12話 吸血鬼の朝は早い
吸血鬼の朝は早い。私は毎朝、スマホのアラームで起床する。……わけではなく、起きたくなったら起きる。私は未だ覚醒しきらない朦朧とした意識で、枕元にあるであろうスマホに手を伸ばす。スマホをタップすると、液晶には十時半と表示された。
次にポケモンスリープを開く。健康意識の高い私は毎日、睡眠計測アプリであるポケモンスリープを使って自身の睡眠の質や時間を計測しているのだ。
……んと、睡眠時間は十時間十六分でスコア百点。今日も睡眠タイプはぐっすりタイプか。ポケモンスリープは睡眠タイプによってその日出現するポケモンが異なるのだが、私のポケモンスリープはドードーしか出てこない。おかげさまでもうすぐ花鳥園が開けそうである。
「……ん? なんだこれ」
とそんなことを考えていた私は、とある奇妙なものを発見した。録音機能の録音数が十個もあったのだ。
……ううむ、これはどういうことだろう。というのもポケモンスリープには、ユーザーが寝ている間に物音を検知して自動で録音してくれる機能がある。ゆえにユーザーは録音された音声を活用し、より良い睡眠の向上へ役立てていくわけなのだが。私は普段寝言もいびきもかかず、いつも録音されるのは寝返りの音が三つや四つのみ。
……ああ、あとたまに日葵ちゃん似の謎の声(日葵ちゃんが深夜に私の部屋にいるわけがないので、たぶん近所の猫の鳴き声か何かだろう)も入ることがあるな。それでもせいぜい六つくらいが上限なのだけど。
それなのに今日は録音が十個もある。非常に不可解である。
「……まあいっか」
首をかしげながらも、のそりとベッドから抜け出し冷蔵庫へ。伊藤園のトマトジュースを引っ張り出し、寝起きの一杯。たいがい不摂生な生活を送っている私だけれど、毎朝この一杯で帳尻を合わせている。そして私はリビングへと向かった。
「……」
今度はあからさまにおかしかった。なにせ机がスイーツパラダイスと化していたのだから。
……もとい、机の上に大量の手作りお菓子が積まれていた。当然私はやっていない。するとまあ犯人は一人しかいないのだけど、とりあえず私は近くに添えられていた得体のしれない手紙を読むことにした。
『アイリスたんへ
約束通りお菓子を作ってきました。アイリスたんは寝ていたので勝手に机に置いとくね』
……寝ていたのでって。やっぱりこいつ、夜中に私の家に忍び込んでないか……? お前はサンタクロースか。じゃなくて、どうやって忍び込んだんだこいつ……。
『もちろんそれ、食べてもいいけど朝ごはんの代わりにはしないこと。朝ごはんはちゃんと朝ご飯で食べてよね? 栄養はしっかりバランスよく取らなきゃ! アイリスたんは偏食だから、お母さん気になります』
誰がお母さんだ誰が。そして残念だが現在進行形で朝ごはんの代わりになっている。美味い。
『今回は張り切って色んなものに挑戦しました。アイリスたんが前から言ってたマカロンケーキも初めて作ったから感想くれると嬉しいです』
ああ、これか。正直見た目が綺麗すぎて一人で食べるのがもったいない。文化祭が終わったら露草と日葵ちゃんを呼んでみんなで食べようかな。ボリューム的にも一人で食べきるものではないだろうし。
『話は変わるんだけど、今日の文化祭、アイリスたんはわたしのクラスの場所わかんないよね?
二階の二年B組の教室です。といってもアイリスたんは方向音痴だから地図のリンクも貼っとくね。
https//maps.app.goo.gl/ahdlnsdhi/fdhu/i_jidids
ってこれじゃ学校の位置しかわかんないね。あははー』
あははーじゃない。手紙にリンクを貼るな。今更だけど、これ書置きじゃなくてラインじゃダメだったのだろうか。
『一応文化祭は朝九時から始まるんだけど、この熟睡度なら今日起きるのは十時半てとこかな』
「…………」
私は手紙を読み進める。
『十三時には休憩を貰うから、それまでに来てくれればいいよ。一緒に他のクラスのお店を回ろう! お化け屋敷とか屋台とか、今年もいっぱい種類があるんだって。うちのクラスはメイド喫茶だから、当たり前だけどオムライスがあるよ。アイリスたんの大好物。愛情マシマシで作るからっ! そういや彩芽がバンド組んでステージに出るんだって。最近アイリスたんが見てたアニメでもそんなシーンあったよね? 彩芽のギターは素人目でもかなりうまいから期待しててね。彩芽もアイリスたんに会いたがってたし。
ああ~、アイリスたんがうちの学校に来るだなんて、今からワクワクしちゃうよ! 全然寝れない! ていうか、今この手紙をアイリスたんの部屋で深夜の二時に書いてるから寝れないどころか目ガンギマリなんだけど笑。そうそう、アイリスたんテレビ見ながら寝落ちしちゃってたっぽいからテレビは消しといたよ。スマホも充電ケーブルに差しとくね。散らかってたゴミはわたしが持ち帰って処分しとくから安心して?
あっ、この前わたしがあげた京都のお土産のお守りお財布に付けてくれてるんだ~! うれしい~! これ買うときね? 正直アイリスたん神様とか信じて無さそうだから迷ったんだけど、アイリスたんって日本の文化とか和食とか和服が大好きじゃん? だから神様信じてなくても喜んでくれるかなーって――』
「――ながい!!」
思わず私は誰もいない部屋で一人そう叫んでしまう。
なんだこれ!? コストコのレシート並みに長いぞ!? しかも半分以上はどうでもいい内容だったしっ! ところどころ狂気を感じるし! 最後の方なんかは完全に変態のそれだったし!
ほんの少しだけは文化祭前日なのにこんな大量のお菓子を作ってもらって申し訳ないなとか考えていたのに、家に忍び込んだこととこの怪文書でプラマイマイナスもいいところだ!
……とりあえず文化祭にはいくけれど、私は自分の家のセキュリティを見直した方がいいのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます