一話 血濡れの英雄 結

 死が充満していた。道路に倒れた無数の屍が、アスファルトに染み込みつつある血だまりが、きつい匂いを放っている。かつての整然さ、あるいは騒然さを失った廃墟は刻まれた終わりの記録をさらけ出していた。




 どこからやってきたのか、数匹のカラスが死肉をついばんでいる。羽虫もそのうちやってきて、死骸にまとわり始めた。ただどうにもその数は少ない。




 カラスと羽虫の数を合わせても、屍の数が勝るほどだった。彼らはみな、十分に食事を取れていないらしく、身体は明らかに痩せほとっている。




 不意にカラスと羽虫たちが食事を中断し、空へ飛び去った。その場所を少女が駆け抜けてった。少女、というのは少々不適切な表現かもしれない。




 ポニーテールに纏めた髪が無ければ、男と見間違えてもなんら不思議はない容姿をしているのだから。




 上は黒のコート、下は紺のズボン。成人男性と肩を並べるほどの長身。四肢につく引き締まった筋肉が強い存在感を放っている。顔立ちにはやや幼さが残っているものの、美麗というより精悍という言葉の方が似合っていた。




 少女の名は高見ソラ。名前すら中性的であった。




 ソラは端に散らばる死屍累々を認めながら、疾駆する。右手に提げたアタッシュケースが掌を圧迫した。彼女はすえた匂いとグロテスクな様相に顔をしかめるものの、動揺は見られない。いや、そもそも既に押しつぶされそうな不安を抱える彼女には、改めて動揺するほどの余裕はなかったのだ。




 日は既に傾きつつある。普段ならソラの恩師が拠点に戻ってきて、みんなと一緒に食卓を囲む時間である。遅くなるにしても連絡くらいはするはずだが、今日に限ってはそうではなかった。




 嫌な予感が空に走る。化け物じみた恩師の実力を思い起こして、それを妄想だと打ち払った。冷汗が流れるが、運動のせいで発汗しているだけだと言い聞かせた。




 打ち捨てられた死骸は恐らく恩師によるものだろう。彼女の戦闘スタイルはおっとりとした外見とは裏腹に荒々しいものだ。どの屍に与えられた傷も力任せに刻まれたものばかりである。




 足跡代わりに生々しさと湿っぽさが残る血を辿る。鎮まらぬ不安と疾走による動悸に張り裂けそうになる胸を抑えつつ、痕跡を逃さないよう気を配った。ただ、自然と速まる足には気づけなかった。




 不意にソラの疾駆が止まる。同時に不安は消し飛んだ。状況が好転した訳ではない。空が目にした光景は案じた未来そのものだったのだ。




「先生…?」




 視線の先では、ソラの恩師、大築ノアが胸を貫かれていた。恩師自身が使っていた鎧の拳によって。ぽっかりと空いた彼女の胸中には、しばしの間、何も訪れることはなかった。

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