第38話 全てはこの瞬間のために

 ……かわされた?


 そのことに気づいた瞬間鳩尾みぞおちを殴りつける衝撃を感じ咄嗟に身を引きその緩和を図る。


 何が……——と把握してそれがしごく単純なミスだと気づく。

 敵の位置を見誤った。

 斬馬刀に似た一太刀はその刃圏に首を捉えようとして、その間合いを誤認させられた。

 その技には見覚えがある。

 マリアナはよく知っている。

 一瞬の身のこなしで認識を騙す次なる攻撃への起点となる動作。

 龍三がよく使っていた技をこのガキは盗み、応用しやがった。


——クソガキ……


 内心で毒づきつつ、さらに全ての拘束を引きちぎり迫り来る圭介の姿を捉えた。

 マリアナがなんらかの操作を加え、かつ体から離れた血は急速にその強度を落としてゆく。


 距離、未だ刀の遠間、マリアナの剣なら届く。

 やや退がりながら刃圏に捉えその筋力で無理矢理に剣を逆袈裟に切り上げて、そのいなされた隙にやや低めの姿勢で血溜まりに触れて杭を形成し、やや生えかけたところを緻密な動きで遠くの鎖斧が切り払った。


「くっ」


 2対1でまともにやっては分が悪い。

 目の前のクソガキならまだどうにかなるが——いや、それすら侮れはしない。


 だから、急速に寄る、その刀の間合いへ捉えんとする圭介にその時片腕で斬馬刀を投擲した。

 今、この時圭介の力量を見誤っていたとマリアナは認める。

 肉体の性質上、まともに一対一で斬り合えばいつかはマリアナが勝つだろうが、その技量のみなら少なくとも手間取る。

 だから


——ああ、なんて私は……弱い。


 その事実に歯噛みする。

 「中途半端に化け物のお前と純然たる化け物とじゃスペックが違うのは当たり前だ」なんてコルバンの奴は言っていたが。

 マリアナにしてみれば


——龍三を守れるのなら人間の部分なんていらなかった


——ただの化け物になりたかった


 その、ままならなさを彼女はこの時微塵もにじませず。

 ただ冷酷に笑みを浮かべ、ひたすら引き退がり背後より代わりに圭介へ突進する剥製どもの飛び出す姿。


 たった今、投擲した斬馬刀をその刀の操法でスイと力の方向を変え逸らして凌いだ彼へ迫るその剥製共の背中を見送り、5本の指から血を放射しその剥製達の背中を刺す。


 その時だ。

 その剥製達が一瞬のうちに膨らんでゆく。


 簡単に言えばこれは人体爆弾だ。

 急速に剥製の血を膨張させ破裂させる。

 その内部の血を一部硬化させ破片としつつ、ばらけた骨も放射する血肉と骨で形成された爆弾。


 それらを、追い縋る圭介に殺到させたが、うち半分を破裂前に鎖斧がまた薙いでいった。


「戦い慣れてるか……」


 しかし残り半分は破裂、骨片と硬化した血を撒き散らし、しかし、その包囲の半数は消え失せていたことからその爆発範囲から逃れられ、致命傷には程遠い。


——っ、仕切り直すっ


 その思いざま再び背後の剥製の群れへマリアナが隠れ込んだその矢先のことだった。


 悪寒が走る。

 何かを見落としている気がする。

 何か。

 そういえば先ほど破裂前の剥製の半数が薙ぎ払われた時、あの女の『外道者アウトサイダー』はどこに居た……?——なぜそんな思考が走るのか彼女にもわけが分からなかった。


 しかし、圭介の対処へ集中するあまり、リンへの注意が散漫になっていたことは否定できない。

 あの鎖斧が飛ばされた根本。

 リンの位置取りと、その移動方向。


 そして仮に剥製に群がられようと短時間なら潜り込めるだろうタフネス……


「ぐっ」


 口から意思と反する声が出た。

 口をパクパクと、マリアナは魚みたいに開いたり閉じたり、それ以上に声すら出ない。


「見つけた……」


 耳元で。

 大きく、息を吐き、周りの剥製共にその身を爪と口で引き裂かれながら、なおもその中に居続けるリンのその姿。


 武器は最早手に持っておらず。

 彼女の素手がマリアナの胸を背後から貫いていた。

 肋骨すら貫通し、


——マリアナが背後へ向こうとした目を無理矢理正面へ捻じ曲げ


「あ……」


 自身の心臓が動脈を引きちぎられそこに握られていた。

 マリアナの再生能力は血液を操作するスキルに基づく。

 そのポンプの機能を果たす心臓が身体から離れれば——


「あ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っがっあっあっがぁっア゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 痛みはない。

