第2話 『生誕日』

「いやー助かった。すまんな、若いの」


 筋骨隆々、大柄な妖が、朗らかに笑いながら言う。

 名を嘉禄かろく。ここ南第一監視所の頭目であると同時に、以前、狐乃尾の部隊長もやっていた男だ。

 随分と前に現役は退き、前の頭目がその座を辞す時点での交代となった。

 今ユウたちは、他でもないその嘉禄から入った依頼の為、ここを訪れているというわけだ。

 何でも、少し狂暴な種の動物が異常な繁殖をしており、方々から被害報告が出ているとのこと。ユウたちが倒していたのは、その内ある程度の数だ。


「構いません。貴重な機会だと思ってますよ。昔の部隊長と話せるなんて」


「ほう? お前さんはその若さで隊長さんなのかい?」


「いえ、自分は副長です。第一部隊の」


「第一? へぇ、なら上は菊理か。苦労するだろ」


「いや、そんなことは——」


「前にユウがね、『師匠はおっかない』って言ってたよ」


「こらミツキ…!」


 慌ててその口を塞ぐが、時すでに遅し。

 しかし嘉禄は豪快に笑い、そうだろうそうだろうと遠慮もなく腹を抱えた。


「あいつは誰に対しても厳しいからなぁ。万事完璧にして尚、足りんとすら考えているような阿呆だ」


「ことこういった仕事に於いては、良いことだと思いますけど」


「過ぎたるは何とやらってな。誰でも限界ってのはあるが、程々に肩の力も抜かんと、それはどんどん早まっていきやがる」


「息抜き、ですか」


「おう、息抜きだ。お前さんも、苦労ばっか抱え込むんじゃねぇぞ?」


「——善処します」


「はっは! 素直で良いこった!」


 肩の力を抜くのは大事なこと。それは分かっている。

 しかし、自分の立場が、置かれている状況が、決意が、それをあまり許そうとはしないのだ。


 それに、ミツキのこともある。

 自身の努力によって手ずから信頼を勝ち取っている最中だが、それもまだまだ大多数ではない。

 桜花での制限こそなくなったが、まだまだ予断を許さない状況だ。

 考えることは沢山。

 息抜き、という言葉に、どうもあまり前向きにはなれない。


「お前さんらは、この後はもう桜花に帰るのか?」


「ええ、そのつもりです。次の任務もあるでしょうから」


「そうか。まぁあんまり突っ張り過ぎずに頑張れよ。ここは桜花から近い。たまの息抜きにでも寄ってくれや」


「ええ、その内に。ありがとうございました」


「なに、礼を言うのはこっちだ。色々と助かった」


 明るく素直な言葉を話す嘉禄に、ユウは何とも言えずむず痒くなってしまう。

 これほどまでに実直な相手と話したのは、咲夜以外にはなかったかも分からない。


「それでは、また」


「おう。またな」


「また来るね!」


 ユウは会釈を、ミツキと嘉禄は手を振り合って、別れを告げる。

 そんな矢先、


「あっ、息抜きと言やあ、もうちっとだったな」


 と、嘉禄が呟いた。


「もうちょっと? 何がです?」


「ん? 菊理の生誕日せいたんびだが」


「…………えっ?」

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