第EX話 『眺望』

「おー! これは良いね! いい景色!」


 すぐ隣で、ミツキが腰に両手を当て、うんうんと頷いている。

 溢れんばかりの笑顔を湛えるその顔は、あの頃から比べて幾らか大人になった。

 体つきも口調も、以前のままではない。

 まだまだ垢抜けないけれど、それでも隣に立つ彼女は、しっかりと成長している。

 たったの二ヶ月でここまで——と思うのは、ユウが人間だからだろう。

 妖魔であるミツキは、どうやらその限りではなかったらしい。


「でしょ? 何せ、僕の秘密の『懲罰展望台』だからね」


「え、懲罰?」


「そ。ここ、咲夜様と菊理様、あとハク様以外は立ち入り禁止なんだよ」


「へぇー……で、ユウは許可取ってるの?」


「取ってると思う?」


 ユウは悪戯に笑う。


「ううん、ぜーんぜん。でも、何かそっちの方がワクワクする!」


「あははっ! ミツキは僕譲りの悪い子に育っちゃったか。雪姉が見たら落胆するぞ、これは」


「真面目な妖だったもんね、さゆき」


「だね、まったくもって」


 と、言いながらも。

 実は過去、一度だけ報告をしないでいてくれたことがあったけれど——それはまた、時が来たらミツキに話そう。

 そんなことを思いながら、ユウは気持ちを切り替える。


「さ、ミツキ、そろそろ行こう。時間だよ」


「えー、せっかくいいところ来たのにー!」


「いやー、まずいことに、今日はここらの見回りは——」


「私なんだよな、ユウ、ミツキ」


 見合う二人の少し後ろから声がした。

 視線だけで仰ぐそちらには、ニヤリと笑いながら仁王立つ菊理の姿。


「——ミツキ」


「うん!」


 見つかってしまったとなれば、選ぶ択は一つ。


「「逃げるが勝ちー!」」


 威勢のいい声とともに、ユウとミツキは一斉に飛び降りた。

 空中で姿勢を整えると、軽やかに着地を決め、そのまま走り去って行ってしまう。


「待たんか、この馬鹿弟子ども…!」


「ごめんなさい師匠、懲罰は任務から帰ってからでお願いします!」


「あははっ! ししょー、行ってきまーす!」


 清々しいくらいの笑顔で言う二人に、いよいよ怒る気も収まってしまう。

 溜息交じりに肩を落としながら、菊理は走ってゆくその背中を見送る。


「あら、あの子たちったら。ふふっ、懲罰はいいのですか、クク?」


 その隣から顔を出した咲夜が、菊理の横に並んでそちらを見やる。


「まったく、あの馬鹿どもは——あんな調子に育ってしまったなどと知ったら、紗雪が悲しむぞ」


「あらあら。私は、元気な子どもたちの姿に微笑むと思いますけれど?」


「——どっちも、だろうな」


「ふふっ。ええ、そうですね」


 笑い合い、また、愛弟子たちの背中に視線を落とす。


「強く、なりましたね」


「当然だ。私が性根を叩き直してやったからな」


「本当は?」


「——うるさいぞ、咲夜」


「ふふっ。素直じゃありませんね、ククは」


 恥ずかしそうに顔を逸らす菊理。

 その表情を何とか拝んでやろうと覗き込む咲夜だったが、どうあっても見せてくれない菊理に、ついぞ諦めて隣に立ち直す。


「まぁ、ともあれ——」


「うむ。再びこの道を選ぶとは……まったく、馬鹿なニンゲンだ、あいつは」


 師匠が揃ってそんな会話をしているなどとは、露とも思っていないユウとミツキ。

 追いかけられていないことに安堵しつつ笑い合うと、仕事のため、そのままの足で桜花を後にした。

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