第13話 『きらわれた?』

 東方第一監視所へと赴く一行は、道中、妖魔に襲われている妖の子どもを救出した。

 意外だったのは、それを見つけた瞬間一番に飛び出していたのが、ミツキであったという点だ。

 紗雪に懐き、ユウにも心を許しているミツキだったが、他の妖相手であればどうかは分からない——という心配も、杞憂だったようだ。

 妖魔はきらい、紗雪たちは好き、と言っていた言葉の通りに動いてみせた。


 助け出した妖の名は『空』。未だ修行の身であったユウが、その一環として訪れた東方第一監視所にて知り合った子どもだった。

 監視所は、妖魔や酒呑童子の動向を探る為の拠点ではあるが、ただの観測所というわけではない。

 それぞれが小さな都市くらいの大きさを誇る規模で、中には、桜花にあるような施設の数々も設けられている。桜花から一番近い第一監視所は、桜花から少し離れているだけのもう一つの区画のようなもの。

 辺りをうろつく妖魔も基本は大したことが無いため、そこに駐在する兵だけで十分事足りる。空たちのように、監視所の居住区で生活をする者は多い。

 桜花にいられる数にも限りがあるとは言え、様々な理由から、敢えて監視所を選ぶ者も少なくはないのだ。


 しかし空は、事実上直接助け出してくれたミツキのことを、相当に警戒している。

 出会ってすぐの紗雪からされたのと似たような扱いだったが、ミツキは鈍く、気付いてはいない様子。

 それを傍目から見ていた紗雪は、ミツキが下手に踏み込まなくて済むよう、さりげなく手を握って一歩退いた距離を歩くようにした。


 そんな空は、予てより病床に耽る母の為、単身、妖魔と遭遇し辛い道順で出掛けていたところを、運悪く掴まりかけてしまったところに遭遇した。


「病気——トコさんの調子、そんなに芳しくないの? あそこには美弥さんがいるでしょ?」


 トコ、とは空の母の名前。美弥は、その第一監視所で医療の全てを担っている、美桜の一番弟子だ。


「美弥さんでも、完全に治すのはむずかしいみたい……病気が悪くなるのを遅らせることが精一杯だって……」


「そうなんだ。それで、独りで?」


 空は弱々しく頷く。


「絵本に描いてあったんだ。『オオカムズ』の桃の花と種には、どんな病気もケガも治す力があるって。だから、それを探しに行こうって……思って……」


 宛てのない無鉄砲な自身の行いに、次第に後悔の念が募って来たのだろう。

 空は次第に声が弱くなってゆき、そのまま俯き黙ってしまった。


「うーん……オオカムズ、か。僕も絵本で見たことは有るけど、実際に存在するとは思えないんだよね。そんな都合の良い物がもしあるのなら、誰も彼もがそれを求めて旅に出るだろうからね」


「だよね……ユウ兄ちゃんは、なんでこんなところにいるの?」


「仕事だよ。うちの隊が、半ば壊滅状態って感じでさ」


「かいめつ……怖いことがあったの?」


「まぁ、そんな感じ——だけど大丈夫、その為に僕らが遣わされたんだ。雪姉は強いからね」


「ユウ兄ちゃんだって、かなり強いと思うけど」


「それは嬉しい言葉だね」


 ユウは当然のような賛辞にも、サラリと対応して話を続ける。


「オオカムズの桃——仮にあるとしても、今ここらで桃が取れる場所って、あるの?」


「それなら知ってる! いっぱい桃がなる場所、近くにあるんだ!」


「近くに?」


「うん」


 と、嬉々として語る空が懐から取り出したのは、一枚のボロボロになった紙きれ。

 広げられたそこには、手書きの地図が描いてあった。


「これ、誰から貰ったの?」


「お母さん。さっきユウ兄ちゃんも話してた絵本に挟まってたんだ」


「絵本に? 僕が読んだことのあるやつには、そんなもの挟まってなかったな」


「きっと、誰かが後から挟んだものなのでしょう。本の装丁とは、素材も大きさも違いますし」


 少し後ろを歩く紗雪が言う。

 紗雪がそう答えられるのも、例に漏れず件の本を読んだことがあったからだ。


「確かに、この辺りの地図だね。あの本の世界は、こことは違う架空のものだったし」


「ですね。でも空くん、これが桃の在処だとは書いていませんよね。どうしてそう思っているのですか?」


「思ってるんじゃなく、お父さんに聞いたんだよ。『これは宝の在処だよ』って。ボクにとって、宝ものは何でも治せる桃だから」


「あぁ、なるほどね」


 夢見がちな子どもによくある、論理の破綻した納得——とは言わないまま、ユウは苦笑しつつ飲み込んだ。

 自分だって、似たようなものだ。


「文字の筆跡がない為、これが空くんのお父さんが描いたものかどうかの判断がつけられない点は、少し困りましたね」


「うん。それに、宝の在処、なんて言い分も気になる。とりあえずは——」


「ねぇソラ! ももってなに?」


 いつの間にやら紗雪の手元から離れていたミツキが、空にずずいと顔を寄せて尋ねる。


「おもしろい? おいしい?」


 楽し気に質問攻めするミツキだったが、


「う、うわっ!」


 それに驚いた空が、寄せられたミツキの顔を、半ば殴るようにして押し返してしまった。


「あぅっ!」


 相手からの思わぬ行動に、防げず、それを頬で受けて尻餅をついてしまうミツキ。

 一瞬間、互いに茫然とした後で、立ち上がった空が、眼下に座り込むミツキを睨みつける。


「う、うるさい、お前が近付くのが悪いんだ…! 妖魔になんて教えてやらないからな…!」


 早口に言うと、空はそのままズンズンと進んで行ってしまった。

 独り取り残されたミツキは、紗雪に助け起こされながらも、ただ茫然とその背を目で追っていた。


「空! あんなやり方は——」


「だって妖魔じゃないか、あいつ」


「ミツキだ。あの子は、僕らの仲間なんだ」


「妖魔だよ、妖魔…! ユウ兄ちゃんも、何であんなやつと一緒にいるんだよ…!」


「あんなやつって——あっ、空っ…!」


 足早に駆けてゆく空をユウが追いかける。

 その背を見送りながら、ミツキは小首を傾げていた。


「ソラ、どうしたの?」


「それは……」


「わたし、ソラにきらわれた?」


 サラリと尋ねるミツキに、紗雪はすぐには答えられないでいた。

 自身がそうであったように、空にもきっと、何か事情があるのだろう。

 妖魔は敵だから、とただ教えられて育った者とは違い、あの一瞬の間に見せたのは、確かな憎悪の色だった。

 少なからず、妖魔を憎むだけの理由があるのだ。


「その——あまり、嫌わないであげてくださいね。ミツキが無害なのだとちゃんと分かれば、あの子だって、無暗にミツキを敵視したりはしなくなると思いますから」


「うん? わたし、きらいじゃないよ?」


「ええ。貴女は、そういう子ですものね」


 困ったように笑うと、紗雪はまた、ミツキの手を取り歩き出した。

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