第55話

「どどど、どうぞ」

「う、うん。お邪魔します」


 上山君と一緒に、私の家に戻った。

 緊張した面持ちで靴を脱ぐ上山君を見ながら、私はしどろもどろ。


 まだ、家に人がいないことを話してはいない。

 上山君は、「家族の人は仕事?」と、ぎこちなく聞いてくる。


「うん、仕事かな」

「そ、そっか。日曜日なのに大変だね」

「忙しいみたいだから。あの、お茶、飲む?」

「う、うん。いただきます」


 ぎこちない会話を続けながら上山君をリビングへ通す。


 そして私は一人で隣のキッチンへ。

 しかし、ここで一つ困ったことが。


「お茶って、どうやって沸かすの?」


 やかんにお水を入れて、それから茶葉を入れる的なことはわかってるけど。


 茶葉、どこ?

 沸騰してから入れるの?

 え、どうするの?


「……冷蔵庫のお茶もないし。どうしよう」


 いつも人に頼りっぱなしだったから私には全く生活力がない。

 というより、何もできない。


 せっかく上山君がきてくれてるのに、おもてなしすらろくにできない。


 こんなんじゃ嫌われる。

 とりあえずお水を持っていって誤魔化せばいいけど、こんな私は上山君にお弁当すら作ってあげられない。

 

 できることをして、上山君の機嫌をとらないと。


 私、がんばらないと!



「お、おまたせ」


 とりあえずお水を持ってリビングへ。

 

「う、うん。ええと、静かだね」

「うん、そうだね」


 やっぱり、上山君は少しがっかりしてる。

 私がお茶を持ってくると言ったのに水を持ってきたことも、気の利いたお菓子すら出さないことも。

 そもそも、それだけのことにどれだけ時間をかけるんだと、イライラしてるかもしれない。


 とりあえず、私はそんな彼の機嫌を取ろうと横に座る。


「……よいしょ」

「ふ、冬咲?」

「な、なに?」

「い、いや。なんか近いなって」 

「やだ?」

「そ、そんなこと、ないよ」

「うん」


 私は肩を密着させる。

 すると、上山君の体がビクッと動いた。


 肩越しに、緊張が伝わる。

 私の心臓の鼓動も激しくなる。


 もっと、ゆっくりと上山君と仲を深めていきたいとも思うけど。

 そんなにかまえていられるほど、私は自分に自信がない。


 確かな事実がほしい。

 上山君と。

 

 だって今日は。


「今日、家族の人、いないんだ」


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クールな同級生の雪乃さんは、今日も密かに病んでいる 明石龍之介 @daikibarbara1988

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