愛する貴女へ〜君と花火と神様がくれた時間〜

長岡更紗

愛する貴女へ〜君と花火と神様がくれた時間〜

 ──幸太くん、愛してる。


 花火を見るたび、俺はあの日のことを思い出す。

 君と過ごした、神様がくれた時間のことを──



 千里ちさとは中学の時の同級生だ。

 昔から頭の良い女だったが、どこか浮いていた感がある。

 人に無関心な態度を貫いていたせいだろうか。それなりに誰かと一緒にいたが、親友と呼べる人物はいなかったようだ。

 頭の良い千里は当然のように進学校へと進むこととなり、俺は底辺の高校へと進学する。

 もう会うこともないと思っていた。

 彼女とは生きる世界が違う。

 頭の良い彼女とアホな俺。釣り合うはずもない。


「高山くん、私と付き合って」


 だから卒業式の日、そう言われた時には目玉が飛び出しそうなほどに驚いた。

 その頃の俺は、特に千里が好きだったわけじゃない。

 彼女が欲しいなと思っていたところだったし、容姿もそれなりに良く頭も良い千里を彼女にするのはステータスだと思っただけだ。


 完全な打算で俺は千里と付き合うことにした。


 しかし彼女は付き合ってもいいと言っても喜ぶこともなく、「ありがとう」と一言呟いただけだ。正直言って、なにを考えているのかわからない女だ。千里は表情が乏し過ぎた。


 付き合うと言っても高校生の頃は部活や勉強などでのすれ違いが多く、あまりデートなんかはできなかった。

 高校を卒業すると俺は就職し、千里は大学に進学する。

 なんで東京の大学に行かずに地元の大学を選んだんだと聞くと、俺と離れたくないからだと千里は答えた。この時も千里はほぼほぼ無表情だったが、俺にはわかる。彼女は心の中ではすごく照れているのだと。


