第2話 初めての共同作業は葬儀

 新郎新婦の初めての共同作業が葬儀って、不吉すぎない?


 それでも、私にはちゃんと良識があるし、淑女としての教育だって――父が亡くなる十三歳までだけど――受けているので、弔問客に感じ良く挨拶することくらい朝飯前だ。


 ……って、横を見れば仏頂面とも取れる神妙な面持ちのユリウス。

 会話らしい会話もないまま、昨日の今日を迎えた。見ず知らずの夫の胸の内を察することなど、私にはできない。


 ユリウスは、お悔やみの言葉をかけてくれる全員に、一言も発せず黙礼で対応している。


 アドルフとは通算五分ほどしか会っていない。目の前で亡くなったのはショックだったけど、正直、大切な人がいなくなったという気持ちを抱けずにいる。

 心の底から悲しんでいない私を、ユリウスはどう思っているのかな……。


 リュカは葬儀全般を一人で取り仕切っていた。

 使用人たちにテキパキと指示を与えながら、弔問客にも目を配っている。彼が有能だということはよく分かった。


 でも私には相変わらず冷ややかな視線を向けてくる。仮にも侯爵夫人なんですけど。

 その目つきは、ひどくない?


 ……まあ、リュカの気持ちも分かる。

 昨夜、「喪服を持っていないんですけど」と打ち明けると、ユリウスとリュカは呆れていた。

 普通、貴族の娘が輿入れするとなると、相当な持参品と気心の知れた侍女を伴うものだ。

 私はそのどちらも持たせてもらえなかった。

 喪服すら持たせてもらえないような娘なのだと、夫と執事から見下された。……とほほ。


 リュカは仕方なく――そりゃあご主人様に恥をかかせる訳にはいかない――職人に命じて、侯爵夫人に相応しい喪服を徹夜で作らせたのだった。

 職人さんには本当に申し訳ないことをしたと思ってる。その分、私も頑張っているんだけど。

 私がどんなに礼儀正しく振る舞おうと、侮蔑の声はやまなかった。


「あれが噂の……」

「まあ、見るからに浅ましそうな顔をしているわね」


 浅ましそうな顔ってどんな顔?




 葬儀が無事に終わると、私は解放された。

 親切心のかけらも感じさせなかったリュカだけど、一応侍女は付けてくれた。


 侍女も私がこの城にやってきた理由を聞かされているらしく、名乗りもしなかった。

 聞けば、「エメです」と、ユリウス並の仏頂面で短く答えた。

 部屋に戻って着替えながら――エメは手伝ってもくれない――、


「ねえ、ユリウスは?」


 と聞くと、ムスッとした表情で言われた。


「ユリウス様はお出かけになりました」


 え?


「国境の周辺に魔物の痕跡があったとかで。リュカ様と確認に行かれました」

「え? でも、魔物なら、それって騎士団の仕事じゃないの?」


 エメの目が釣り上がった。お前、何にも知らないんだな、と書いてある。


「確証がなければ、派遣なんて要請できませんよ」


 エメはそのまま部屋を出て行こうとして、思い直して、ドアを閉める前に振り返った。


「あなたが妹さんを大切にしていたならば、この地に清浄をもたらしてくださったでしょうに。聖女様の神聖なお力で」


 ……あいたたたた。そうきましたか。

 言わずにおこうと思っていたけど、我慢できずに言っちゃった――っていうところかな。


 この城の人たちはみんな、私のことを「聖女になり代わろうとした浅ましい女」って、思っている訳ね。


 どうやらこの城には、私の話し相手になってくれそうな者はいないらしい。

 部屋でじっとしているのも退屈だし。せっかく自然豊かな土地に来たんだから、気を取り直して散歩でもしてくるか。

 王都にいた頃も、お付きの侍女をつけてもらえなかったから、一人歩きは慣れている。



 今は九月。夏の日差しではなくなりつつあるけれど、まだまだ日の光は強い。


 東の果て、北寄りの国境を守る領地。領地の七割は森林だ。

 城のすぐ隣にも、常緑樹の森が広がっている。


「よしっ」


 自分で自分を勇気づけて森へ入る。



 森の中を歩いていると、気温が下がったような気がした。木々の間を抜けて届く光は柔らかい。

 王都の石畳の道と違って、土の上って何だかふわふわする。


 何となく人が通ったあとのような道を辿って歩いていると、急に視界が開けて湖に出た。

 森の中の湖って、なんて神秘的なの!

 もう、ここって本当にサイコー! ああ、思いっきり叫びたい。


「ほんと、サイコー!」


 バタバタバタバタと、鳥たちが一斉に飛びたった。

 おどろかせてごめん。


 思いっきり空気を吸い込んでみる。

 気持ちいいっ! 空気が澄んでいる。森も湖も、全部が美しい。



 胸の奥の方から、自然と込み上げてくるものがあった。

 そうすることが当たり前のような気がした。


 気づけば、私は歌っていた。

 遠くまでこの気持ちが伝わりますようにと。


 自然の美しさに魂が震える――。

 ここにいられることの感謝も込めて――。

 ああ、みんなに伝えたい!




 どれくらい歌っていたんだろう。

 私は、湖の水面から木々の梢や葉、高い空へと視線を移しながら歌っていた。



 一息ついて、視線を正面に戻すと、湖のほとりに動物たちが集まっていた。

 ……え? え? ええっ?


 リスやウサギ、キツネ、サル、アライグマ、それにシカまで。木々には鳥たちが鈴なりに止まっている。

 森の動物たちって、人間が歌う歌が好きなの……?


 ここでなら、思いっきり歌えるんだ。歌っていいのね!



 王都じゃ歌えなかった。

 幼い頃、ときおり口ずさんでは、よくお母様に叱られたっけ……。

 何代か前の王様が、歌がお嫌いだったらしく、それ以降、王都で歌う者はいなくなったという。



 ガサリと音がした。

 動物たちもその音を聞いたらしく、一斉に森の中へ駆け出していった。


 どうしよう。誰かいたの?

 人に聞かれていたとしたら大変だ。王宮に知られたらどうなるの? 処分されるかしら――?


 音のした方に人影を探すと、木の影からユリウスとリュカが顔を出した。

 え? なんでいるの?

 二人揃って雷にでも打たれたような顔をしている。


 ……まさか。

 ピコーン! と、頭の中で大きな音が鳴った。


「あの! もしかして。ここって、国境なんですか?」

「は?」


 ユリウスは鋭い目つきで言い放った。


「バカかお前は。城のすぐそばに国境なんてある訳ないだろ」


 ……た、確かに。でも国境の様子を見に行ったって聞いたんだもの。勘違いしたって、しょうがなくない?


 リュカは完全にバカにした目で私を見ている。

 でも何も言わないっていうことは、歌は聞かれなかったのかな?


「この辺りまでなら大丈夫だとは思いますが、この先には魔物が出る可能性もありますからね。万が一にも奥方が襲われたとなれば――」


 リュカが皆まで言わせる気かと、私をにらんだ。


「ジャンポール侯爵家の名に傷がつくのですね」


 私はリュカの思惑通りのことを言わされてしまった。


「……はあ。ごめんなさい。これ以上奥へは行かないよう気をつけます。それでは城に戻りますね」


 二人に背を向けて歩き出したけれど、「気をつけろ」の一言もない。

 たとえ王命による偽りの結婚だとしても、人として、もうちょっと優しくしてくれてもよくない?


 ……ああそうだった。私は人間性を疑われているんだった。……はあ。

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