夜勤族の妄想物語3 -6.あの日の僕ら2~涙がくれたもの~-

佐行 院

6. あの日の僕ら2 ①~⑤

6.「あの日の僕ら2~涙がくれたもの~」


佐行 院


-①序章~預けしもの~ -


 決して自らの意志では無い圭とのキスを目撃されてからずっと話してなかったにも関わらず、ずっと大好きだった好美を失った守は失意のどん底にいた。棺桶の横で桃や美麗とずっと号泣していた時、葬儀場の出入口で好美の両親に必死に頭を下げる男性がいた。


男性「この度は大変申し訳ございませんでした、全て私共の監督不行き届きが故でございます。せめて故人様に手を合わせさせて頂いても宜しいでしょうか。」


 好美の父である操と母・瑠璃はその男性の入場を拒否し続けていた、会話から察するに男性は好美が働いていた工場の工場長らしい。


操「帰って下さい、たった今形式通りの言葉ばかりを並べていた貴方が手を合わせても決して好美は喜びませんよ。私達夫婦も同様に貴方の謝罪なんかいらない、今すぐ大切な娘を返して下さい!!私達の宝を返して下さい!!」

工場長「大変申し訳ございません、大変申し訳ございません!!」

瑠璃「聞けば貴方、工場で毎晩夜勤をされている方々と決して顔を合わさずに会話と言えば電話だけって言うじゃないですか。」

操「監督不行き届きもいいところだ、今すぐ帰ってくれ!!私達はあんたの顔なんてもう見たくない!!見たいのはあのあどけなかった娘の太陽の様に明るかった笑顔だけだ!!」

工場長「申し訳ございません・・・。」


 右手に持つハンカチを濡らしながら何も出来ずに無力なままの工場長は必死に謝罪すると、頭を下げたまま振り返り帰って行った。

 葬儀が終わり、火葬場での事。火葬される直前の好美の顔を見た守は再び号泣した、何とも綺麗な顔なのだ。今でも「死んだふりでした」と言って起き上がりそうな位に元気そうに見えたのは守だけでは無かった、そこにいた桃や美麗にもそう見えていた。


桃「あんたね、ドジで馬鹿だけど突然いなくなるのはただのズルだよ。」

美麗「そうだよ、私もう何も失いたくないって言ったじゃん。どうして秀斗に続いて好美も私から離れていくの、お願いだから目を開けてよ!!」

守「くそぉ・・・、くそぉ・・・。」

操「皆、ありがとうな。こっちの街で好美は幸せに暮らしていたんだな、あいつは幸せ者だよ。」


 暫くして、棺桶の蓋が閉まり好美の火葬が始まった。


桃「おじさん、徳島にあるお墓に好美の骨を入れるんでしょ。必ず手を合わせに行くからね。守君も美麗も行くでしょ。」

守「ああ・・・。」

美麗「当たり前じゃん。」


 数時間後、火葬が終了した。そして納骨の儀、綺麗だった好美は骨だけになってしまっていた。もう本当に、会えないのだ。

 火葬場から家に戻った守は母・真希子に清めの塩をかけて貰って家に入った。喪服のまま缶ビール片手にベッドにダイブすると再び涙を流した、枕が一気に濡れた。

 真っ暗な部屋で号泣していると携帯が鳴った、登録こそはしていなかったが見覚えのある番号だ。出てみると聞き覚えのある声、副工場長の島木だ。


島木(電話)「度々のお電話失礼致します、実はと申しますと好美さんから預かっている物がございまして。自分に何かがあった時に守さんに渡す様に頼まれていたのですが、いかが致しましょうか。」


 数分後、守が指定した喫茶店に片手に大きな紙袋を持った島木らしき人物がやって来た。紙袋を受け取った守は中身をすぐに確認した、見覚えのある衣服と手紙だ。そう初めて守が好美にプレゼントした衣服、一先ず守は手紙を読んでみる事にした。


守へ、

この手紙を読んでいるって事は私またドジしちゃったって事だね、本当にごめんね。実は守が他の女の人とキスしていたのを見ちゃった時、本当に悔しかったけどよく考えれば私達の関係はそれ位で崩れない物だったもんね。だからずっと気まずかったけど何度も声をかけようとしたんだよ、あれからちゃんとお話し出来なくてごめんね。

その服、すっかりサイズが合わなくなっちゃったけど大事にしてたんだ。副工場長から受け取ったら私と思って大切に持っておいてくれないかな。

じゃあ、私先に行くね。さよならなんて言わないよ、守の事ずっと待ってるから。

好美より


 守は喫茶店のソファで再び号泣した。


-② 英雄は忘れた頃にやって来る-


遠くから守と島木の様子をコーヒーカップを拭いながら見守っていた店主は、守が号泣しているのを見て思わず2人の座る席に走って行った。


店主「島木!!お前、俺の大事な守君に何をしたんだよ!!」

島木「すいません、実は・・・。」

守「店長・・・、島木さんは何も悪くありません。先日亡くなった俺の恋人の遺品と手紙を持って来て下さっただけなんです、ずっと預かっていて下さったんですよ。」


 守が指定したのは学生時代にアルバイトをしていた喫茶店だった、店主である我原 聡と島木は学生時代の先輩後輩の関係で今でもたまに呑みに行く位の仲であった。

 ただ島木は我原が喫茶店を経営している事だけは知っていたのだが、今自分がいるお店だという事を知らなかった。実は初めて来る店で、島木と守のコーヒーを持って来たのもアルバイトの女の子だったので全く気付かなかった。


聡「それはすまなかった、悪い。」

島木「いや、良いんです。怪しまれても仕方がありませんよ、それ位の罰では足らない位の罪を私の働く工場は犯してしまったのですから。本当に申し訳ございません。」

守「謝らないで下さい、謝るなら今すぐ好美を返して下さい。」


 謝罪なんか受けてもちっとも嬉しくなんかなれない。


守「あの・・・、唐突に聞くのですがどうして好美は亡くなったのですか?」


 島木は深くため息を吐いて重い口をゆっくりと開いた。


島木「率直に申しますと、これはあくまで私自身の推測なのですが今の工場長が原因かと。」

聡「なるほど、私も聞こうじゃないか。」


 聡はアルバイトにホールを、そしてもう1人にキッチンを任せると守の隣に座った。息子の様に可愛がっていた守に関わる事だ、自分も知っておきたい。


島木「実はと申しますと、先代の工場長の時、経営は毎年黒字で安定していたのですが今の工場長に変わってからずっと赤字で一時経営難に苦しめられたのです。しかし、今でも怠惰な工場長は全くもってその問題について真剣に考えることは無く全てを私に押し付けてきました。

 そんな中、とんでもない事を行ったのです。

 実は私の働く工場、「貝塚技巧」は全体的に吹き抜けになっていまして、2階の部分にほぼ壁が無く、1階から全て見える状態でしたので親会社の社長の計らいで防災用に柵とネット、そしてハーネスを取り付けていました。

 しかし工場長は経費の足しにするからと全てを取り外し、売り払ってしまったのです。

 ただ経費の足しには全くなっていなかったらしく、工場長が取引先の方々と呑みに行く時の交際費用として使われていた事が発覚しました。

 私は考え直す様にと申し上げたのですが、「従業員が注意しておけば大丈夫だ」と耳を傾けてはくれませんでした。」


 すると、カウンターで島木の言葉をこっそりと聞いていた3人の女性達が踵を返してこちらを向いて来た。それにしても「貝塚」か、どこかで聞いた事がある様な・・・。


女性①「話は聞かせて貰ったよ、副工場さん、そして守君。」

女性②「例の怠惰な工場長とやらを調べてみる価値はありそうだね。」

女性③「私達の出番だね、大事な友達の為に動かなきゃね。」


 そう、声を掛けて来たのは美麗、桃、そして香奈子だったのだ。


守「「調べる」ってどうするつもりだよ、お前ら別に探偵って訳じゃないだろ。」


 すると3人は踏ん反り返り、声を揃えて答えた。


3人「何とかなるっしょ!!」

守「なるかぁ、実際に人が死んでるし現場に行けば不法侵入とかで怪しまれるだろ。」


 まさかあの台詞に対する突っ込みを自分がする事になるとは、確か香奈子の引っ越しの時は好美が突っ込んだ様な・・・。

 ただその言葉を聞いて島木の後ろでオレンジジュースを飲んでいた女性が声を掛けた。


女性④「何とかならない事も無いかも知れないぜ、守。この俺に任せろや。」

守「お前・・・、まさか結愛か?!」

島木「貴女は・・・、か・・・、貝塚社長ではありませんか!!」

結愛「守、お前俺の顔も忘れたのかよ。落ち込んでるからって無視してんじゃねぇよ。」


-③ 社長の裏側-


 まさかのタイミングでの登場を迎えた英雄を間近に見て目を輝かせていたのは、悩みに悩む守や島木ではなくまさかの美麗と桃だった。


美麗「あの・・・、読モの「YU-a(ゆうあ)」さんですよね?!」

結愛「ああ・・・、そうですけど。」

桃「私達あの雑誌のファンなんです、サイン下さい!!」

香奈子「2人共やめなよ、迷惑がってんじゃん。」


 つい2カ月ほど前の話だ、結愛が経済雑誌の「今活躍する女性若社長」という企画の取材を受ける為にとあるスタジオへと向かった時、誤って隣の部屋に入ってしまい、撮影スタッフに無理矢理腕を掴まれ着替えさせられた後に中心へと導かれ、挙句の果てにはそのまま撮影が始まってしまったのだが意外と乗り気だった結愛は撮影を楽しんでいたという。

まさか、本当にファッション雑誌に掲載されると思って無かったので適当に「YU-a」という名前を手渡された書類に書いたが故、今に至るそうだ。

 隣の部屋から慌てた取材スタッフが来た時はかなり赤面したらしい、ただ結愛本人は翌月の撮影にも楽しそうに参加して人気投票では上位にランクインしているそうだ。


結愛「今は貝塚財閥の社長としてここにいるんですよ、サインはしますからすぐに席を外しても良いですか?」

美麗「嬉しいです、ありがとうございます!!」

桃「でもそうして守君と知り合いなんですか?」

結愛「守とは高校が一緒なんですよ、同級生でして。」


 ふと「ん?同級生?守の友人?」と思った瞬間、結愛は通称「大人モード」を解除した。


結愛「あー、面倒くせぇ!!お前らは守の何なんだよ?」

美麗「よく遊んでる友達・・・、です・・・。」

結愛「同期なんだからタメ口でいいよ、守の友達は俺の友達だからな。」


 この通称「悪ガキモード」の事はファンの間でも噂になっているらしく、この状態での結愛に会うと幸運になれると言う話も持ち上がっていた。

 桃と美麗は本当に嬉しそうに叫んでいた、しかし今はそれ所ではない。「貝塚技巧」について話し合わないといけない。少し申し訳なさそうな表情をした島木が女性達に近付き結愛に声を掛けた。


島木「社長、申し訳ないのですがそろそろ宜しいでしょうか?」


 「社長」と呼ばれた瞬間、結愛は慌てた表情で「大人モード」に入った。


結愛「あ、島木さん。ごめんなさい。(美麗達に)お前らも協力してくれんだろ、頼りにしてるぜ。」


 結愛は飲んでいたオレンジジュースを取ると守の隣に座った。


聡「社長、珈琲をお持ち致しましょうか。」

結愛「すいません店主さん、実はお・・・、私珈琲が苦手でして。それで・・・、私が取り付けた安全器具を全て工場長さんが売ってしまわれたのですか?「安全第一」で働くのは基本中の基本だと思うんですが。」

島木「勿論です、従業員の安全を守るのは上司である私達の義務です。私自身からも工場長の我原に伝えたのですが。」

守「我・・・、原・・・。」


 身に覚えのある苗字だ、結構寸前に。


結愛「そうだ守、ここの店主である聡さんのお兄さんが「貝塚技巧」の工場長なんだ。」

聡「すまない、黙っているつもりはなかったのだが。何分、言い出し辛くて。」

守「そうですか・・・、じゃあ好美は店長のお兄さんの酒を呑みに行くための行動で死んだという事ですか・・・。いくら何でも悔しすぎる・・・。」


 あまりにも下らなすぎる理由を聞き、再び涙を流す守。


美麗「私達もだよ、でも守君は悔しさの度合いが違うはずだよね。だから出来る事が有ったら何でも言ってね、協力するから。」

守「ありがとう美(み)・・・、美麗(メイリー)・・・。」

美麗「もう・・・、どっちでも良いから。」


 少しでも元気な姿を見せようとおどけて見せる守、こうやって守に笑っていて欲しいのはきっと星になった好美の願望なのだろうと美麗は思っていた。

 桃も香奈子も一先ず安心していた、さぁ、作戦開始だ!!