 俺はようやくこの頃から千里のことが本当に好きになっていったのだと思う。




「もしもし? 今から家出るけど、用意できてるか?」


 俺は車のキーをクルクルと回しながら電話越しに千里へと問い掛けた。


「うん、大丈夫。でもなんでわざわざ遠くの花火大会に行くの。明日には地元の花火大会があるじゃない」


 電話の向こうの千里は相変わらず気だるそうだ。そういうところもまぁ可愛いんだが。


「たまにはよその花火大会を見るのも面白いだろ?」

「花火なんてどれも一緒」

「いいから、今から出るからな!」


 それだけを言って返事も聞かずに通話を切った。俺はいそいそと車に乗り込む。


 俺と千里は二十四歳になった。千里も社会人となり、互いに忙しい毎日を送っている。元々擦れ違いの多い付き合い方をしていたが、最近は特に酷い。

 それでも別れもせずにずっと付き合っている俺たちは、相性が良いんだろう。

 俺は千里の家に着くと、俺は車を降りて玄関のチャイムを鳴らした。


「あら幸太君、久しぶり」

「ご無沙汰してます。千里は……千里さんは、準備できてそうですか?」

「ちょっと待ってね、すぐ呼んでくるわ」


 千里の母親が中へと戻り、少しして千里がゆっくりと階段を降りてきた。

 慌てず騒がずといった、こんなところが彼女らしい。


「ごめんね、お待たせ」

「おう。行こうぜ」


 千里の格好は浴衣でもなんでもなかった。でもスカートを履いているところを見ると、少しはお洒落しようと頑張ったのだろう。

 俺はそれを嬉しく思いながら千里を助手席に乗せ、花火大会の会場に向かった。


「ふう、参ったな。あんなに遠くにしか駐車場が空いてないなんて」

「この町の花火は有名だから。わざわざこんなところまで来なくても、地元の花火で良かったじゃない」


 千里は長距離を歩かされたせいか少しご機嫌斜めだ。新しい靴を履いてきてしまったらしく、靴擦れを気にしている。

 それでもどうにか会場に辿り着き、出店を少し回った後で浜辺に腰をおろした。


「さすがに疲れたなぁ。ちょっとゆっくり花火でも見ようぜ」

「うん……あ、炭酸ストロンチウム。チタン合金。炭酸カルシウム、酸化銅。やっぱりアルミニウムは良いよね。硝酸バリウムもきれい」

「やめれ、情緒なくなるだろ」

「炎色反応はとても情緒があると思うわ」

「普通に見ようぜ、普通に……」


 俺は呆れながらもそっと千里の腰を抱き寄せて花火を見上げる。

 少し恥ずかしそうにしていたが、きっと内心では喜んでいるに違いない。可愛い女だ。


『続きまして、メッセージ花火の打ち上げを……』


 花火の打ち上げが落ち着いたと思ったら、今度はメッセージ花火が始まるようだ。

 一つ目のメッセージが女性のアナウンスで読み上げられる。


『お父さんお母さん、結婚30周年おめでとう! これからも仲の良い夫婦でいてね! 子どもたちより』


 そう言い終わると同時に、ヒューンと音がして大きな花火が弾けた。会場内に拍手が巻き起こる。


「メッセージ花火なんてあるのね。知らなかった」


 千里はそう言いながら消えていった花火を探すように呟く。

 俺の心臓は半端ない鼓動を打ち立てていた。

 そんな俺の気持ちをよそに、次のメッセージが読み上げられる。


『ともこー、愛してるぜー!!』


 それを聞いて顔を顰めている千里。思わず俺は千里を覗き込み問い掛ける。


「ど、どうしたんだ、千里……」

「恥ずかし。よくこんなメッセージ花火なんかできるよね。お願いだから幸太君はこんなことしないでよね」


 千里の冷たい瞳が俺に刺さった。

 これはまずい、ヤバイ流れだ。


「ちょ、ちょっとその辺歩いてこないか?」

「歩き過ぎて足痛いんだけど」


 そういえばそうだった。でもなんとかして流れを変えておきたい。

 俺のメッセージが読まれる前に。


『次は、高山幸太さんから恋人の石田千里さんへのメッセージです』


 そう思った瞬間のアナウンスに、俺はビキッと固まった。よりによって、もう次が俺かよ。

 ちょっとインターバルくれてもいいじゃないか。俺は今、『こんなことしないで』と言われたばかりだぞ。

 千里は驚いたのか化け物を見るような目で俺を見ているし、もうヤダ。泣きたい。


『千里、ずっと一緒にいてくれてありがとう。これからも一生そばにいてほしい。俺と結婚してくれーーーー!!』


 ヒューーンと花火が上がって行き、ドカンと花火が打ち上がる。

 アナウンスのお姉さん、盛り上げようと語尾を伸ばし過ぎだろ。俺はそんな風に書いた覚えはないよっ!

 打ち上げられた花火の明るさで千里の顔がしっかりと確認できた。

 さすがは八尺玉の花火だ。長いメッセージ込みで五万円掛かったが、それだけの価値はある。

 たった一瞬だけ輝いて消えた俺の花火は、千里の心に届いたのだろうか。


「ち、千里……」


 俺が恐る恐る話しかけると、千里は振り向いてこう言った。


「きれいだったね、炭酸ストロンチウム」


 言うに事欠いてそれかよ、と思ったが、千里の頬は炭酸ストロンチウムの炎色反応よりも赤く染まっていた。


「で……返事は?」


 喉がカラッカラになって声がかすれながらも俺はそう問いかけた。

 長く付き合っているというのに、こういう時に千里がどういう反応をするかわからなかった。あっさりと振られることもあり得るかもしれない。


「幸太君……私……」


 まさか、振られるのか?

