出産
ティアトタン国が投降要請を蹴ったことで、リュオクス国による軍の進行が開始されたとの通達が来た。フィアはビアンカに促進魔法をかけてもらうように頼む。
王都の軍を取り仕切るのは、総督だ。フィアの読みが正しければ総督におさまるのは、ゼクス・シュレーベン以外にはありえない。宰相の娘であるアリーセとの婚約からしばらく経ち、恐らく総督の座はゼクスに渡っているだろう。
チャンスは一度きりだ。
作戦をビアンカとアルフレートに話せば、
「いくら頑丈なフィアでも、さすがに無茶よ」とビアンカには反対される。アルフレートも難色を示していたが、フィアは一度言いはじめたら聞かないだろうな、と諦めの色すら浮かんでいた。
タイミングは混乱の中での出産であること、様々な要因によりテオドールの関心を逸らせる状況であることが望ましい。
ヴォルモント公爵の領地近辺までリュオクス国の進行が進んだとの報告があがったところで、フィアは事を起こすことにした。
痛みの感覚が均等になって来た、と告げ、出産に際し産屋に籠る、とテオドールに告げる。
混乱の中での出産により、もしいずれかの命の危険に晒された場合には、
「私はこの子を優先させるわ」
とフィアが言えば、
「お前が生き残ることを優先しろ」
とテオドールは言う。
「お前の出自は明らかだが、子どもの親は明らかではないからな」と言うのだ。
「さすが、慎重なテオ」とフィアは言うに留める。
産屋に籠り、ビアンカの促進魔法により出産を急いだ。ビアンカを始めとして、侍女達で周りを固め、半日がかりで産み落としたのは男児であった。
ビアンカは即座に、睡眠魔法で周りの侍女たちを眠らせる。
「目の色を確認して」とフィアが言えば、ビアンカは赤子の目をやや強引に開かせ、そしてため息をついた。
「フィア、言い訳の余地はなさそうね。一刻も早く逃がしましょ」と言うのだ。
「灰褐色?」
と聞けば、ビアンカは首を横に振る。
「見て」と言って、生まれたての赤子をフィアの隣に寝かせた。フィアはその子の金色の瞳を見て、息を飲む。
「黄金の瞳は、たしかリュオクス国の王族にしか現れない色。王の瞳も確か黄金だった」
「フィア、あなたのいい人は随分と高貴な身分だったようね」
「危ないとは思っていたのに……。最後の最後で失敗したみたい」
「きっと、いい人の方があなたのことを離したくなかったんじゃない?」
「そんなわけないわ。私の完全な片思い。彼からすれば、一夜の過ち。据え膳食わぬはなんとやらじゃない」
「そんなに、軽い男なの?」
「まったく、軽くない。彼には陥落が難しいという意味の二つ名があったように思う。退場願いのシュレーベン?」
フィアが言えば、ビアンカは何か言いたげにしながらも、
「それじゃ、作戦開始ね」
と言い、フィアの腰に晒しをきつく巻いた。
「産褥のティアトタン国女王様が、戦地を駆けるなんて。本来非難ものよ」
フィアは身体を起こすと、ティアトタン国の騎士団の正装を身につける。
「テオはまだ即位していないもの。私は王妃でも、女王でもないわ。怪力姫のままよ。怪力姫は戦いの場が大好き」
フィアは着替えをすませると、胎脂をふき取られ赤い肌を見せた赤子に授乳した。
最初で最後の授乳ね、とフィアは思う。二重になった防具の内側に布でくるんだ赤子を隠し、マントを羽織った。
「愛しい人の元へ行って、戻ってこないって手もあるのよ」とビアンカは言うけれど、
「そしたら、自分に幻滅するわ」とフィアは返す。
「必ず戻る」
と言って、フィアは産屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます