第8話 『不要だ』

「——ってなわけで、あいつの生誕日を祝いたいんだが、茉由子、何かいい案はないか?」


 露店の店先にて、嘉禄が尋ねる。

 語り掛ける相手である店主は茉由子。これから売りに出す衣類の整理をしているところだった。


「そう言われても……ロクちゃん、クーちゃんが祝われるのを拒否していることは知っているでしょう?」


 茉由子が砕けた調子で話すのは、菊理と同様に、嘉禄とも親しい中であるから。

 嘉禄も元は移民である為、同じ移民の中でも特に頑張り、自分の力で何とかしてやるという気概の強い茉由子と、自然と仲良くなっていったのだ。


「もちろんだとも。だからだよ、俺が祝ってやりたいのは」


「だから、って?」


「ほら、あいつは次代の巫女である咲夜様の補佐に着こうとしてるだろ? てことは、このまま命を落とさずにいたら巡礼に参加するって訳だ。だからだよ」


「うーん、話が見えないけれど……巡礼って、千年に一度の祭典なんでしょう?」


「えっ? 祭典……あっ、あぁ、そうだ……そうだとも。千年に一度の祭典なんて、きっと生誕日なんて忘れてしまう程に豪勢なものだろう? だから、その前に祝ってやりたいんだよ。巡礼の後じゃあ、俺からの祝いなんて霞んじまうだろ?」


「うーん、そういうものかなぁ? まぁ何でもいいけど」


「お、おう…!」


 危なかった、と冷や汗をかきつつも内心安堵する嘉禄。

 巡礼という行事の真意は、一部の者しか知らない、門外不出の機密事項である。

 それを仕損じれば命を落としてしまうから、その前に——とは、言いたくても言えない内容だ。


「それで、どうして私にいい案なんて求めるの?」


「お前、菊理と仲良いだろ? なら、何か好きなもんでも知ってるんじゃないかと思ってな」


「そりゃあ知ってはいるけど——そんなの、クーちゃんに直接聞いたらいいじゃない?」


「それは駄目だ! あいつには秘密で、盛大にパーッと祝ってやりたいんだよ。だから頼む、教えてくれよ」


「むぅ……そういえばロクちゃん、丁度クーちゃんに贈ろうかと思っていた服があるんだけどさ。これとこれ、あとこれも」


「任せろ、すぐに届けて来てやる!」


「ふふっ。クーちゃんはね、甘いものに目がないんだよ。行ってらっしゃい、ありがとね」


「甘いもの、か。分かった! 助かった、行って来る!」


「はーい。気を付けてねー」






「——マユからか。すまないな、ロク」


 品々を手に取った菊理は、それが誰からのものか、言わずとも分かったようだった。


「いいってことよ。どうせ今日は暇してたからな。茉由子のところに行ったのもたまたまだ」


「そうか、お前は今日、非番だったな。悪いな、そんな日に」


「忘己利他は相も変わらず、ってな。俺のことはいいからよ。それよりお前、何か欲しいもんはないのか?」


「欲しいもの?」


「ああ。俺は自分のことに金を使うことが殆どないからよ、たまにはいいかなと思ってな」


「何を気色の悪いことを——いや。はぁ、そうか。お前が茉由子の元に行ったのは、偶然ではなかったという訳だ」


「何って……あっ!」


 遠回しに探りを入れてみたつもりだったが。

 普段は聞かないことを聞いた上、時期柄、菊理は簡単に分かってしまったらしい。


「いや、ほら、たまには——」


「そういうことなら悪いが不要だ。またな」


「あっ、おい…!」


 引き止める言葉も聞かないまま、菊理は冷たく言うと、その場を後にしてしまう。


「何でそこまで……」


 どうして、あそこまで頑なに祝われることを拒むのか——まずは知らなければならないと思い、嘉禄はそれを確かめるべく、咲夜を探しに出かけた。

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