 潤む千里の瞳。

 それを見て不安になる俺。

 ヒュルルと音がして、次のメッセージ花火が打ち上がる。


 ──嬉しい。


 ドカンと打ち上がる花火の音で、千里の声は聞こえなかった。

 けれども涙を流して微笑む姿見て、俺は千里がなんと言ったのかわかったんだ。


 俺はこの日、千里を一生愛して行くと決めた。

 一生、この身が果てるまで。

 たとえどんなことがあったとしても──。




 ***





 愛する妻が死んだ。

 享年72歳だった。

 今の時代では若いと言って貰えるくらいの年齢だろう。

 病気だった。でも、治療はしなかった。

 誰もそれを望まなかったから。


 俺は薄情な夫だろうか。

 妻の千里は五十代半ばにして認知症を発症した。

 俺はあんなに頭の良かった妻が認知症を患うだなんて思ってもいなかった。

 最初は物忘れがあったくらいで、大して気にも止めてなかったのだ。

 物覚えの良過ぎるお前がようやく人並みになったな、などとお気楽に笑っていたものだ。


 症状はどんどん進行していった。

 今食べたものが思い出せなくなった。

 昨日の出来事がわからなくなった。

 子供の名前を思い出せなくなった。

 ……俺のことを、忘れてしまった。


 症状が進行すると同時に、千里はどんどん異常行動を取るようになってしまった。

 イライラしていて、気に入らないことがあると噛みつかれた。

 暴力的になり、俺は何度も何度も妻を押さえつけた。

 女と言えど、遠慮のない力というものはすごいものだ。

 それでも俺は殴り返したりなどせず、よく我慢したと思う。


 千里が病気だとわかったのは、昨年の春のことだ。手遅れというものではなかった。手術をすればまだ生きられるものだったのだ。

 しかし、俺はそれを希望しなかった。子どもたちも同じで、もし手術をすると言ったとしても止められただろうと思う。

 みんな限界だったのだ。これ以上生きながらえさせたところで、誰も喜ぶとは思えなかった。

 だって誰の名前も覚えてないのだ。千里の中で思い出が消えてしまっている。

 あんなに可愛がっていた子どもも、孫も……夫である俺でさえも。

 誰一人として覚えていない者を家族と呼べるだろうか。俺のことを知らない人だという千里を、妻なのだと思うことすら苦しかった。


 可哀想な女だ。

 愛する子どもたちには面倒がられ、可愛い孫には邪険にされる。

 唯一の味方にならなければならないはずのには、妻と認められてさえいない。


 ごめんよ、千里。

 もう疲れた。

 病気の君を救おうともしない俺を許してくれ。


 俺は頼み込んで千里をそういう施設に入れてもらった。

 薄情な夫だと思う。

 でももう限界だったのだ。

 千里も痛み止めの注射や点滴を貰える場所の方が楽に余生を過ごせるはずだ。


 こうして千里は俺の手から離れた。

 千里が近くにいないことへの違和感はあったが、安堵の方が大きかったのだと思う。

 見舞いにもろくに行かなかった。俺は自分の時間を取り戻すかのように、自由に時を過ごしていた。


 そして昨年の夏だ。その施設から一本の電話が掛かってきたのは。

 俺はとうとう千里が死んでしまったのかと思い、俺の方が死ぬのではないかと思うほど心臓がバクバクしたのを覚えている。


「高山さんのお宅ですか? 千里さん、随分と症状が落ち着いているんですけど、一日だけでもお家に帰らせてあげてはいかがでしょう。もしかしたら……これが最後になるかもしれませんし」


