花園眠莉

 この世に生を受けて十七年。不自由無く、苦労なく過ごしております。親の苦労も何かに打ち込む辛さも知らぬまま、のらりくらりと息をして十七年の時を殺してきました。何とも怠惰な思考に身を置いているのだろうと私は己を蔑む生活を送っております。それでもこの怠惰な思考はより劣悪で悲惨な方へと転落していくのです。


 一度、一度限りで良いから人としての生活を止めたいと願ってしまうのです。人とは底なし沼。一度楽に触れてしまえば相当な気力と根性が無ければ私のように堕落し生きる屍に成り果てるのです。そして私は決行しました。


 学業も食事も娯楽でさえも全て止め、ただひたすらに眠りました。昼も夜も日も、何も分からぬほど眠りました。布団に閉じこもる生活をしても両親は何も言わず見ぬふりをしてきます。腫れ物のように、関わらないように扱われるのです。


 私は生きているのでしょうか。それだけが頭を支配してくるのです。延々と永遠と。重たい体に反して冴える頭は動き続けるのです。眠るだけの生活ばかり、人らしさが無いのです。呼吸するも既に感じることは出来ず、生を感じる手立ては無いのでした。


 外へ出たい。ふと先程の支配を塗り替える欲を感じました。しかし体は重力に抗うことは出来ないのです。それでも、どうしても外へ出たくて仕方が無いのです。ええ、少し意地になっているのでしょう。苦戦の末、頼りなく体を起こしました。すると久しい視界と目眩が私を翻弄してくるのです。不快、不愉快。


 部屋を出ると明るい居間が私を迎え入れてくれました。懐かしく感じたのですがさほど心が揺れていないのが事実でした。喉を潤す為、水を飲むと痛みが走るが気に留める情は持ち合わせておりません。情けない姿のまま外へ出るのは少し躊躇いましたが服を替える労力など無く、そのまま玄関の戸をゆっくりと開くのです。


 燦然。昏い部屋で過ごした私には眩しすぎました。それでも一歩、光へ踏み込んで行きました。陽を直に浴び、僅かに生を感じたのです。久しい感覚でした。目が光に慣れ始めたのを感じ、私は当てもなく靴底を鳴らしました。歩き続けると街路樹の生える道に着きました。葉の擦れる音が、私の髪を乱す風が私の生を表してくれるのです。


 私はまだ確かに生きたいのです。自然で生を感ずる日が来るとは思いませんでした。いつもとは違い乱される髪に苛立つことは無く少し喜びすら覚えました。空の心は私にゆとりを与えてくれたのです。生ける屍が人に戻った瞬間でした。肺に通う空気を感じ、少し冷たさを含む風が体を満たしていくのです。ああ、心地良い。暫くこの心地良さを楽しんだ後、快晴を見上げました。


 家へ帰ろう。帰ってまず風呂に入って、食事を取って自室の片付けをしましょう。無気力で過ごした反動か、人間らしい活力が満ち足りているのです。先程まで来た道をなぞり返しました。途中、すれ違う人に視線を気にすること無く私は実に楽しそうに帰っているはずです。言うまでもないかもしれませんが周りからは満面の笑みを浮かべた道化に見えることでしょう。


 それでも良かったのです。こんなに自然が美しいと感じる日は初めてなのですから。一度立ち止まり木々の隙間から覗く快晴を仰ぎ見ました。空に感動を覚えていない過去を勿体なく思います。再び帰路へつく前に大きく一伸びをしました。


 今日、貴方の見た空はどんな素晴らしい空でしたか?

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花園眠莉 @0726

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