-④ 過去と変わらず-


 工場長への恨みを晴らす為の行動を開始しようとするメンバーは、狭い喫茶店の一角で悩みに悩んでいた。行動するにも何からすべきかを考える必要がある、正直に言うと工場長の関係者である聡と島木の存在は本当に大きく感じた。


結愛「1つお伺いさせて頂きますが、お兄さんは昔から怠惰な方だったんですか?」

聡「そうですね・・・、兄は小学生の頃、夏休みの宿題もなかなか手を出さずに毎年両親に怒られている様な人間でした。毎年の様に「来年はちゃんとする」と約束していたにも関わらずずっと同様の行動を繰り返していた事を覚えています。

 高校に入ってからはまともに通学する事も無く、毎日の様に狭い部屋で籠ってずっとテレビゲームをしていた様な人間でした。

これは私個人的な感情なのですが、きっと兄は人間として成長する気が無かったのだと感じたのです。

そんな兄がある日、「高校を辞めてある工場で働き始めた」と言っていました。それが「貝塚技巧」だったんです。それまでの兄とは打って変わって毎日必死に働いていましたので両親は一安心していました。

それから数年後、「働いている工場で工場長になった」と言って涙を流しながら帰ってきました、ただそれからなのですが日に日にブクブクと太りだしたのです。

兄の姿を見た私は嫌な予感がしました、「工場長になった事につけあがってまともに働かなくなってしまったのだ」と。

やはり私の嫌な予感は当たっていたのです、当時、風の噂ですが「貝塚技巧」が原因不明の経営不振に陥っているという事を聞いてしまいました。

それから毎晩の様に顔を赤くして仕事から帰って来る兄に質問したんです、「今の状態で大丈夫なのか」と。

すると兄はこう答えました、「お前には関係ない、全て上手く行く」と。」


 ここまでの聡の言葉を聞いて島木が口を挟んだ。


島木「我原先輩、いや聡さん、ここからは私が語っても宜しいでしょうか。」

聡「ああ・・・、そうだよな。俺より社内の人間であるお前の方が詳しいはずだよな、社長さん、宜しいでしょうか?」

結愛「勿論、宜しくお願いします。」

島木「工場長・・・、いや聡さんのお兄さんは定時に工場に来て定時に去って行くと言う行動をしていました。しかし決して作業場に入ることなく、事務所のデスクでずっと携帯を操作して取引先の電話に適当に受け答えをしていたのです。

 そのお陰で私は、在庫や設備の管理を中心に頭を悩ませていました。毎日の様に不必要な部品がやってくる上に、いつまでも老朽化した設備を改善・一新しようとしない。正直、腹を立てていました。

 遂に怒りが頂点に達した私は独断で設備等の改善を行い始めました、特に従業員からの要望が多かった安全対策と人員不足の問題を中心に。

 その時は貝塚社長に本当に感謝していました、防災用のネットや柵、そしてハーネスを与えて下さった事に。

 しかしそんな時に限り、珍しく作業場へとやって来た工場長は安全対策を見て「あれは何だ」と激昂したのです。きっとご自分の知らない所で変化が起こっている事が気に食わなくなったのでしょう、そのタイミングで入社してきたのが倉下・・・、いや好美さんでした。その時、好美さんの新入社員面接を行ったのは工場長ではなく私でした。

 工場長は面接の事を知っていたにも関わらず、取引先の方々とゴルフに興じていました。正直、工場に関してはほったらかしだったのです。

 好美さんが働き始めてから数日後、工場長は「経費が足らないのに何故人員が増えているんだ」と苦言をしてきました、だから私は言い返してやったのです、「経費の殆どはあんたが遊びに使ってしまっているじゃないか」と。

 その翌日でした、貝塚社長がご厚意で取り付けて下さった安全対策が全て取り外されていたのです。私は真っ先に工場長を問いただしました、「どうなっているんだ」と。

 その時私は工場長の返答に耳を疑いました、「従業員の安全などどうでも良い、それより必要なのは取引先と友好的に付き合う為の交際費だ」と言ったのです。

 それから数日後・・・、あんな事に・・・。守さん、大切な恋人をお守りする事ができなくて本当に申し訳ございませんでした!!」


 島木はずっと泣いていた、正義感の強さからだったのだろうか。


守「島木さん、貴方は好美を守ろうとした方の人間です。全ての罪は無責任な工場長にあるのです、決して謝らないで下さい。それより、俺と好美の大切な思い出の品を残して下さって本当にありがとうございます。」