 施設の職員は言いにくそうにそう言った。

 症状が落ち着いている? そんな馬鹿なと俺は笑った。

 そんなはずはない。認知症も随分と進み、手がつけられなくなっていたのだから。


 そう思いながらも俺は施設に向かった。

 やっぱり千里を失うのは辛かった。電話が掛かってきた時、俺は心底恐怖したのだ。千里を看取ってやれなかったのだと思った瞬間、後悔と罪悪感に襲われた。

 幸いにして、千里はまだ生きている。本当の後悔をしないように、せめて一日だけでも職員の言う通り家で過ごさせてあげよう。


 施設にいた千里は、職員の言った通り落ち着いていた。

 恐らく、痛み止めの薬のせいであるとは思う。

 少し目は虚ろだが、穏やかな雰囲気に変わっていて俺は驚いた。


「ね、落ち着いていらっしゃるでしょう?」

「ほ、本当ですね……」


 俺はそっと千里の手を包む。

 ああ、まだ七十二歳だというのにしわっしわの手だ。

 若作りしてる同い年の隣の奥さんはまだ六十歳くらいにしか見えないのに、千里は八十を過ぎた婆さんに見える。


「千里……俺がわかるか?」


 そう聞いてもなんの反応もなかった。口の奥でもごもごぶつぶつと言葉とも言えないものを呟いているだけだ。


「一日だけ帰ろうか、千里。今日は花火大会だぞ」


 そう言うと、職員に花火大会には行かないようにと注意された。

 もちろん行くわけもない。

 家の二階から遠くの花火を見ることはできるので、それはいいかと聞くと、いいと言ってもらえた。


 俺は千里を家に連れて帰ってきた。

 これが最後になるかもしれないと言うと、子どもや孫たちが全員集まってくれた。


 二階の部屋に食べ物を運び、家族で花火鑑賞会だ。

 花火が見やすいバルコニーに千里の車椅子を移動してやる。


「お母さん、梅ジュース飲む? 私が作ったのよ。お母さんも昔よく作ってくれてたでしょ」


 長女がそう言って千里に梅ジュースを飲ませてくれた。

 いつもと違って穏やかな母親に、娘も優しくなれるのだろう。

 長男も次男もこれが最後という思いからか、とても大切に千里を扱ってくれる。


「嘘みたいに穏やかだね、お母さん」

「表情はないけどな」

「やだお兄ちゃん。お母さんは昔から表情が乏しかったじゃない」


 長女の突っ込みに、子どもたちはどっと笑う。


 ああ、確かに千里は表情が乏しかった。

 ただの一度として怒ったり叫んだりしなかったのだ。

 認知症を発症してからの千里しか知らない孫たちはこんなことを言うと驚くかもしれないが。


「そろそろ花火が上がる時間よ。お母さん、ほら。あっちを見ていて」


 娘の声に反応して、千里は海の方を見た。

 その瞬間、本日一発目の花火があがる。

 燃えるような赤い色した大きな花火。

 ドーンという音が、何拍か遅れて家に響く。


「お、お母さん?」


 慌てるような娘の声に、俺は千里の方を見た。

 車椅子に座っていたはずの千里がいつの間にか立ち上がっている。

 もう立ち上がることも、困難だったはずなのに。


「ど、どうしたの、お母さん? 花火怖かった? 部屋に戻る?」


 もう一度花火が上がる。

 その瞬間、俺は見た。

 千里が……笑っているのを。


「千里……」


 俺は思わず名前を呼んだ。虚ろだった目が爛々としているのだ。

 そこにいた誰もが目を丸めた。


「幸太君はね、恥ずかしがり屋なのよ」


 そしていきなりそんな言葉を口にしたのだ。

『幸太君』と呼ばれるのは何年……いや、何十年振りだろうか。もう最後に呼ばれたのはいつだったかさえ思い出せない。


「恥ずかしがり屋だから、プロポーズの言葉も本人から直接言われてないのよ。メッセージ花火って知ってるかしら。そう、それで結婚してくれって言われちゃって。もう、恥ずかしいったらなかったわ」


