21話 ちいかわ

 久しぶりのドライブだということもあり、私はノリノリで運転をしていた。


「ひとり~、ごつ~」

「アイリスたんって運転中めっちゃ歌うんだね」

「……」


 指摘され、私は途端に口をつぐむ。


「わ、わるい?」

「やっ、悪くないよ。むしろもっと歌って。アイリスたんの可愛い歌声聞きたい聞きたい!」

「……そう言われると歌いづらい。もう歌わない」


「ごめんて! 歌ってよー! 日葵ちゃんもアイリスたんにもっと歌ってほしいよね!?」

「私は大丈夫ですよ。録音したので」

「日葵ちゃん!?」

「ああっ! アイリスたんまえまえっ! 前見て前!」

「……はっ」



 そんなこんなで、最初は私たちのよく知る街を走っていた我が愛車だけれど、次第に周囲の景色は知らない街へと移っていく。更には山道へと突入していた。


「「「だぁから~、わ~たし、つ~いていくよ~」」」


 ついでに言うと、車内もライブ会場と化していた。


「二人ともアニソンもなかなかいけるね」

「まあね! アイリスたんに影響されて有名作品は一通り網羅したんじゃないかな? ねえ日葵ちゃん」


「そうですね露草さん。この前見たあの花なんかは涙なしでは見られませんでしたし」

「あーれはよかったねぇ! 最後のみんなのセリフでもう涙腺ぶっこわれちゃったよ!」

「ですよね!」


「また今度日葵ちゃんちにお邪魔してもいい? 未視聴の作品いっぱい履修しようぜ!」

「もちろんいいですよ」


 ……なんか私ナチュラルにハブられていないか?


「……たのしそうでいいね」

「「……え?」」


 その私の呟きに、二人は物凄い速度で反応する。


「ああいや! わたしたち二人アニメのこと全然知らなかったからちょっと前に一緒にアニメ見ようって話になって!」


「まずは有名な作品から見ることになったので! アイリス姉さんはきっと見たことがあるであろうと思ってあえて呼ばなかったわけでしてっ!」


「そうそうっ! アイリスたんをハブっているとかじゃ全然ないんだよ!」

「……べつに、つゆくさとひまりちゃんがふたりでなにしてようが、わたしにはかんけいないし……」


「す、拗ねないでよアイリスたーん!」

「……拗ねてないし」

「じゃ、じゃあ今度はアイリスたんも一緒に観る!? 多分アイリスたん観たことある作品だと思うけど!」


「そ、そうですねそうですよそれがいいですっ!」

「…………みない」

「そういわずにさー!」


 すると突然、日葵ちゃんが大声を上げる。


「あ、アイリス姉さんあれ! あそこがさっき言ってた七曲りですよ!」

「ななまがり……?」


 ……ああ、七回曲がる山道があるんだっけ。腸みたいだーなんてさっき言ってたな。そんなことを思いながら私はアクセルを強く踏んだ。


「……」


 ……強く踏んじゃダメじゃね?


「ま、間違えた! 曲がり切れない!?」


 目の前には急カーブ。咄嗟にブレーキを踏みハンドルを切るが、そうすぐにスピードが減衰するはずもなく、我が愛車はガードレールをぶち抜いた。


「えええぇ! ま、マジで言ってんのアイリスた――」


 瞬間、車内に強烈なGがかかると次いでふわりと気持ちの悪い浮遊感が私たちを襲った。


「ひゃあああああ! し、しぬ! やばいよやばいよしんじゃうよおお!」

「きゃあああ!」


 露草がリアクション芸人のような悲鳴を上げ、日葵ちゃんは年相応に可愛らしい悲鳴を

 ――じゃないっ! やばいよやばいよ、どうにかしなきゃ! 


 着地点にクッション生成!? いいや、着地点なんてここからじゃ見えないし、こんな高さから車で落ちてクッションごときで無事だとも思えない!


 私が車内から降りて魔力と魔法で身体強化した後車をキャッチ!?

 いやいやだから衝撃で中の露草と日葵ちゃんが! ええっと! ええっと!


「あ、アイリスたんんん! 死ぬときは一緒だよぉぉぉっ!!」


 目をぐるぐるとさせながら露草はそう言って私に抱き着いてくる。


「ちょっ!? は、はなせ!」

「あ、あいりすたんとしねるならほんもうだよおおおお!?」


「へ、へんなとこに手を突っ込むな!? ど、どこさわって!?」

「どさくさにまぎれてなにしてるんですか露草さん! アイリス姉さんと一緒に死ぬのはこの私ですぅうう!」

「何言ってんの!?」


 二人とも死を目の前におかしくなってる……!? じゃなくて! そ、そうだ!


「『浮遊魔法』っ!」


 なぜか二人の少女にもみくちゃにされながら、私は右手を突き出し車自体に『浮遊魔法』をかける。すると、落下していた我が愛車はゆっくりと速度を緩めていき、やがて空中で完全に静止した。体にかかっていたGも霧散する。


「ふ、ふうう。な、なんとかなった……」

「あ、あれ? わたししんでない……?」

「お、お前はとっとと私の胸から手をどけろ!」

「ぶへぅ!?」


 変態を蹴り飛ばし、一息つく。……なんとかなった。そう思ったのもつかの間、


「……な、なんで私たち無事で……。えっ!? く、くるまが、宙に浮いて……!?」

「……『催眠魔法』」

「……ふぇっ……?」


『催眠魔法』の鈍く青い光が日葵ちゃんに直撃。日葵ちゃんは車のソファに崩れ落ち、やがてすやすやと寝息を立て始めた。


「……ご、ごめん日葵ちゃん」


 ……最近は日葵ちゃんにも私が異世界出身だということをちゃんと話そうとは考えていたものの、こんなくだらないことでバレたくはない。日葵ちゃんには申し訳ないが、今の一連の流れは夢だと思ってもらうことにしよう。……着いたらちゃんと起こすからね。


「あ、アイリスたん。助かったはいいけど、これどうすんの……」

「……」


 ……これとはぶち破ったガードレールと傷だらけになってしまった我が愛車、ラパンちゃんのことだろう。


「……無論、魔法で直す」

「なんていうか、今度からはもっと気をつけて運転しようね……?」

「……はい」


 今回ばかりは露草の言葉がど正論だった。

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