島木「何を仰いますやら、私に出来る最低限の事をしたまでです。正直、何も出来なくて悔しい位ですよ。こうやって話し合っている間でも工場長が何食わぬ顔で遊びに出かけているという事に本当に腹が立っているのです、私で良かったら何でも仰って下さい。」


 島木の言葉を聞いてずっと考え込んでいた結愛が尋ねた。


結愛「島木さん、工場長だけに内緒にして小型の隠しカメラを仕掛けても良いですか?」


-⑤ 作戦開始-


 結愛が作戦開始に向けた発言をした中、守は未だに1人表情を曇らせていた。まるで心に大きな穴が開いた様な様子、葬儀から数日経過したがきっとまだ好美を失ったショックを忘れる事が出来ていないのだろう。ただ結愛達は当然の事かと黙認していた。


島木「まだ辛く感じるのは当然ですよね、私で良かったらご協力をさせてください。」


 そんな中、話し合いの場として使われていた喫茶店のアルバイトとして働く女の子が近づいて来た。


女の子「失礼します、これ良かったら・・・。」


 女の子は守の前にクリームたっぷりの特製カスタードプリンを1皿置いた。


守「あの・・・、頼んでませんけど。」


 守の言葉を聞いた聡が即座に口を挟んだ。


聡「おいおい、お前勝手に何やってんだよ。」

女の子「放っとけなくて、お代は私が出しますから。甘い物食べたら少しは元気出るかなと思いまして。」

守「えっと・・・、折角なので頂きます・・・。」


 守は出されたプリンを1口、そしてゆっくりと咀嚼した。


守「うっ・・・、くっ・・・。」


 守はまた大粒の涙を流した。


島木「守さん、どうしたんですか?」

守「すみません、好美がお菓子作りが得意だったことを思い出しまして。特にプリンは本当に美味しかったんです。」


 プリンを持って来た女の子は少し罪悪感を感じていた、自らが持って来たプリンにより目の前の客を号泣させてしまったからだ。しかし次の瞬間、守が発した言葉にホッとした。


守「ありがとう、嬉しかったよ。でもいいの?お金、払うよ?」

女の子「良いんです、奢らせて下さい。私が望んでした事なので、それより大丈夫ですか?」

守「うん、なんとか落ち着いたよ。またお店来るね。」


 守はそう答えると作戦開始に向けて動き出した、結愛の指示を受けた黒服長の羽田から紙袋を受け取ると首を傾げて尋ねた。


守「おい結愛、これ何だよ。」

結愛「お前には光明と一緒に貝塚技巧に潜入してもらう、お前が工場長の目を逸らしている間に光明が隠しカメラを仕掛けるって作戦だ。昔やっただろ。」

守「そんな事もあったかな・・・、いや無かった様な気もするけど。正直言って昔過ぎて覚えてねぇよ。いやでも待て・・・、確かあん時は深夜に仕掛けた隠しカメラと小型のドローンを使って無かったか?」

結愛「まぁ・・・、俺も記憶がうやむやだから仕方ねぇか。」

桃「あんた達、どういう過去を持ってんのよ。」

守「正にも聞いてみろよ、アイツも同じ経験をしているからな。」

結愛「おい、ちょっと待てよ、正って誰だよ。」

守「同じクラスだった橘だよ、橘 正。ここにいる桃ちゃんはアイツの彼女なんだ。」


 下の名前を憶えられていない正って一体・・・。


 数日後、結愛と島木の許可が下りた上での潜入作戦が始まった。最初は貝塚技巧の出入口で工場長に会う事だった。


島木「工場長、本日工場見学に来た五味光明さんと久石 守さんです。」

光明・守「宜しくお願いします。」

工場長「工場長の我原 悟(がはら さとる)です、今日はじっくり見て楽しく勉強して行って下さいね。」


 偽名を使っているとはいえ、親会社の副社長の顔を覚えていない工場長。そこからも仕事に対する怠惰な考えが見て取れる。


島木「では五味さんは私と、そして久石さんは工場長と見学して行って下さい。」

悟「では久石さん、こちらへどうぞ。」

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