 しかし思考がその事実に塗りつぶされた瞬間に


 死にたくない。こんなっおっあっあっどこで、なんで、消えたくないない助けっ——そんな取り止めのない思考で脳が溢れてゆく。


 結局、圭介とリンが終始狙っていたのはマリアナが剥製の群れへ戻るその瞬間。

 ヒットアンドアウェイの直後。

 マリアナが油断したうえで、リンの能力を加味し比較的潜りやすいそのタイミング。


 その瞬間に接近し、仕留めることだけ。


——龍三っ、たすけて


 取り止めのない思考がそこへ達した時、妙に痛みが遠のき静寂が耳を満たし始めた。

 視界が霞んで、体から力が抜け落ち、落ち着きをまた取り戻し始め、


——ああ


 なんか、どうでもいいや——なんて考え始め——でも、私を殺したこの女だけは道連れにする。


 その思考だけが明瞭に残った。


——トドメを刺すのは私じゃないけど


——と。


 その時だ。

 マリアナの絶命を確認し、ほんの少し安心してその腕を引き抜き、リンが死体と心臓を床へ転がしたその時。


 口元が少し笑っているのが見えた。


——怪訝


 剥製の中。

 剥製達が周囲にいて周りが見えない中、彼らが動きを止めて、フリーズ。


 それをさらに怪訝と思った矢先、


 ヒヤリと、うなじへ触れる手をリンは感じた。


◆◆◆◆


——時は戻る


 作戦の始まる1週間以上前。

 コルバンとアリーシャ・ドロステが世界の消滅について話した翌日。


「さて、目が覚めたかな?」


 コルバンは薄らと照明の差す中、目の前の人物へ話しかけた。

 やけに芝居掛かった声だ。


 頑丈な電気椅子の構造をした椅子へ座らされ、その首、手首、足首に至るまでベルトで拘束された、頭陀袋ずたぶくろを被された女へ。


 女は何も反応がない。

 周囲へ困惑しているというより、疲労と、後は反抗の意思によるものとコルバンは見ていた。


「ああ、ちなみにそれは『外道者アウトサイダー』の全力でも壊せないようになっている。試してみてもいい」


 椅子は頑丈な特別製。

 女に試す気はないようだったが。

 そして、黙りこくっている。

 あまり黙っていられても困るんだが——という思考で続け、こう言った。


「そろそろ何か話してくれないかな。法水桔梗のりみず ききょうさん」


 そう言って頭陀袋を引き抜くと、女の顔が現れる。


 先日捕らえた『外道者アウトサイダー』の片割れ。


 彼女——法水桔梗のりみず ききょうと呼ばれた女はほんの少し目をすがめ、薄暗闇に目を慣らした。

 そして、何も言わずに無表情でコルバンの顔を眺める。


「君が、爪を剥がされても、一部の皮膚を剥がされても、少し焼かれても何も言わないことはよくわかった。そもそも、そんなやり方は個人的に意味がないと思うんだけどね」


 いつもと口調を変え、やや早口を心がけた。

 敵への詰問、尋問の際はいかに冷静でイカれているかを見せつける必要がある。


「だから、私は君に別の形の痛みを与えることにしたんだ」


 そう言って着ていたコートのポケットから小さなお菓子の箱を取り出した。

 キノコだかタケノコだかのチョコレート菓子だ。

 コルバンがどちらを好んでいるかは伏せておくとして、その箱を開き、法水桔梗によく見える位置へ持っていく。


 無表情がほんの少し引き攣ったのを見逃さなかった。

 中身を見た彼女の顔が。


「君と一緒に行動していた若い『外道者アウトサイダー』。確か名前は土方麟太郎ひじかた りんたろうだったか。彼も別の場所で拘束されていてね。それで……」


 そう言ってスマホをこれ見よがしに取り出し、電話コールの準備をする。


「これから先1分、君が黙りこくるたびに彼の体の一部をここに持ってこよう」


 目が泳ぐ。

 もう一押しだと思う。

 スマホをしまい、箱の中から土方麟太郎ひじかた りんたろうの一欠片を目の前の女の頬に触れさせ


「ほら、まだ温かいだろう?これでまだ彼が無事なことは証め——」


「……なに、が、目的もぐてき?」


 喉を痛めているのか少し霞んだ声だった。


「お、協力してくれるのかな?」


「なにがきぎだい?」


 表情が引き攣っている。

 コルバンはあまり良い気分ではない。


「いいや、聞きたいことなんてないさ。そんな非効率なことはしない」


 これは本音。

 に聞くのはコルバンにとって効率が悪い。


「実は、戦ってもらいたい相手がいてね」


 法水のりみずが釈然としない顔をした。


「ほら、得物はここに」


 そう言って手元から大振りのナイフを一本取り出して床に放る。


「どう゛いう?」


「どうって……君は言う通りにしていればいいさ。……あ、君の拘束はが部屋に入った瞬間に解けるから。後はよしなに……」


 そう言って法水の困惑をよそにそそくさとコルバンは部屋を出て行った。

 それと入れ替わる形で入室した長い黒髪の女。


 整った顔立ちと、その佇まいは生気がなく、むしろ強者とさえ思えない。

 さらには武器を持っていない——そこまでを確認した瞬間に法水のりみずの拘束がコルバンの宣言通り解ける。


 状況への困惑を隠せないまま彼女は足元のナイフを拾い、それがなんの仕掛けもないただの刃物であることを確認。


 状況へ理解が追いつかない。


 しかし、目の前の存在を為すがままにする選択肢もなかった。


——そして数分後


 コルバンは部屋の外。

 扉のすぐ脇の長椅子に腰を掛け、暖かい缶コーヒーを啜っていた。

 クリームと砂糖タップリの。

 紅茶はミルクや砂糖なしのストレートが好みだが、コーヒーはそれ無しでは飲めたものじゃない。

 そもそもブラックで飲むというのが正気の沙汰とは思えなかった。


 そして、すぐ横で扉が開く音を聞く。


 出てきたのは彼手ずから作り上げた剥製の1つ。

 ウィンター・ミュート。


 その身体や衣服は一切乱れず、先ほど部屋に入ったその時のままに見える。


「もう終わったのか?」


「はい」


「そうか。で、結果は?」


「ああ、私の魔術は『外道者アウトサイダー』にちゃんと効きます。あと、確かめたいって言ってた——」


——その報告を聞き、コルバンは、ウィンター・ミュートを例の『外道者アウトサイダー』の特記戦力2人への切り札として運用することに決めた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る