かが駆け巡るのを感じた。見れば爪の形は元に戻っている。

「これは」

「魔法を込めて刻印をほどこした。封印とは違うかもしれないが、少しは効果がありそうだな」

「ありがとう」

 フィアが見上げれば、ゼクスはフィアの髪を撫でてくる。そして、囁くような声で言うのだ。

「逢瀬の理由がこれだとするなら。俺のところに来て欲しかった。フィア・リウゼンシュタイン」

「ゼクス、私はリウゼンシュタインでは」

 ゼクスの瞳が切ない色を帯びる。不意に抱き寄せられて、フィアはハッと息を飲んだ。すぐに身体は離れていたので、気のせいだったのかとすら思う。

「エナジーが欲しいときには、声をかけてくれ」

 何もなかったかのように、そう言うので、フィアは自分の幻覚だったのかもしれない、と思った。

 ただ、胸の鼓動が鳴りやまない。

 どうして、こんなことを?


「では、仕立屋に出入りしていた者を調べてみる」

「私は地下を調べてみる」とフィアが言えば、

「王宮に一人では近づかないで欲しい。もし調べに行くときには俺も同行する」とゼクスには言われた。

 確かに以前、「王宮には近づかないこと」と言われていたように思う。

「王には縁戚者はいるが、直接的な家族がいない。一切存在しないのが不思議だ。俺の母は王の従妹だが、当の王の兄弟の所在は不明だ。失踪や謀殺などきな臭い噂はあるものの違和感がある。しかも、誰もそれを表立っては語ろうとしない。得体が知れない王に近づいて欲しくないんだ」

「仮にそうだとして、総督であるあなたが。王を信頼していない、疑っていると敵国の私に告げるのは危険じゃない?」

「まったく、危険じゃない。フィアを信頼している」と即答するので、フィアの方が困ってしまう。そして、

「出来れば、俺のことも信じてくれ」と言うのだ。更には「国に戻れるように協力する」とゼクスは言う。

 出会って間もないにもかかわらず、ゼクスの言葉に安心感があるのはなぜだろう、とフィアは思うのだった。



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