22話 時をかける幼女
その後、私はガードレールとラパンちゃんの傷を魔法で直した。そして『浮遊魔法』を解き、旅館に向か……おうとしていたのだけど、事故直後ということもあって運転するのがどうも怖い。
『転移魔法』で向かうのも考えたが、『転移魔法』の転移先は一度私が行ったことのある場所に限定される。つまり行ったことがない今回泊まる旅館には、私は転移できないのだ。よって私たちは我が愛車ラパンちゃんに『浮遊魔法』をかけたまま、ぷかぷかと浮かび目的地を目指した。もちろん、『透過魔法』で姿を隠して。
「……」
……今更だが、我ながらやりたい放題だな。
「……なんていうか、やりたい放題だね」
地の分を読むな。……まあそれはそうと、少々魔法を使いすぎたのも事実である。もう少し控えよう。
そんなこんなで私たちが一泊する予定の旅館に到着した。
日葵ちゃんは未だ気持ちよさそうに寝息を立てて眠っていたので(私のせいなのだが)、私がおんぶをしていくことにした。
「アイリスたん大丈夫? 日葵ちゃん軽そうだけど、それよりもアイリスたんの体力のなさの方が勝ちそう。やっぱりわたしがおぶろうか?」
「……あのね。いくら日本ではひきこもりな私といっても、かの世界では間違いなく最強の吸血鬼だったの。その私が小学生の女の子、しかも平均よりも軽いであろう日葵ちゃんをおぶれないわけがない」
「そのわりには脚が生まれたての小鹿みたいにぷるぷるしてるけど」
「…………。なんのこと?」
「……あれ。ぷるぷる止まった」
魔力で身体強化をしたのは秘密である。旅館のロビーにてチェックインを済ませて、私たちは早速部屋へと向かった。
「ふわああぁあ……ひろい……!」
「ひゃっはー! 畳の良い匂いがするー!」
通された部屋は和室。六畳と八畳くらいの部屋が二間ある。八畳の方の部屋の真ん中には縦長の机と座椅子が四つ置かれており、机の上には温泉饅頭があった。
目いっぱい空気を吸い込む。すると露草の言う通り畳の良い匂いがした。ほかにも大きなテレビ、小さな冷蔵庫、金庫、洗面所などなど。実は日帰り旅行しかしたことがなく、旅館が初めてな私には目に映るものすべてが新鮮だ。
「アイリスたん布団敷いたよー」
「ん。ありがと」
露草が敷いてくれた布団に日葵ちゃんを寝かせると、私は窓にかかっていたカーテンを開ける。大きな窓からはのどかな山々が……!
「……ああ。うん」
見えるには見えるが景色の大半は普通に道路だった。まあ、こんなこともあるよね。
「……んん。……あれ? 私、いつのまに寝ちゃってました……」
すると日葵ちゃんが大きな伸びをしながら、布団からのそりと起き上がってきた。
「ごめん日葵ちゃん。起こしちゃった?」
「……いえお構いなく。それよりも、ここは旅館ですか?」
「そだよ~。日葵ちゃん途中で寝ちゃったから、アイリスたんがおんぶしてくれてたんだよ」
「……おんぶ、ですか」
「そうだよ~」
「……おんぶ」
「ん」
「……おんぶ。……って、えっ!? おんぶですか!?」
突如、日葵ちゃんは瞳孔をガン開きにして私にそう訊いてくる。
「……? うん、そうだけど」
「……は、はわ、はわわわわ。……わ、私はそんなビッグイベントを目の前に何を呑気に寝て……!」
「……日葵ちゃん?」
どうしたんだろう。肩をわなわなとさせてうろたえている。顔は真っ青。マッドサイエンティストみたく頭を掻きむしり始めたし……。もしかして、限りなく出力は弱めたはずだが私の『催眠魔法』のせいで体調が悪くなってしまったりしたのだろうか。
「……日葵ちゃん、大丈夫? ちょっと具合を見せて――」
そう言って日葵ちゃんに近づき、体調を確認しようとしたその時だった。
「……っ!?」
瞬間、日葵ちゃんは部屋の出口に向かって駆けだしたのだ。
「ひ、日葵ちゃん!? どこに行く気!?」
「と、止めないでくださいアイリス姉さん! 私はどこでもいいので今から高いところから飛び込みます!」
「なんで!?」
「なんとかしてタイムリープをするのです! アイリス姉さんにおんぶをされていた時間軸まで私は時をかけてきます!」
「いやだからなんで!?」
力強く宣言する日葵ちゃんだが、まるで意味が分からない。さながら時をかける幼女である。
「つ、露草! 日葵ちゃんを止めて!」
私はちょうど部屋の出口付近にいた露草に声をかけるがしかし……。
「ごめんアイリスたん。いくらアイリスたんでもそのお願いは聞けないよ。だって今の日葵ちゃんの気持ちはわたし、痛いほどわかるもの。わたしが今の日葵ちゃんの立場でもきっとそうする。だからさアイリスたん。日葵ちゃんを止めないで上げてよ」
そんな意味不明なことを良い笑顔で淡々と語る露草。こいつはダメだ、使えない。
「と、とにかく止まって日葵ちゃん!」
「ダメですアイリス姉さん! Time waits for no one なんです!」
「さっきから何言ってるの日葵ちゃん!?」
「止めないでください! これは、私の威信に関わることのなのです!」
「だ、だったらせめて理由を――」
「言えませんっ!」
「なんなの!?」
「……もう二人とも落ち着いて」
そんな私たちを見かねたように割り込んできた露草。普段落ち着いていない露草にそう言われると非常に癪に障るのだが。
「わたしから一つ提案があります」
すると、露草は人差し指をピンと立て、
「今からみんなで、温泉に行きましょう」
そんな提案をするのだった。瞬間、先程まで大暴れしていた日葵ちゃんはその露草の提案を聞くと、突如としてぴたりと動きを止めた。
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