第2話 『城へ』
鐘楼から城まで、今日はユウの目に留まる問題事はなかった。
いつもなら、親とはぐれて泣きじゃくる子どもや、大荷物に息を切らす老体、あるいは小さな事件なんかに、一件二件遭遇しているところだ。
それらが無いに越したことはないが、無いなら無いで、それとして寂しいものである。いつもより幾らも早い時間に着いてしまった。
聊かの虚しさを覚えながらも、ユウは城の扉を開けた。
ギィ、と古く鈍い木の音が響く。
少しすると、中からいい匂いが鼻に届いた。
馴染みのあるその甘い香りは、城主
今日も今日とて素晴らしい香り。その姿を見る前から、咲夜の喜ぶ顔が浮かぶ。
一歩、二歩と中へ進んでゆくと、一人、二人と見知った顔が頭を下げて来た。
お疲れさまです。
同時にそう声を掛けて来るのは、この城内で働く女中たちだ。
「お疲れ、皆。それ、咲夜様の朝ごはん?」
「はい! 今日も昨日に負けないくらい、精一杯作らせて頂きました!」
ユウに視線を向けられた一人が、グッと拳を握って笑顔で言う。
それは昨日、そしてその前の日にも口にしていたことである。
昨日より今日、今日より明日、明日より明後日——と、日々小さなことでも常に成長していくよう努めるのだと、女中たちはいつも口癖のように言っている。
咲夜はあまりそういったことは気にしない質だが、雇い主がそういう性分であるからこそ、皆咲夜に着き、慕い、毎日のように研鑽することが苦ではなく、寧ろ喜びであるのだそう。
「そう言えば——」
「私ならここに」
背後からの声に振り返る。
そこには、小さな身体で多くの布団を運ぶ女性の姿があった。
「お疲れ様です、
返答を待つことなく、半分と言いながら全て持ち上げてしまうユウに、美桜は呆れた様子で息を吐いた。
低身長、そして少女のように童顔で声も高い美桜だが、その実はユウより遥かに年上である。それでいて役職も給仕長に医務長ときた。
だからユウは、美桜の方から「敬語でなくとも結構です」と言われようと、この見た目であっても幼少の頃から敬語が解けないでいる。
「別に良いんですよ、それ。元々ずっとやっていることですし、今日は巫女様からの招集があっての来城なのでしょう?」
「それはそうなんですが、見てしまったものは放っておけませんから。さっさと運んでしまうのが吉というものです」
「……では、お願いします」
「ええ、了解です」
そんな軽い気持ちで来てみれば——
「何ですか、これ……」
辿り着いた医務室にてユウは、呻き声を上げて横たわる幾つもの姿を目にした。
腕の無い者。
足の無い者。
中には、絶命寸前で呼吸だけを繰り返している者の姿もある。
「ここまで酷い被害が、これだけの人数……でもこれ、おかしいですよね」
「流石です、ユウさん。すぐに気付かれるとは」
美桜が苦しい表情で頷く。
「この方は第三部隊副長、あちらの方は第六部隊に第七部隊の副長——皆様、異なる場所での任務に当たっていました。それが、同じような被害のうけ方をしているのです。この異常性を上に報告した結果、ユウさんへ——巫女様からの招集といいますのはきっと、この実情のことです」
彼らの任務に対して、今日は特別異常な報告はなかった。あれば、雲外から火急の報せがある筈だ。
どの隊も、ただいつもの哨戒任務だった。
それも、たった今美桜が口にしたように、全く異なる場所での見回りだ。
「この傷——どれも同じような傷口ですが、見た事ありませんね。美桜さん、皆の哨戒場所はご存知ですか?」
「ええ。南東、南西、そして西の第一監視所付近です」
「第一監視所? 国から近いそんなところで、これだけの被害——それにお前、
「すいませんユウさん、一瞬の出来事だったもので——痛っ!」
「おっと、ごめん、喋らなくていいよ、ゆっくり休んで。美桜さん、皆布団に寝かされているのに更に布団がそれだけ必要だってことは、まだ……?」
「ええ。報告ではあと四人、ここへ運ばれてくる筈です」
「四人も……布団、ここ置いておきますね。咲夜様のところへ行ってきます」
「お願い致します。今の時刻からして、朝の湯浴みをなさっている筈ですから、浴場の方へ行かれた方がよろしいかと」
「分かりました。行ってきます」
頷き、布団をその場に置くと、ユウはそのまま医務室を後にした。
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