19話 カタンしか勝たん

「……んと。これで開拓地を都市にする。お願い日葵ちゃん」


 そう言って、私は手元のカード五枚を日葵ちゃんに手渡す。


「わかりました、アイリス姉さん」

「アイリスたんこれで七点って早くない!?」


 私、露草、日葵ちゃんはいつものように三人で炬燵を囲み、私の家でカタンというボードゲームをやっていた。


「……ん?」


 すると日葵ちゃんが怪訝そうな表情を浮かべる。


「……アイリス姉さん」

「……ん。どうしたの?」

「ええっと、小麦二枚と羊三枚では都市にはできませんよ。これでは羊牧場になってしまいます」

「……」


 私は日葵ちゃんに渡した五枚のカードを改めて確認する。本来都市にするには小麦二枚、鉱石三枚が必要なのだが……。どうやら私が日葵ちゃんに渡したのは、確かに小麦二枚、羊三枚のようだった。


「……ごめん間違えた」

「大丈夫ですか? アイリス姉さん。今日はいつもよりもぼーっとしていますし……」

「……だ、だいじょうぶ」


 なんて言ったはいいが、心当たりはあった。

 それというのもほかでもない。あの文化祭以降、私はここのところなにか変なのだ。日葵ちゃんの言った通り何故かぼーっとする時間は増えたし、なにをやっても手に着かない状態だ。


 挙句の果てに露草を目の前にすると、理由はわからないがいつもより挙動不審になり、そして胸がきゅーっと締め付けられるように苦しくなる始末。不安に思い病院にも行ってみたのだけど結果は何ともなかった。まあ私は生まれてこの方、病気や熱にほぼ侵されたことがない健康優良児なので当然と言えば当然なのだが。


 けれど私は日本に訪れてから人生で初めて、唯一花粉症という病気を発症した。もしかしたら季節外れの花粉が肺や脳にまで達したのかもしれないと考え、最近は毎日花粉症の薬を服用している。


 すると露草がそんな私を心配してか顔を覗き込んでくる。露草は私と距離を詰めながら、


「大丈夫? アイリスたん。もしかして熱でもあるんじゃ――」

「ち、ちかいっ!? よるな!? あほ!」

「シンプルに罵倒された!?」


 露草は「……純粋に心配しただけなのに……今回はなにもやってないのに……」と悲しみに暮れている。


 ……またやってしまった。なんだろう。露草との距離感を図りかねているというか、妙に緊張してしまうというか。……こんなことではだめだ。本人も言っているけれど、今回露草は何もやっていないじゃないか。


「ご、ごめん露草。……そんなつもりじゃなかった」

「……ほ、ほんと? アイリスたん、文化祭くらいからずっとこんな調子だけど……。わたしのこと、嫌いになったわけじゃない?」


 そう涙目で上目づかいに訴えてくる露草。瞬間、私の心臓はドクンと脈を打つ。……ドクン?

 私は自分の左胸を検める。不整脈だろうか。それとも花粉が心臓にも達してしまったのか。……って今はそうじゃない。


「き、きらいなわけない」

「……まじ?」

「まじ。私は嫌いな人を家にあげたりはしない」


「……ほんとに?」

「ほんとに。宗教勧誘と壺を売りに来るおばさんは、毎回玄関前で撃退している」


「……よかった。わたし、アイリスたんに嫌われたんじゃないかって夜も眠れなくて」

「……」


 それは、なんというか……悪いことをしたな……。


「でもほっとしたよ、わたしの勘違いで。ほら、アイリスたん。誤解が解けてよかったのぎゅっー!」


 瞬間、露草は私になんの躊躇いもなく抱き着いてくる。ふわっと露草の綺麗な黒髪が舞う。露草の女性らしい柔らかな体が、彼女よりも一回り小さい私の体に預けられた。私の鼻腔には、露草のシャンプーのいい香りが充満して――


「だ、だきつくなへんたい!?」


 私はまたもや反射的に、露草を突っぱねていた。


「びぇええええん! やっぱアイリスたんわたしのこと嫌いなの~~!?」

「ち、ちがうって! こ、これは露草がっ!」

「だってっ! いつもならもう少し冗談っぽく突き放すもん! 今のはちょっとがちだったもんっ!」


「な、なにそれっ!? いつだって私はガチだっ!」

「ちがうもんっ! ちがうもんっ! いつもより突っぱねる速度が一・二倍くらいはやかったもんっ!」

「測ってるの!?」


「測ってないけどそれくらいわかるもん! アイリスたんのことならなんでもわかるんだもんっ!」

「ああ、もう! じゃあなんて言えば納得するの!?」


「……露草のこと、世界で一番愛してる」

「言うわけないでしょ!?」

「ぅわぁぁああああああああん!!」


 駄々っ子のように泣きじゃくる露草。それを必死に宥めようとしている私。


「……なんですかこれは」


 それを傍目からジト目で傍観する日葵ちゃん。もはやボドゲどころではない。

 事態は混沌を極めていた。

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