 俺の顔はカッと熱くなった。

 息子や娘や孫たちがこちらを向いていたからだ。

 千里はプロポーズの話を聞かれても内緒だと言って子どもたちには一切教えていなかったし、俺も照れ臭くて話したことはなかった。

 それが今、千里の口から朗々と語られてしまっている。


「それで、なんて返事したの?」


 娘が千里に尋ねる。俺の耳が真っ赤になっていることなどお構い無しに。


「私? もちろん『嬉しい』って伝えてオーケーしたのよ。だって私、幸太君のこと愛しているもの。この世で一番。幸太君がそばにいるだけで、私は幸せなの」


 幸太君のこと、愛してる。


 その言葉を聞いた瞬間、俺の目頭は一気に熱くなり、耐えきれずにおんおんと年甲斐もなく泣き始めてしまった。子どもや孫が見ているのも忘れて。

 胸が焼け焦げるかと思うほどの熱い千里の想いを耳にして、俺は叫ぶように泣いた。


 千里は俺に愛していると言ったことは、ただの一度もなかった。

 わかっている。彼女は恥ずかしかったのだ。俺よりも数段恥ずかしがり屋なのだから。


 俺はどうだっただろうか。俺は愛しているという言葉を、自分に酔って使ってはいなかっただろうか。

 こんなに純粋に愛の言葉を紡いだことはあっただろうか。


 千里の瞳が俺を見ている。

 少し不思議そうに、でもとても穏やかな顔で。


 あの夏の日の君の顔は忘れられない。炭酸ストロンチウムの炎色反応よりも真っ赤になっていた、君の顔を。


 あの時に俺は決意したんだ。

 千里を一生愛すると。

 どんなことがあったとしても。


 それなのに、俺は一度愛を捨ててしまっていたのかもしれない。

 俺を忘れている千里など、千里ではないと思い込んで。


 でも、ちゃんと彼女の中に俺はいたんだ。

 あの日のプロポーズを、こんなにも嬉しそうに語る千里が。

 千里は俺を完全に忘れたわけじゃなかった。


 喜びとともにくだる涙。

 俺は千里を強く強く抱きしめた。

 その日の花火が光り終わるまで──






 その日から俺は、千里を自宅で看病することにした。

 痛み止めを投与し続けているのでぼんやりした時が多いが、たまにふと思い出したように昔を語ってくれた。

 これは一体どういうことだろうか。

 死期が近い者への神様の贈り物の時間なのだろうか。

 千里は終始穏やかで、家族の思い出を語ってくれた。


 でも、彼女はもうすぐ死ぬ。


 どうして俺は治療を受けさせてやらなかったのだろう。

 施設に預けっぱなしでろくに顔を見にも行かず、薄情な男だった。

 どんなことがあっても一生愛すると決めたのに、千里の夫失格だ。


「どうしたの、幸太君」


 悲しそうな声で千里が俺の頭を撫でる。


「ごめんな、千里……」


 それしか声が出てこなくて。

 千里に申し訳なくて。

 千里がもうすぐいなくなるのが怖くて。


 震える手が止まらない。


「怖いの? 大丈夫。ちゃんと空から見てるから──」


 その言葉を最期に、千里は眠るように逝った。


「千里……愛してる……」


 俺の最後の言葉は、ちゃんと彼女に届いたのだろうか──





 ***





「おじいちゃーん、出店回って来ようよー!」


 一番下の孫が俺の手を引っ張ったが、俺はやんわりとそれを断わった。


「すまんな。ちょっとここで花火を見たいから、お父さんと行ってこい」

「えー、おじいちゃんと行きたかったのにー」

「ほら、行くぞ」


 末の息子が孫を連れて行ってくれる。

 今日は隣町の花火大会に連れて来てもらったのだ。


 そう、千里にプロポーズした、あの花火大会である。


 今日は人生で二度目の、俺のメッセージ花火が打ち上がるのだ。

 会場内に女性のアナウンスが響き渡った。


『高山幸太さんより、天国にいる高山千里さんへ──』


 君はまた、驚いた顔をしてくれているだろうか。

 あの空の上で。


『千里、結婚してくれてありがとう。そばにいてくれてありがとう。俺はもう少し、こっちで孫たちの成長を見るとするよ。どうか天国で見守っていてほしい。そして生まれ変わったら、また俺と結婚してくれ!!』


 光の線が地上を飛び立ち、暗闇に高く弾けた。

 大きな八尺玉の花火が空を照らす。

 炭酸ストロンチウムと君は呟き、そして笑ってくれただろうか。


 ドンという花火の音でかき消されただけで、きっと千里はこう答えてくれたことだろう。


 たった一言だけ、嬉しい……と。

 きっと頬を真っ赤に染めて──



ーーーーーーーーー


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